(15)『長い、だと……!?』
「シイナ、どう? 気付いてる?」
「いや、気づいてはいないみたいだけど……でかいな……」
刹那にそう返すと、一度通路の陰に頭を引っ込める。
食竜植物。
アンダーヒルの目視計測によれば――。
高さ、約十一・三メートル。
推定重量、約七~八トン。
体力、LLGB十八本分つまり三十六万。ちなみにこの前の敵モンスター、『星蝕複合式不定形骸体』の体力は五十万。『ドレッドホール・ノームワーム』が一万八千。『激情の雷犬』が三万。『八式戦闘機人・射手』がちょうど三十六万だったはずだ。
特徴、数えるのが億劫な数の蔓状の腕があり、一際太い四本の先端には種子弾丸が、最高点で曲がって垂れた先には巨大な釣鐘型の白い花が付いていた。
「所詮植物だろう? 焼き払えばいいだけではないのか?」
リコは当然のように言っているが、それは現実的でかつ非仮想現実的だ。
現実なら火を放てば大抵の植物はそれだけで片付けられるが、仮想現実、特にRPGにおいては、相手は体力が数値化されている。多少、属性の弱点補正はあるだろうが、倒すのが簡単になるほどではない。
「アプリコットがやる気出せばいいんだけどな……。アイツ、得意属性、火だし」
件のアプリコットは何故か通路の角で一式換装を繰り返し、一人ファッションショーを展開している。
ホントにアイツがなんでついてきたのかがわからない。
「私、間怠っこしいと微睡んじゃうから早くして」
そう言いつつも巨鎚を掲げたままカックンカックン頭を前後させるスペルビア。
「こうなったら普通にバトるしかないわね。下手に小細工するよりはむしろ私たち≪アルカナクラウン≫らしいし」
「私、≪アルカナクラウン≫じゃない」
「ボクも違いますよ。何言ってんですか、刹那ん」
スペルビアとアプリコットが口々に否定する。
「ああ、うん。アンタらはちょっと黙ってて。シイナ、前衛お願いね。スペルビアが増えた分、私は後ろで魔法に集中するから――ってアンタなんでそんなカッコしてんのよ、アプリコット!」
刹那のノリツッコミにピョコンと跳ねて『え? 何かイケませんか?』とばかりにキョドるアプリコットは黒のバニーガール姿だった。頭の上で耳がゆらゆらと揺れているが、何故か背中の翼を狭い通路内いっぱいに広げているため、違和感が拭えない。
「ちなみに無駄に羽を広げてるのは何故かっつーとですね、ウサギは昔の商人の詐欺紛いの客向き善意あらため金儲けの浅黒い知恵のお陰で鳥と同じく『羽』で数えるのでそれらしく合わせてみました」
確かにアプリコットの予測困難な思考回路のパターンを読み取る手がかりとしては嬉しい補足説明だが……今は必要ない。
「そんなことしてる暇があったら手伝いなさいよ!」
「あれ? 手伝ってよかったんですか? 今の今まで手伝えなんざ言われなかったものでてっきりそうなのかと勘違いしてたんですけど」
信じられないことを言って瞬く間に手のひらを返すアプリコット。勘違いって自覚あるんじゃねえか。
「それならそうと早く言ってくださいよ、水くさいですね。ボクと刹那んの『あの夜のガールズトークを忘れたとは言わせませんよ』っつって言える程度の深い深い仲じゃないですか、まったく~」
へらへらと笑いながらぺらぺらと饒舌に言葉を並び立てるアプリコット(未だバニーガール)に刹那がこめかみを押さえてプルプルと震えている。
「アプリコット、アンタ一番前ね」
「さすが今昔流行りのツンデレですね。近づけば離れて、遠ざければ寄ってくる。撃った分だけ何かしら返ってくるアンダーヒルの狙撃みたいな感じですかね。まあ、狙撃の場合は返ってくるのが成果で、刹那んの場合は反発かおいしい反応のどちらかなんですが。あれ? そう言えばツンデレって放置するとどうなるんですかね? まあツンデレなんざ基本、寂しいと死んじゃうウサギみたいなもんですからねー。やっぱり過ぎればヤンデレになるんですかね? 『どうしてこっちを向いてくれないの』的な?」
「し、知らないわよ!」
おい、刹アプよ。無駄話してる間にせっかく止まってた『眼頭鬼』と『背誅の蛇影』の出現が再開されたんだが……。
「Zzz……」
スペルビアなんか立ったまま寝てるし。
(ん? ……アンダーヒルとリコは?)
少し立ち位置をずらすとアンダーヒルはすぐに見つかった。
さっき訝しんでいた通路の角の壁に右手を当てたまま微動だにせず立ち尽くしていた。
しかし、リコの姿は見えない。
(角の向こうか? アンダーヒルは何やってんのかよくわからないけど)
「ちょっと通してくれ」
さっき測っておいたモンスターの索敵範囲内に間違っても入らないように気を付けながら通路を塞ぐ刹那とアプリコットの間を抜けてアンダーヒルに歩み寄る。
角の向こうにもリコはいないようだな。となると【潜在一遇】で潜っているんだろう。
「どうかしたのか? アンダーヒル」
アンダーヒルは壁から静かに手を離すと、相変わらず何を考えているのかわかりにくい視線を向けてくる。
黙ったまま、じーっ、と。
アンダーヒルさん、何が言いたいんですか。俺には読心術はできないのですが。
じ――――――――――――っ。
(長い、だと……!?)
何だ……?
ホントに何が言いたいんだ……?
底抜けに透き通った黒い瞳が、俺と視線を重ねて捉えたままそれでも微動だにしない。そして次の瞬間、その桜色の小さな唇がピクッと震えるように動き、
「……シイナ、私は――」
コンコン。
何処からか、アンダーヒルの台詞を遮るように金属音が聞こえてきた。
途端に目の前の壁に向き直ったアンダーヒルはわずかに眉を歪めてため息を吐く。そして、手を挙げて壁を、コンコン。
ノックするように叩いた。
そして、改めてこっちに向き直ると、
「危険です。退いてください」
と俺を押して、他の三人の方へ戻る。
「危ないって何が――」
ゴッ――!
激しく鳴り響いた打撃音に刹那とアプリコットの問答は急止され、スペルビアは肩を跳ねて驚いたように目を覚まし、隣の広い空間にいた全てのモンスターが同時にこっちに向き直った。
そして――ガラ、ガラガラガラガラッ!
さっきまでアンダーヒルが触っていた壁が土煙をあげながら崩れてしまった……!
「フン、脆い壁だ」
ケホケホ、とその土煙の奥から現れた人影は――
「リコッ……」
「シイナも早く来い」
そう言ったリコは再び引き返していく。
「行きましょう、モンスターに気づかれました」
アンダーヒルはそう呟いて、ローブを振るって土煙を払うと、壁に空いた大穴に飛び込んでいった。
「お、おい……!」
仕方なく後を追ってその穴に近づくと、二十センチほどの壁の向こうに似たような通路が続いていた。
「アンダーヒルは面白くねえとこにばっかり気がつきますね、やっぱり。まあ口を滑らせたボクも悪いですが」
アプリコットはニッと笑って俺の脇をすり抜け、奥に飛び込んでいく。
「何だってのよ、もう!」
刹那もそれに続く。
そして呆然としていた俺はというと……
「早く」
と一言だけ言ったスペルビアに押され、何とか走り出したのだった。




