(16)『ヒューマノイド・インターフェース』
「いったいどういうことなのよ!」
アンダーヒルの使用した煙幕スキル【煙天下】で追跡阻止に成功し、刹那がアプリコットを問い詰めた。
ちなみにここは通路の途中で見つけた分岐の先にあった小部屋である。
「面白いでしょう?」
「――じゃないわよ! アプリコット、アンタここのコト知ってて黙ってたの!?」
「はい、ここのコト知ってて黙ってました♪ っつっても入るのはずいぶん久しぶりなんで道とかは憶えてねえんですけどね」
「なんで黙ってたのよ!」
「言う必要がありました?」
「あるわよ、バカッ! さっきの三十分は何だったのよ!? 意味ないじゃない!」
「意味ないだなんて酷いですね。何匹も何匹も鬼が出るか蛇が出るか的モンスターを殺しておいてそれはないでしょう。捕食しろとは言いませんが、意味もなく無駄に命を奪うのは最低の行為ですよ?」
こんな時に限って正論か、お前。
相も変わらず、人の言葉後を掴んだり、揚げ足を取ったり、難癖つけたりするのが特異なほど得意みたいだな。
しかも時には、正論に聞こえるような破綻論理すら厭わない性格破綻者。
コイツに口で勝てるヤツいるのか……?
「アプリコット、ここ何処?」
スペルビアが半開きの目をアプリコットに向けて訊く。
「あーまぁつまりですねー。要して言葉にするなら、亡國地下実験場の研究区画ですよ。ちなみにさっきのところを先に進めば研究対象・実験体区画。どちらかと言わずともこっちの方が安全です。何せ、モンスターが出ませんから」
「モンスターが出ない……!? そんなフィールドあり得るのか?」
俺が思わずそう聞き返すと、
「有り得るも足り得るも何も、現に存在するものをどう否定するってんですかね。まあ確かにボクは『嘘吐き嘘』なんつー不名誉極まりねえ二つ名で呼ばれてた時期もありますけど、特に理由がない時ぐらいしか嘘なんざ吐きませんよ。ここからなら研究対象・実験体区画の何処にでも行けますから、楽っちゃ楽なんですよ。ちなみにアンダーヒルいえ物陰の人影。ここの情報を流したりしないでくださいね。今さら仕方ないですが、本来ここの存在は極秘事項。教えることも禁則事項なんですから」
らしくもなく真面目な顔でそう言うアプリコットに、アンダーヒルは頷いて返す。
「ありがとうございます♪ っつー話は置いといて、結局シイナたちは第八層に何の用があるってんですか?」
聞いてなかったのかよ。
話の途中でスペルビアが何回も寝るから何回も説明したっていうのに、コイツはその間何をしていたのやら。
「ここなら八式戦闘機人・射手を『自我を包みし電脳殻』から復元できるらしいってリコが言ってたんだよ」
ちなみに件のリコは今、部屋の外の見張りに立っている。【潜在一遇】の存在からいざという時にすぐ逃げられるためだ。
「八式戦闘機人・射手……ってあの自律兵器基地の……ですかね? まあ確かにアレもリコやケルベロスと同じスタンドアローンの戦闘介入型NPCですけど……ボク的にはあまりおすすめできませんね。や、真面目に」
「な、何でだよ」
伏し目がちに真面目顔を作るアプリコットに怯みつつそう聞き返すと、
「そもそもROLがリコやサジテール・ケルベロスのようなヒューマノイド・インターフェースを作った理由が想像できますかねっつってもされても困るんですけどね」
「理由……?」
戦闘介入型NPCを三百五十層に行く前から出したかったからとか……。
「ちなみに戦闘介入とか考えてる内は生まれ変わってもわかりませんからねシイナっつってもプレイヤー側からすればわからなくて当然って話になるんですが」
「なら察しも頭も悪い俺に訊くなよ」
「あれ? 察しが悪いって自覚あったんですか? 普段常々を見てて、てっきりまったくの無自覚かと。ねえ?」
急に口元を隠して悪戯っぽく笑い始めたアプリコットは、何故か刹那とアンダーヒルにアイコンタクトしようとして二人ともに目を逸らされてる。ざまあみろ。
「俺は十聞いても三ぐらいまでしかわからないんだよ」
ギロッ。じーっ。
え゛、なんで俺……?
刹那とアンダーヒルは意味不明の話を振ったアプリコットではなく俺に何か言いたげな視線を送ってくる。
刹那の視線には苛立ちと殺気がこもっていて、アンダーヒルの視線には呆れと諦めが――ってアンダーヒルさんおかしくないですかっ。刹那の八つ当たりはいつものこととして、何その『またこの人は……もうどうしようもありませんね』みたいな目ッ、脈絡おかしいよな……! と思っていると、俺まで二人に目を逸らされた。
俺、アプリコットと同程度の扱いっ!?
「まあ十聞いて三の割合は正直ただのバカですねっつって結論付けておいてですね」
アプリコットだけにはバカって言われたくなかった……。あとリコと……シンにも言われたくないな。
別の理由からアンダーヒルとネアちゃんにも言われたくないが。聞いてるとアンダーヒルと頭良さそうな会話してるからなー。さすが水橋さん。現実に戻ったら勉強教えてくれないかな。
「まあそれで理由っつーのはですね。ヒューマノイド・インターフェースっつーのはメインサーバーに何かあった時に特殊コードを通すことで内部からサーバーに干渉するための端末みたいなものなんですよ。だからほら、中継連結回路♪」
リコ、というかP-AIシステムに縛られないNPCにはそんな理由があったのか………………ん?
(ROLの連中はなんだってそんな面倒な仕様にしたんだ……?)
詳しくは知らないが、わざわざリコやサジテール、ケルベロスの人格(?)を創り出すよりは、どうせ特殊コードを使うのなら部屋を作ればよかっただけの話だ。それなら場所が固定され、面倒事もない。
複数作った意味もわからない。
戦闘に介入できるようにした理由もわからない。プレイヤーの誰かが所有できるようにした意味もまったくわからない。
アプリコットの言ったことは、本当のことなのか……?
「察しの悪さはこと人間関係に関するだけっつー感じですよね~……」
アプリコットが何か呟いた気がしたが、よく聞こえなかった。
その時はちょうど、自問自答していた疑問に重なって、新たに疑問が浮かんできた瞬間だったのだ。
(ケルベロスって……ヒューマノイド・インターフェースなのか……!?)
やっとケルベロスの伏線を……




