(12)『ホントのあのコト』
「で、どうしてアンタらまでついてくんのよ……」
「私は別に。コイツが」
「ちょっとちょっとー、個人を責めるのはやめてくれませんかね? スペルビアだって三秒前まではノリノリだったじゃないですかっつーかシイナの両手に花状態を放っとくのは危険ですから」
酷い言い種だな。
「りょ、両手に花って、ち、違うわよ! 誰がこんなヤツ!」「私の主観ではそんなつもりはありません」
二人揃って真っ向から否定する刹那とアンダーヒル。別にそういうつもりだったわけじゃないけど、目の前で言われるって結構傷つくな、コレ。
「ま、まあみんな落ち着――」
「うっさいわね、このバカシイナ!」
「眠Zzz……」
「昨日の今日で疲れが抜けてないみたいなんで、ここで待っててもいいですかね?」
「メガロポリス・エデンならばさして射程は必要無さそうですね……。ならばやはり取り回しが悪くとも【正式採用弐型・黒朱鷺】を……」
コイツらは……。
協調性ってもんがないのかよ……。
理不尽さから何からいつも通りの刹那と、既に自分の世界にしか意識が向いていないアンダーヒルはともかくとして、やる気もないのについてきた二人は何なんだよ。スペルビアなんか立ったまま寝てるし。
「シイナ、この連中は要らないのではないか……?」
とアプリコットとスペルビアを交互に指差してそう呟くリコ。本心から同意したいところだが、アンダーヒルに勝っているスペルビアとただのチートなアプリコットの必要性を考えれば、ある程度のリスク(?)は被る覚悟はできているのだ。
――亡國地下実験場――
名実ともに表で最強のモンスターが闊歩する鬼畜フィールド。
こんな状況下では二度と来ることはないだろうな、と思っていたのだが、九ヶ月で戻ってきてしまったわけだ。
九ヶ月の間にかなり多くの修羅場と死線をくぐり抜けてきたわけだが、今から潜るのは実験場の最下第八層。正直未だに自分の力が通用するかどうかの自信がない。
『背っ徳、愉悦っ、防災いいぃぃぃっ、これこそまさに非核三原――ヒャーハー!』と相も変わらず荒ぶっているガードロボを蹴散らして中央タワーに入って今に至る。
来る度に言語破綻が進んでないか、あのガードロボ。さすがのアプリコットも口元引き攣らせてたぞ、一瞬。
ヴンと近未来っぽいノイズのような音を響かせて、エレベーターの入り口に当たる光膜が開いた。
「いきますよ、スペルビア」
さっき『待っている』などと言っていたアプリコットが率先してエレベーターの中に入っていく。しかもスベルビアを引きずってだ。良くも悪くもアプリコットの言うことは信じられないという一例である。
心変わりが早く、思考が一貫しないとも取れるが。
「人聞きの悪いこと思わないで下さいよ、シイナ。こう見えてボクは一途な方なんですからね?」
「さもそれが当たり前のように人の思考を読むな」
と、アプリコットの額にノーダメージの力加減の手刀を叩き込みつつエレベーターに乗り込む。
「あんまり文句ばかり言うようならあのコトをここで暴露しますよ?」
なっ――あのコト!?
「ちょっと待て」
とりあえず制止をかけ、アプリコットに手のひらを返して見せる、が、その途端、
「シイナ、あのコトって何よ」
と今にも牙を剥きそうな刹那が――
「私も、気になる」
といつのまにか目を開けていたスペルビアが――
「シイナ、隠していることがあるのなら事情説明を要求します」
と【コヴロフ】をチラつかせるアンダーヒルが――
「隠し事はのちに疑心と混乱を招く。故にシイナ。あのコトとは何か、今の内に言っておけ。シイナのためだ」
と何故か江戸の仇を長崎で討つような台詞でリコが――
――清流のように静かで寒波のように冷たく、まるで突発的な津波のように一斉に俺に詰め寄ってきた。
途中から全員の声が混ざり合って、ひとつひとつの解読が不可能になる。
刹那とリコはいつも通りにしても、普段から冷静なアンダーヒルやそこまで深い関係でもないスペルビアがここまで聞きたがるって何なんだよ、俺の認識!
で……“あのコト”って何のコト!?
騒音とアプリコットの含み笑いに満たされたエレベーターの扉は閉まり、エレベーターホールに再び静寂が戻ってきた……。
「俺を殺す気か、アプリコット。冗談じゃないぞ、まったく……」
エレベーターが地下八層についた頃にやっと解放された俺は、次々と降りていく皆の後を追ってアプリコットにそう告げる。
「え? 冗談ですよ?」
「いや、そうじゃねえよ」
「日本語って難しいですよね~。方言や訛り、敬語、その他の細かい機微も含めたら複雑さは半端ないわけですし」
「意味わかって言ってんじゃないか」
「わかってないとでも思ったんですか?」
楽しそうな横顔の隣には、うんざりとした顔の被害者がいることをそろそろ理解してほしいよな、コイツには。
「ま、“ホントのあのコト”は黙っといてあげますよ」
いや、“ホントのあのコト”ってホントに何のこと……?
「アンダーヒル、ここのモンスターの情報ってないのか?」
性格破綻者の相手に疲れて、前を歩くアンダーヒルに声をかける。
「構造・出現モンスターなど、まったく情報はありませんがリコが知っているのではないですか?」
「ここのことならボクが知ってますよ。儚に頼まれて攻略に協力しましたから。めんどくせえボス戦の終了間際にやめたっつーか飽きてフィールドを出たので名前は残ってませんけどね」
お前、何してくれちゃってんの!?
そりゃ一位二位と揃えば、あれだけの早さも頷けるよ! 電撃戦とかそんなんじゃないだろ! まとめて薙ぎ倒しただろ!
種族が天使種の癖に馬鹿みたいに物理攻撃力に成長経験値振ったアプリコットと全ステータスに均等に経験値を振ってきた儚。その二人が揃えばどうなるか、戦闘が戦闘にならないのだ。
「とりあえず次の角を左に曲がればわかりますよ。ここがどういうところなのかがね」
アプリコットはそう言って、悪戯っぽく微笑んだ。




