(14)『剣‐エンシス‐』
「なんで三十分以上戦ってるのに未だにこんなとこなのよ!」
刹那がキレた。確かに刹那が短気なのはいつものことだし、現状を真摯に受け止めて考えれば無理もないだろう。
そう。刹那にしては三十分はよく保った方なのだ。この状況、後ろで堂々とサボっているアプリコット以外の誰が最初にキレてもおかしくなかった。
とはいえアンダーヒルとスペルビアは感情の変化に乏しいため、俺と刹那、リコの確率が高かったのだが。
俺たちはまだ、誰ひとり一度たりともエレベーターの通路からその先の広い空間へ足を踏み入れてすらいないのだから。
「まぁそろそろさすがに確かに恥ずかしいというかむしろ外かしいというか。ありえませんよね。こんだけ遅々として進まねえっつーのは」
「サボっているお前にだけは言われたくない台詞ナンバーワンだからな、それ」
「ついにボクも一位ですかー」
「お前じゃなくて台詞がって言ってるだろ! 感慨深げに頷くな!」
とアプリコットに遊ばれる形でそんな遣り取りをしていると――パコーンッ!
後頭部に軽くも速い一撃が入った。
目を白黒させて振り返ると、スペルビアが平手を振り下ろした形で止まっていた。
と同時に眼頭鬼の小太刀二刀流を短剣二刀流で受けている刹那が振り向いて鬼か修羅かという顔を見せてくれる。
「アンタ何サボってんのよ、バカシイナ! ブッ飛ばすわよ!?」
ぎゃーす、と噴火する刹那火山。その怒りに任せた一撃が、対峙していた眼頭鬼の右腕の肘から先を斬り飛ばした。
さすが棘付き兵器。もう人間兵器だろ、アレ。
使役されることを良しとしたらしいスペルビアは持ち場に戻り、床を這う『背誅の蛇影』の黒い影のような本体に【戦禍の鬼哭】を叩きつけて霧散させている。
「シイナ、頑張ってください。こういう時にこそチームワークが大切なんですから」
背中にかかるアプリコットの声。
ああ、サボってるヤツに言われたくない台詞ナンバーワンはそれだったな。
(俺はなんだってこんなヤツに好かれちまったんだよ……)
でもまあ、ちゃんとスリングショットを装備している辺り、いざとなったら手伝ってくれると信じよう。
「また来たわよ!?」
刹那の声に通路の奥に目を向けると、眼頭鬼一匹と天井を動く背誅の蛇影が見える。
(これじゃ埒があかない……)
狭いせいでバスカーヴィルも出せないため、アプリコットがやる気を出さない以上戦力の増強が望めない。
しかしこのままではただの消耗戦だ。
基本的にフィールドでモンスターが尽きることはほぼないからな。
エレベーター側に陣取っているためいざとなれば後退もできるが、それではまったく意味がない。
(無理してでもここを突破して……王剣を盾にして切り開くか)
などという考えが頭を過った時、いつのまにか背後に来ていたアンダーヒルが俺の装備に付属された狼の尻尾を引っ張ってきた。
「だからそれを引っ張るなって――」
「おかしいと思いませんか」
相変わらず唐突だな。
「おかしいって何が」
そう小声で返すと――チラチラッと視線を揺らしたアンダーヒルは、
「アプリコットとこのフィールドのことです。彼女はここの構造を知っていた。それなら何故先ほど通路を左に曲がれば、と言ったのでしょうか。ここの通路は一本道、進もうと思えば左に行くしかないのですから、通路の先、と言えば事足ります。彼女の言い方では、まるで右あるいは直進の道があるように聞こえます」
「……それってどういう――」
バスンッ!
