(20)『無意味な演出家‐ミーニングレス・ディレクター‐』
「それじゃあ[グスタフ]ってのはどんなヤツなの? まあ、一触即宣戦布告って二つ名でなんとなくわかりそうな気はするけど」
刹那がアンダーヒルにそう訊ねると、アンダーヒルはパッパッと素早くウィンドウを操作して、
「性格は極めて好戦的。俗には狂戦的とも呼ばれ、彼我の戦力差に関わらず弱者も強者も襲います」
「襲う? 決闘じゃないの?」
「決闘PKはPK厨にとって非合理的手段」
「スペルビアの言う通り、DPKは成功率が低く、実践例も限りなく少ない。これは単純に力比べになってしまうからですが、あなたたちに分かりやすく例を挙げるなら、双極星や[天浄天牙]でしょう」
なるほど確かに分かりやすいな。
少し趣は違うが、あの三人も対人戦で経験値を稼いで能力向上を図るPKPだ。しかしPKPとしての認知度は低い。つまり成果は少ない、ということだ。
「使用する武器カテゴリはありません」
「ない?」
「グスタフは武器を用いず、プレイヤーの攻撃力パラメーターのみで戦います」
色々信じられないヤツだな。
「拳銃を使っていたという報告もありますが、確証はありません。加えて魔法も使わずユニークスキルも非所持。一般的な戦闘スキルと戦闘技術だけで戦うとありますね。軍人だという噂もありますが未確認です」
いや、さすがにそれは確認できないだろう……。
「しかし、現実で戦闘職に携わっていたのは間違いないようです」
「なんでわかるねん」
「何故突然関西弁になった理由は聞きませんが、以前本人から聞き出しました」
恐ろしい行動力だな、この情報狂い。
何でどうやって聞き出したかはあえて問わないが、正攻法ではなさそうだな。
どうせスナイパーライフルで脅して喋らせたんだろう。FO時代でもマトモに食らえば格別痛かったからな。
「それに加えて、沈黙と退屈に耐えられない落ち着きのない性質もありました」
……DO移行の直後から動き出しそうなヤツじゃないか、ソレって。
「比較的看破しやすい相手ではありますが、気を付けて下さい」
最後にそう警告して、アンダーヒルは黙り込んだ。
さっきのアンダーヒルの言った時刻から数えれば、サジテールの復元まであと三十分ってところか……。
アプリコットはいったい何をしてるんだ……? 何をやりたいのか、と言い換えてもいいが、どちらにしろアプリコットは今この場にいない。擁護もできなければ問い質すこともできない。
(待てよ……? アイツ……)
アプリコットは約3時間前、何て言ってった? 思い出せ、確か――。
“後は待つだけ三時間半♪”
“個人個人の自由意思に任せりゃいいんじゃないですかね?”
さらに、その前――。
“――まあ確かにボクは『嘘吐き嘘』なんつー不名誉極まりねえ二つ名で呼ばれてた時期もありますけど、特に理由がない時ぐらいしか嘘なんざ吐きませんよ――”
さらに、もっとずっと前――――。
“とりあえず次の角を左に曲がればわかりますよ。ここがどういうところなのかがね”
ああ、そういや――。
そうだったな、アプリコット。お前はそういうヤツだった。一瞬でも忘れてお前を疑ってた俺が馬鹿だったよ。
俺たちの元にドレッドレイドを呼び込む理由があるのなら、わざわざアンダーヒルなら気づきそうな伏線を張ることなんかせず、正規ルート『研究対象・実験体区画』の突破に協力し、ドレッドレイドに裏ルート『研究区画』を教えていただろう。
何も理由がないからこそ『待つだけ』と言っておきながら姿を消し、『自由意思』などとあざとい台詞で誤魔化して寝る体勢に入り、寝ていない俺に寝るという選択肢を思い出させた。
そう考えればさらに前、昨日の夜、スペルビアに気づいたアプリコットが俺に気づかなかったと言うのも疑わしい。あんな気になる会話を聞かされたら寝不足になるのも必然だろう。
俺が寝ている間にも、言葉巧みに刹那やリコやアンダーヒルの行動を誘導したのだろう。そうでなければ常に注意深いあのアンダーヒルが気付いたらいなくなっていたなんてあるわけがない。
