(18)『人工奇跡実験場‐O・M・R‐』
『人工奇跡実験場』
正直名前からしてどうかと思っていたが、行ってみると(思っていたよりは)マトモなところだった。
実のところ研究対象・実験体区画の最奥に位置しているらしいその部屋に既にチートかと思えるようなショートカットで辿り着いた俺は妙な罪悪感に苛まれているが、他の連中はと言うと――
「ボクの独断なワケですし、か弱い乙女の弱味を握った感じでボクに責任なすりつければいいんじゃないんですかね?」
「着いたんだし、別にいいんじゃないの」
「無事に目的を果たすための努力の一端と考えていますので」
「一度もモンスターと遭遇しないとは……運がよかったようだな、シイナッ」
「Zzzzzz……」
この罪悪感は俺特有のものらしい。リコは部屋の外にいてアプリコットの説明を聞いていないから仕方ないとも言えるが。
部屋の中央に据えられた巨大な水槽。その中は何かの液体で満たされていて、その水槽の上部から伸びた無数のパイプがそこら中の壁に繋がっている。
「これって……培養槽?」
刹那が水槽に手を当て、見上げて呟く。
「厳密には違うが、まあ似たようなものだな。私たちアンドロイドを核に記録された情報を元に合成する無機有機混合水溶液だ。この中には壁からパイプを伝って金属粉やセラミック微細片、コロイドや各種非金属元素からなる化合物その他諸々が供給され、あらゆる物質が混じり合っている。核はそれらの中から必要なものだけを合成・使用し、核を守る殻である身体を形作っていくのだ」
リコの説明にふーんと適当な相槌を打つ刹那に対して、アンダーヒルはじっと水槽の中の液体を眺めている。包帯の隙間から見える目は、何かを考えているのか何も考えていないのか判別できない。
「それにしても久しぶりだな。私もここで生まれたのだ。私が生まれたのは所謂ベータテスト期間中でな。そこのモニターから上をモニタリングしては地上に想い馳せていたものだ……」
と懐かしそうにしみじみ呟き、壁際のモニターに駆け寄るリコ。しばらくそっとしておいてやるか。どちらにしろ今晩辺りに過去バナ聞かされそうな予感がするし。
「それでどうやって復元できるんだ?」
何故かここに来てテンションの落ち着いてきたアプリコットに訊くと、
「キーアイテムを突っ込めばいいみたいですよ、これによると」
とそこに置いてあったらしい取説を手に答えてくれる。
「全自動なのは助かるな」
スヤスヤと小さい寝息を立てるスペルビアを一度下ろし、アイテムボックスウィンドウを操作して『自我を包みし電脳殻』をオブジェクト化する。水晶球のような透明な球を花弁のような殻が覆っているアイテムだ。
「放り込めばいいんだな?」
「心配性が過ぎますよ。何回確認させる気ですか」
いちいち面倒なアプリコットの返答を聞き流し、三メートルほどの高さの水槽に『電脳殻』を投げ入れる。
トプン――。
小さな水音を立てて沈んでいく『電脳殻』を見守っていると――パッパッ。
小刻みに明滅し始めた。
「後は待つだけ三時間半♪」
先に言え。
「三時間半もここで何するのよ」
「個人個人の自由意思に任せりゃいいんじゃないですかね?」
アプリコットは取説を放り投げ、水槽にもたれ掛かるように寝ているスペルビアの膝を枕にして寝転がる。
「アンタ、寝てるヤツに何してんのよ」
「起きている方が寝ている方の膝に頭を乗せる、これこそまさに逆膝枕!」
「いや、意味わかんないから」
刹アプは放っておこう……。付き合ってたらキリがないし。
アンダーヒルを見ると、少しずつ膜のような何かに覆われていく『電脳殻』を微動だにせずじっと眺めていた。
(何か興味を引かれることでもあるのか……?)
