(13)『機構変動‐マルチスタイル‐』
「何……コレ……?」
「だから先に言ったじゃないですか。亡國地下実験場最下第八層。表フィールドで最強のモンスターが集うこの場所は、何の飛躍も違約もなく単純でかつ明快に、傷んだ異端型な奇々怪々異の巣窟だって」
(いや、言ってない言ってない言ってない言ってない!)
エレベーターを降りてからL字型の通路を左に曲がった次の瞬間、その先の出口の枠に切り取られたその向こうの光景にほぼ全員が絶句した。
首から上が巨大な眼球で赤茶けた肌に尋常じゃない大きさの太刀を背負った鬼。
竜の首のようなモノを閉じた花弁の間から覗かせ、まるでそれを咀嚼しているかのように蠢いている巨大な植物。
地面を這う大蛇の形の黒い影には、尾の先に鋭いトゲの輪郭がある。
見える狭い範囲だけで明らかに外とは趣を殊にするモンスターが犇めいている。
「『眼頭鬼』『食竜植物』『背誅の蛇影』。連中の研究をしていた科学者はすごいですよね。まさに異形の偉業ですよ、くっくっく」
「ちょっとアンタ、なんかいつもよりテンション高くない……?」
自ら面倒な説明役に回った面倒くさがりの様子に違和感を覚えたらしい刹那が、珍しくおどおどとした態度でアプリコットに問いかける。
あと一拍それが遅れれば俺が同じ質問をしていたことだろう。いや、他の誰かがツッコンでいたかもしれない。
ある意味、テンションの高いアプリコットというのはどの何よりも危険なのだ。そして今、その危険人物に他の五人の、窺うような訝るような、驚くような睨むような視線が降り注がれている。
しかしアプリコットは口元を押さえて含み笑いを漏らすだけで、その問いには応えないのだった。
「まあまあ、それよりいいんですかね? 珍しくも眼頭らしく、早々とこっちに気づいたみたいですよ。アレ、あんな見た目の割にサーチアビリティが果てしなく情けないんですよ。ラッキーですね」
アプリコットが愉快そうに言った言葉に、バッと全員の視線が再び通路の先に向けられた時、グウォォオオオオオオオ――――ンッと雄叫びが鳴り、ビリビリと通路内の空気が震えた。
『眼頭鬼』が、その通路内に侵入してきていたのだ。その両手には2本の小太刀が握られ、何かの粘膜に覆われた眼球が俺たちを睨み付けている……!
(怯まされた……【衝波咆号】か……!?)
「とりあえず下がる」
スペルビアがぼそりと呟き、清代の民族衣装の大きな袖と長い黒髪を翻して走り始め、全員がその意見への同意を行動で示した。
ヴォオオオオォオゥッ!
また響く雄叫びに振り返ると、眼球が上下にパックリと割れ、その中に人間の口腔内と同じように歯が並んでいる不気味な姿が目に飛び込んでくる。
「何アレ、キモッ!」
刹那が率直すぎる感想を口にする。
エレベーターの前のちょっとした空間(通路よりはマシ)まで引き返すと、それぞれ武装を展開した。
「アレ、どのぐらいの強さ?」
火の玉を凍らせ、殴打する面の反対側に無数の突起を付けたような形の巨鎚(名前は【戦禍の鬼哭】というらしい)を高く掲げたスペルビアは、アプリコットの【巫女装束・五代守護鈴】の小袖を引っ張ってそう呟く。
「大したこっちゃないですよ。そうですね……、一匹当たりだいたい『心亡き慚愧』ぐらいですかね」
ボスじゃねえか。
危険と言うほどの強さではなかったけれど、曲がりなりにも古塔第二百二十四層のボスじゃねえか。
「ならいい」
『眼頭鬼』が追い付いてきた途端、わざわざアンダーヒルの射線を遮るように動いたスペルビアがその正面に飛び出した。
「……」
少しムッとしたように構えていた妙な形のスナイパーライフル【正式採用弐型・黒朱鷺】の照準器から顔を上げるアンダーヒル。
お前ら、普通に振る舞ってるけど結局仲悪いのかよ。
「【機構変動・巨鎚】、パワー・エクサ」
スペルビアは静かにそう呟いた。
ズンッ!!!
重く響き渡る衝撃音。
目を、疑った。
スペルビアが『眼頭鬼』の眼球に向かって振り下ろした【ヒトノコエ】は、防御のために挟まれた二本の小太刀をコンマ一秒で割り砕き、次の一瞬には二メートルを超える高さのソイツを地面と同化させたのだ。
「ん、なっ……!」
刹那が言葉を失った。
床に止められた【ヒトノコエ】の下から広がる鮮血と肉片の赤い華、小太刀二本と大太刀一本の粉々になった金属片がわずかな光を反射してキラキラと光っている。
「何……やったんだ……?」
思わずそう呟き、瞬きの間もなくグロテスクな加工を施されたソイツから目を逸らす。
ネアちゃんを連れてこなくて本当によかった。こんなの見たら絶対に失神する。
そういう意味では今の面々は精神的に図太い連中ばかりだからな。
表情一つ変えず床を見下ろしているアンダーヒルはもちろんのこと、その肉片を嘆息気味に眺めるリコ、加害者のスペルビア、目を逸らしてはいるものの狼狽えてすらいない刹那、むしろ楽しそうににやにや笑っているアプリコット。
コイツら、怖いぞ。
「私は巨鎚使いの中でも恵まれた例外だから」
淡々とした口調でそう言って、スペルビアは血に濡れた【ヒトノコエ】を持ち上げて、肩に担いだ。
顔や装備に返り血が飛び散っているのも気にしていない様子だ。
「【機構変動】……知ってる?」
スペルビアの問いに頷いて返す。
【機構変動】は一部の上位武器を補佐できる戦闘スキルだ。
熟練度1000に加えて、それぞれの武器の特性に合った条件を満たすことで発現するのだが、そのほとんどがまだよくわかっていないのだ。
「巨鎚のマルチスタイルでは攻撃力を変動させる。『パワー・エクサ』ならどの武器カテゴリでも届き得ない攻撃力百万を叩き出す」
(攻撃力百万!? 馬鹿じゃねえの!?)
ちなみに普通なら一万超えで強い武器と言われる。
「代わりに魔力が空になる」
「馬鹿じゃねえの!?」
「魔力は回復する。大したことない。ひとつのフィールドでデカ・ヘクト・キロ・メガ・ギガ・テラ・ペタ・エクサそれぞれ一度しか使えないけど」
うん、やっぱ馬鹿だな。コイツ。
馬鹿力の馬鹿だ。