(となると――)
近くで見てやがるな、アイツ。
ここに来ての意図不明な“あのコト”発言から伏線を張っていたのだろう。そう言えば“両手に花”云々も言ってたな……。
アプリコットの趣味は、趣味の悪い人間観察。判断基準は不明だが『面白ければ面白いほど引っ掻き回したくなる』らしい。
(無意味な演出家め。なんて人騒がせな悪い癖だよ、まったく……)
俺は最近名乗らなくなっていたアプリコットの自称を思い出しつつ、苦笑する。
アイツはやろうと思ったその瞬間から、地道にふざけたような言い回しの中に巧みに伏線を張り、即興の脚本を書きつつ自らも駒として振る舞い、無意味に舞台を作り上げる癖がある。
癖と言っては語弊があるかもしれない。アイツは自覚があってやっているのだ。
自分が観客となるために。
以前アンダーヒルが“非現実を客観的視点から捉えた時、最も恐れるべきモノのひとつは『偶然の一致』です”と言っていたが、アプリコットはその偶然の一致を装うのだ。
無意味に。
となると、ドレッドレイドが監視していたコトにも気づいていたのだろう。
だからわざわざ積極的についてきて、万が一にも危険に陥らないよう、スペルビアを同伴させた。
自分がいなくても侵入者を倒せるように。
ああ、考え出したらキリがない。
テンションがおかしいのも当然。劇は見せるもの。普通の会話ですら大袈裟に大きな声で喋り、キャラクターはその特色を際立たせるものだからな。
あの距離なら誰でもわかるようなモンスターの名を口にしたのは観客への説明を兼ねた配慮。
最初にまったく手伝わなかったのも、現状戦力を再確認するため。
何故あの二人なのかはわからないが、刹那とアンダーヒルを煽るようにイジっていたのも関係あるのだろう。
一人ファッションショーは…………視聴者サービス……?
OMRに来るまで色々と迷ったのも、ドレッドレイドが一定戦力を整えて、追いついてくるまでの時間を稼いでたのかもしれない。
(……全部アイツの筋書き通りってわけか)
うっわー、めんどくさいヤツー。
アプリコット、お前マジで後で一発殴るからな、覚悟しとけよ。
「残りは直接戦闘か……。視聴者の皆さん、ごゆるりとー」
どうせ会話ログまで観覧してるだろうアプリコットに向けて、『お前の考えはもう読めたからな。仕方ないからこのまま演じてやるよ』的な意味を込めた独り言を放つ。
ていうかお前、(いるかどうかもわからない)視聴者の皆さんに長々と無意味なモンを見せんなよ。
「シイナ、今、何か言った?」
刹那が首を傾げてくる。
「いや、何でも。ただ信頼されてんだろうなーって思って」
「は? 何ソレ?」
自分なしでもそんな連中なんか軽く倒せるだろうってな。
たぶん今のアイツは大爆笑してるんだろうな……。何が見たかったのかは知らんが、思い通りに話が進んでるんだから。
最後まで踊ってやるよ。こんな小話でよければな。
一方、件の無意味な演出家は――
「ぷっ、くっ、あはははっ! 今更ながらに相も変わらず気づくのが遅いんですよ、シイナはいつもいつもー」
とある空間からそんなシイナの様子を見て大爆笑していた。
「刹那んはオッケー。アンダーヒルからももうちょっと顕著に引き出したかったもんですが……。ま、よしとします」
そして再び吹き出すように笑い出し、
「ぷすっ、くふふっ。細工は上々。後は仕上げをご覧じろ……っつってシイナの思ったまででもよかったんですけどね。ま、取りあえず貴方たちドレッドレイドは捨て駒として踊ってくれりゃいいですから、頑張ってくださいね、レッドラム」
開いていた音声通信ウィンドウに向かってそう言うと、通信を切った。
「クライマックスじゃないんですよ、シイナ。何せこの脚本のエンディングは――」
不気味に微笑む性格破綻者は、DO自体、偶然舞い降りた大道具ぐらいにしか考えていなかった。
「――まだボクにもわかんないんですから」