【正式採用弐型・黒朱鷺】の銃声が俺の声をかき消す。
アンダーヒルの放った銃弾は身長差で刹那を押していた眼頭鬼の眼球を貫通し、脱力して崩れ落ちるソレを刹那がもう1匹の方に蹴り出した。
「狭いトコで固まりすぎなのよ、バーカッ! 天より降りし蒼の王よ、光の園より登りし守り人の霊よ。天恵絶え、厳冬が命を蝕むとも、春来たりて青嵐吹けば罪深き破滅の女神は退き、古の竜は地より出でて咎人を食らうッ――」
毎度思うけどよく憶えてられるな、その長い詠唱文。
「――竜の逆鱗の鉄槌!」
バチバチっと足下から紫電が舞う。
瞬く間に形を変えた雷は竜のようにうねり、半ば一直線に立っていた眼頭鬼を貫き、天井に張り付いていた『背誅の蛇影』を焼き焦がしながら、通路の先の角の向こうまで駆け抜けていった。
後に残ったのはプスプスと眼球から煙もとい水蒸気をあげる眼頭鬼と、光に弱いのか閃光に身体の一部を引き千切られてもなお天井に張り付いている『背誅の蛇影』の姿だった。それが何匹もいる。
「シイナ、アンダーヒル! ヘビの方にトドメさして!」
モンスターたちが麻痺で動かない内に、一気に片付ける作戦(行き当たりばったりのような気がするが)らしい。刹那はどうしてもヘビに近寄りたくないようだな。
だけど、俺の飛び道具じゃ一番近くの『背誅の蛇影』にも届かないぞ? 近づこうにも近接で眼頭鬼をフルボッコにしている刹那・リコ・スペルビアの容赦のない三人に通路を塞がれてるし。
それとスペルビア、『重度のドライアイ』とか言ってるところ悪いけど、もう白濁してるしさすがにドライアイじゃ済まないと思うぞ。
「シイナ、これを」
と、まるで考えを読んだかのようにアンダーヒルが差し出してきたのは――
「使えと……?」
「はい」
渡されたのは軽量金属で覆われた黒の遠距離狙撃銃だった。
「それは私には扱えませんので、差し上げます」
どうして狙撃手が扱えないものが俺に使えると思えるんですか、アンダーヒルさん。
大刀並みにずしりと重いそれを構えると、視界の下端に武器名(手にした武器は装備してはいないため付加スキルを使うことはできないが、扱うことはできる)が表示される。
(【剣】……!?)
恐ろしくシンプルな名前の銃に若干引き気味になりながら照準器を覗き、一番近くの『背誅の蛇影』に照準を――バスンッ!
――合わせた途端に消し飛んだ。
アンダーヒル、珍しく間が悪いな。
仕方なく二番目の――バスンッ!
――三番目に照準を合わせる。
バシュッ!
引き金を引くと、銃身がわずかに跳ね、思わず照準器から目を離して広がった視界に、切り刻まれた厚みのない『背誅の蛇影』の残骸が眼頭鬼の上に降り注ぐのが映り込んだ。
(何だ、この銃……!?)
『背誅の蛇影』は魔物だから、銃で倒すと全体が弾けて消えるはずだ。
(いや……考えるのは後だな)
再び照準器を覗き、残党に向けて、引き金を引く。
バシュッ!
昔少しだけかじっといてよかったな。スナイパーライフルの扱い。アンダーヒルのように次々は撃てないが、モタついたりするほどじゃない。
(それにしてもこの銃……)
バシュッ! バスンッ!
アンダーヒルの【黒朱鷺】と銃声が重なる。しかし【黒朱鷺】に比べて【剣】の音が目立たない。
減音されているのだ。
それに加えて反動も少なく、狙いが甘くても相手は木っ端微塵になる。
威力も高い。
初心者に優しい、もとい、優しすぎる銃だ。
ズバアアアッ!
バシュッ!
ドグシャアッッ!
輻射振動破殻攻撃!
バスンッ!
音が止んだその時、通路内にいたモンスターは全て沈黙していた。
「やっと尽きたわね」
「まぁ実際はここからですけどね」
相変わらず水を差すのが好きだな、アプリコット。
「ここからは第二部。クエスト『食竜植物』を倒せ。頑張って下さいね、皆さん♪」




