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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第四章『ドレッドレイド―咬み付く脅威―』
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(17)『アプリコット=リュシケー』

「こっちだった気がしなくもないんですけどもしかしたらそっちだった気がしないでも……んーっと結局どっちだったんでしたっけ、ねぇシイナ?」


 知らんがな。

 さっきの小部屋を出てから、アプリコットの道案内で迷路のような研究区画(ラボ・エリア)を進んでいた。

 刹那は俺の背後から『何か言いたいけど帰るまで我慢してあげるわ的な不機嫌オーラ』を放ちながら黙ってついてくる。その後ろではリコが保険として背後を警戒しながら歩いている。

 スペルビア?

 俺の背中です。起きないせいです。ホントよく寝るな、コイツ。アンダーヒルよりちょっと重いくらいだから別にいいけど。


「どーちーらーにーしーよーうーかーな」


 自分から案内を申し出ておいてにわかに信じがたい最悪の所業(どちらにしようかな)始めたぞ、アプリコットのヤツ。


『道案内なら“未知案内(ヴァージンロード)”の二つ名を持つボクに任せてくださいよ♪』


 あの時は、アプリコットにはいくつ二つ名があるのか、という今さらながらに当然聞くべき質問をぶつけそうになる衝動を抑えたものだが、本人の頭からはつい数分前のその台詞が吹っ飛んでいるようだ。


「天の神様なんざいねえような気もしますしいたとしても言うことなんざ聞きたかありませんけど、『神のみぞ知るゴッド・オンリー・ノウズ』ってのもあるっつーことでたまには信心してみましょうかねっつって、まぁ、たぶんこっちです」


 すさまじくオリジナリティ溢れる『どちらにしようかな』を一音毎で切って長々と披露したアプリコットは最後に左の道を指差した。結局適当かよ。


「真面目にやってくださいアプリコット」


 アンダーヒルが一歩前に出てそう宣告する。さすがアンダーヒル、もっと言ってやれとつい他人任せなことを思った自分を反省しつつ、アプリコットの反応を待つと、


「…………………………………………………………………………ボクがふざけているとでも言いたいんですか?」

「その間は何だよ! 二十秒は経ったぞ!」

「いえ、シイナ。体感ですが、十九秒八三ですので、二十秒は経っていません」


 こっちもこっちでやたらめんどくさい!

 なんで頭いいどころか常人のスペックを軽く凌駕してるのに人の台詞を文面通りにしか取れないんだよコイツ!


「アンダーヒル、そこまで言うならあなたになら正しい道がわかるんですよね?」

「い、いえ、それは……」

「どちらにしろ当てずっぽうならここに来たことのあるボクの深層記憶に賭けた方がいいとは思わないんですかね?」

「……わかりました。左に行きましょう」

「っつってみたところで実は最初からこっちってわかってたりします」


 と上へ続くスロープの方を指差して、たたっと上がっていくアプリコット。


「……」


 アンダーヒルの表情から感情が消滅し、わずかに頬が赤くなる。


(アンダーヒルが遊ばれてる……)


 と思った途端、アンダーヒルはじっと俺を見上げてきて――


「……」


 少し目を逸らしたかと思うと、オブジェクト化した【ブラック・バンデージ】で顔を覆い始めてしまった。


(恥ずかしかったのか……?)


 俺は一メートルほど鉛直距離で上がった階層に足を踏み入れると、そこで待っていたアプリコットに、


「さっきの話の続きだけど――」


 と切り出す。

 案の定『どんな話してましたかね』とあからさまなしたり顔で首を傾げるアプリコットの(デコ)を平手で(はた)き、手を放した時にずり落ちたスペルビアを背負い直す。


「こんなトコロに来てまでDVとか止めてくださいよ、まったくー。それにこんな見えちゃうところにとかマジ嫌がらせですかね。傷残ったらどうしましょう。ツクヨミに何か言われるかもしれませんね~」

「ワケわかんねーコト言ってんなよ」


 『普段からDVしてるみたいに言うな!』『傷すらついてないのに残るか!』『なんでそんな台詞吐きながら口元にやけてるんだよ!』『ツクヨミって誰だよ!』、これらを総括しての台詞である。


「どうしてサジテールが特殊コードでメイン・サーバーに接続できる端末だからって復元しちゃいけないんだよ」


 再び通路を進み始めても俺とアプリコットの会話は続く。

 さっきの説明に納得こそしていないが、アプリコットがサジテール復元に反対しているのは事実みたいだからな。


「まぁ考えてもみてくださいよ。シイナたち≪アルカナクラウン≫は一刻も早くかつ安全に塔の攻略を完遂したいわけでしょう? ボクからすればそれこそ脆くて危うい理想論ですが今はボクのことなんざどうでもいいです。最近は動きを見せませんが、≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫の目的はそれのまったく逆っつー話なんですよね? そんな≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫に所属する魑魅魍魎(チミモウリョウ)がメイン・サーバーに接続できるなんつー危険物(サジテール)を放っておくと思いますか? アレを刺激するのはボク的にはオススメしないっつーコトです」

「いや、特殊コードがわからない以上、インターフェースとして使いようがないだろ。それこそ今のリコやケルベロスみたいに普通の戦闘介入型NPCと同じだ」


 ふぅ、と気が抜けるような音にアプリコットの方を振り向くと、疲労に喘いで息を吐いたように少し俯き加減だった。


「何だよその顔」

「ああ、いえいえ。本来の普段通り、仕事中のボクはいつもこんな感じなんですよ」


 後ろをついてくる三人に聞き取れないような声量でそう呟くアプリコット。


「仕事中……?」

「本名、アプリコット=リュシケー。所謂(いわゆる)ボクの『中の人』です」


 いや、それは『声優』って意味だろ。

 俺がその唐突かつ意味不明な言動に戸惑っていると、失礼にも俺の顔を見て『ぷっ』と吹き出したアプリコットは、すっと短く息を吸って――


「All the world's a stage, And all the men and women merely players.they have their exits and their entrances, And one man in his time plays many parts」

「……な、何だよソレ」

「知らないんですか? ウィリアム・シェイクスピア著『As You Like It』、和題『お気に召すまま』の一節です。まあ意味自体は『この世界は全て、これがひとつの舞台である。人間は男女問わずこの上の役者にすぎず、それぞれ舞台に登場してはまた退場していき、その間に一人一人が様々な役を演じている』っつーコトなんですけど、今言いたいのはですね……これが特殊コードです」

「……えっと……つまり……?」


 理解が追いつかず、思わずそう聞き返すと、アプリコットは『はぁ……』とため息をついて、


「一回で理解してくれませんかねっつっても、実際には英文自体じゃなくて、今の一節を原型留めない程度にバラバラに引っ掻き回して作ったただのアルファベット文字列なんですけどね」

「なんでお前がそれを知ってるんだよ」

「わからないんですか?」


 口元にイタズラした直後の猫のような笑みを浮かべたアプリコットは、茶髪をパッと払うフリをして一瞬顔を隠すと、


「この話は終わりです。もうすぐですよ、サジテール、機械系戦闘介入型NPCをキーアイテムから復元させる場所、『人工奇跡実験場』、通称『オラクル・ミラクル・リセプタクル』は♪」


 急に調子を変えて、駆け出した。

 その後を追って走りながら、アプリコットの今までの言動を思い返す。


『――今さら仕方ないですが、本来ここの存在は極秘事項(マルC)。教えることも禁則事項なんですから』

『――仕事中のボクはいつもこんな感じなんですよ』

『――これが特殊コードです』


(まさか……アプリコットってROL(ロル)の関係者…………!?)

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