などと適当に考えつつ、スペルビアと同じように水槽にもたれ掛かって腰を下ろす。両手は頭の後ろで組み、それを枕に一眠りする体勢だ。モンスターが出るわけでもなさそうだし、別に問題はないだろう。
「アンダーヒル、時間が近づいてきたら起こしてくれ」
「寝るのですか?」
「だからそう言ってるだろ……」
激しい戦闘を挟んだせいで忘れてたけど俺は今日ほとんど眠れてないんだよ。基本的にはリコのせいだけどな。
「わかりました。いい夢を、シイナ」
「……ああ、サンキュー」
目を閉じると、やはり疲れが溜まっていたのか、一分しない内に眠りの世界に誘われていった。
目を開けると、何とも呆れたような表情を浮かべたリコに見下ろされていた。
「やっと起きたか、シイナ」
「ああ、悪い、リコ。寝過ぎたか?」
「いや、寝ていた時間は二時間半程度だが、どうも気になることがあってな。早くその2人も起こせ。火急だ」
と言って、リコは研究対象・実験体区画に通じている扉から出ていってしまう。
「その2人……?」
リコに言われた通り、下を見ると――何がどうなって何故こうなった……。
まるでさっきのアプリコットのように、俺の膝を枕にして刹那とスペルビアが寝ていた。
「お前ら何やってんだよ……」
スペルビアの肩を揺すると、うにゅうにゅと目を擦って起き出した。
「おは……」
「いや寝るなよ」
襟首を掴んで引き上げると、うきゅぅと喉から音を漏らして、
「シイナ、えっち」
「は?」
見ると、引っ張られるままに四つん這いになっているスペルビアの装備は清代民族衣装。つまり着物。
寝相で緩んでいたらしいその着物は、奥襟を引っ張ったせいではだけ――インナーが見えちまってるじゃねえか!
「えっち」
再び繰り返された言葉にフリーズが解け、慌てて襟を放す。
「わ、悪い。ごめんなさい……!」
「触らなかっただけ魑魅魍魎よりはマシ。だからいい」
あの変態、何やってんだ……?
未だ眠そうな半開きの目を擦りながら辺りをきょろきょろと見回したスペルビアは、はだけた着物を直す。
コイツ、顔色ひとつ変えないな……。水没林に行った時はアンダーヒルでさえ赤面したってのに。
「他の皆は?」
「よくわからん。リコはそっちから出ていったんだけど、アイツ何の説明もしないで行っちゃったんだよな……」
「わかった」
そう言ってスタスタとリコの出ていった扉に向かって歩いていくスペルビア。
そして再び視線を下に落とすと、
「起きろ刹那」
もう一人の眠り姫の肩を揺する。
「……んぅ」
「んぅ、じゃない。早く目を覚ませ」
それにしてもコイツ、寝る時はこんな幸せそうな顔して寝るのか……。まあさすがに寝る時まで不機嫌ヅラはしてないよな。
「……変なとこ触んじゃないわよ、バカシイナ……ぅにゃ……」
どんな夢を見ているのか激しく気になるんだが……。
仕方なく肩をさらに強く揺すると――ギリギリギリィッ!
「痛っ! ちょっ、いででで……!」
寝てるとは思えないほど凶悪な力で思いっきり太ももをつねられた。
しかも最悪なことに、痛みのあまり、思わず足を跳ね上げてしまったようで、刹那の上半身は一瞬宙に浮き――マズいッ!
ドサッ。
もたれ掛かっていた上半身を無理に倒す形になってしまったが、自ら身体(というか主に胸)をクッションにして抱き止めることで刹那の頭を床で強打する事態は免れた。
しかしホッと息を吐いた途端、刹那の腕が突然動いて床に突っ張るようにその上半身を持ち上げた。
眉が釣り上がったその顔は寝起きだというのに真っ赤に染まっている。
「お、おはよう刹那」
思わず口元が引き攣る。
「ア、アンッ、アンタ……」
肩をブルブルと震わせて、ババッと後ろに飛び退いた刹那はグググッと拳を握り、
「や、やられたわ……まさか寝てる間に……こんな……」
「ちょっと待て、まず話を――」
「うっ、うるさいうるさいっ! うるさ――――いっっッ!!!」
鉄拳が飛び、一瞬意識がトンだ。




