(10)『深い意味は特に』
「やっと帰ってきたわね」
俺たちがクレインズを連れてギルドハウスに戻ると、妙に肌ツヤが増して生き生きと輝く刹那に出迎えられた。
ストレス発散のおかげだろうか。
「帰りが遅かったから心配してたのよ」
「フン、要らん心配だな」
何故か不機嫌そうなリコが刹那の脇をすり抜けて階段を上がっていく。
「……? 何かあったの?」
「さあ……」
何なんだアイツは。なんで不機嫌なのか全然わからんな。
「ケルベロス、アンタは捕虜を地下に連れてって。一番奥の倉庫の隣に新しく部屋を増設したから」
「アイ、ワカッタ」
別段主人というわけでもない刹那に従ってケルベロスもエントランスホールを抜けて廊下の方へ姿を消した。
「リュウとシンはスリーカーズのトコに行って。どうせドレッドレイドの詳しい事情聞いときたいでしょ。捕虜のこれからの処遇についてはスリーカーズと二人に担当してもらうけど構わない?」
やたら機嫌がいいからか、二人に了承を取るような言い方をする刹那。リュウもシンも妖怪を見たような心ここにあらずといった顔をして、コクコクと頷いている。
「じゃあスリーカーズにもそう伝えといて。んーっと、深音!」
刹那がちょうど通りがかった黒髪ストレートロングのNPCメイドの深音を呼びつけると、深音はあからさまにチッと舌打ちをしてスタスタと歩いてきて、
「できるだけ少ない文字数でお申し付けください、刹那様」
「アンタはマトモな応答もできないの……? あーもう、いいわよ。深音は二人についてって。アンタが捕虜五人の係ね。ある程度の自由は許していいけどあの部屋から出しちゃダメ。判断に困るようなら私かシイナにメッセージ送りなさい」
俺にもかよ。
「とりあえずわかりましたので給金を上げてください」
「なら仕事しなさいよ」
「チッ」
さすがにいらっと来たらしい刹那が『早く行きなさいッ!』と命令すると、深音は瞬く間に逃げていった。
「アンタらも早く行きなさいよッ!」
深音のヤツ……せっかく機嫌のよかった刹那を不機嫌にしていきやがって。お前は逃げたからいいかもしれんが、これからも付き合わされるのは俺なんだぞ? などと考えつつ、忘れていた会話ログ消去の任務を遂行する。
そうしている内にエントランスホールには――腕を組み、足をタンタンと踏み鳴らして不機嫌アピールをする刹那と、それを刺激しないように黙しながら手持ち無沙汰に視線を泳がせる俺。そして薄手の布団にくるまったまま顔だけ出してソファに横になって眠りこけるアプリコットだけが残った。
気配を探ってわかったのだが、どうやら構造上同じ空間に当たる二階ロビーにも誰もいないようだった。
アプリコットが寝ててホントによかった。あの愉快犯が起きていたら、未だによくわからないことでキレることがある刹那を無意味に挑発して刺激しかねない。
俺はイヤだからな。こんな危険指定二人の戦いに巻き込まれるのは。
「あによ」
気がつくと、刹那と目が合っていた。
俺はただ刹那とアプリコットのどっちがより危険かを考える上で実際に観察して各パラメータを確認していただけなのだが、刹那は何かを勘違いしたのか、唇を尖らせ上目気味の横目で睨み付けてくる――。
――のだが何故だろう。いつもの嗜虐的な鋭さが感じられない。少なくとも何かで怒っているような目じゃない。まるでこちらの出方を窺うような、構えるような……そう、警戒しているような目付きだ。
だがそれだけでもない。何か別の感情が含まれているような気がする。
「アンタ、今日はどうするの?」
「え?」
唐突に言われると、そう言えばシンやリュウに連れ出された直後に一悶着あったものの二人はもう俺から隠し事を聞き出すという目的を果たしているわけで。
「特に決めてないな」
最近は忙しかったせいか、ただダラダラと休むのはもったいない気もする。
「じゃ、じゃあ私と何処か――」
「リコと亡國地下実験場にでも行ってく……って何か言ったか、刹那」
「――な……んっにも言ってないわよ、バカシイナ!」
何だよコイツ……自分から話題振っておいていきなりキレたぞ。
刹那は目を逸らしてはこっちを見てまた逸らす……というよくわからないループに入っている。何故か噴火はしていない。
さっきからコイツのひとつひとつの行動理由がほとんどわからん。
「て、ていうかアンタ……なんで今さらメガロポリスに行くのよ……?」
お前、誰だ?
キレた次の瞬間には何故か俯き気味にそう訊いてくる。普段のコイツなら絶対にありえない。
「お前、リコ……じゃないよな?」
リコは名前がまだ『電子仕掛けの永久乙女』の時に一度だけ刹那に化けてみせた実績があるからまさかと思って訊いてみたのだが、
「あぁ?」
蔑むような痛い視線が俺を貫く。
前言撤回。
コイツ、百パーセント刹那だ。間違いない。俺は味方にこれだけの殺気を込めた視線を送れるヤツを刹那しか知らないからな。
「リ、リコと射手を直しに行く約束があり……どうせなら行ける内に行っておこうかと思いましてですね」
「なんで敬語なのよッ」
「ふ、深い意味は特に……」
一言喋るごとに刹那の眉がつり上がり、伴って怒りのボルテージが上がっていく。
何に反応してキレるかの解説書とまでは言わないから、せめて噴火のタイミングがわかるようにゲージバーをつけてくれないかな。満タン溜まったら噴火するとか。
――とそこで止まった。
顔をわずかに赤らめたままタンタンと爪先を踏み鳴らし、『何か言ってみろ。釈明があるだろ、聞いてやる』みたいな顔でこっちを睨み付けてくる。
(な、なんでキレたかもわかってないのに何を釈明しろと!?)
などと混乱している間にも、減速してはいたが、今も少しずつわずかずつ刹那の怒りゲージは増える一方だ。
時間制限付きとはいささか以上に厳しい問題設定だ。
チッ、チッ、チッ――。
時計の秒針の音が際立って聞こえてくる。それがタイムリミットを表しているようで、無意識に焦る。
「……つ」
「つ……ナニよ」
「ついて、くるか?」
「っの~~、バカシイナ――ッ!!!」
神様、どうやら俺は選択を間違えたらしいな……。恨むぜ。なんだこの運命。
しかもこの時、壁際のソファで寝ていたアプリコットの片目がうっすらと開いていることに俺も刹那も気づかずに、その口元が笑みに変わったことすら見逃していた。




