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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第四章『ドレッドレイド―咬み付く脅威―』
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(9)『可愛いしなっ!』

「しっかし驚いたな~。さっきのお前、マジで刹那っぽかったぞ、シイナ。お前には才能がある。うん、見た目可愛いし」


 両手を頭の後ろで組んで隣を歩くシンが気持ち悪いことを言ってくる。


「そんなので褒められても何にも嬉しくねえんだけど……」

刹那(アイツ)の似たようなシーンを何度も見たことあるからだろうな。しかもシイナ、お前途中でアプリコットも混ぜただろう。なかなかのクオリティだったぞ」

「嬉しくね――ッ」


 演技とはいえ、人としてダメな方向に突き進んでいっているような気がして落ち着かない。トラウマを思い出したのか、さっきからうつむいてブツブツと『ごめんなさい、もうしません』と繰り返し呟いているリコの様子が、そう思ってしまう元凶のひとつでもあるのだが。

 疑似刹那状態の俺に墜ちてからのクレインズは()()()()()()俺の質問に答えてくれた。

 現状サーバー側にギルド申請ができないため、とある中堅のギルドを丸ごと乗っ取って成立したPKギルド『強襲する恐怖(ドレッドレイド)』は、Redrum(レッドラム)を中心に数十人規模に成長しているらしい。そして今もその志願者は後を絶たないことも聞いた。

 クレインズもその一人で、入団テストの一環として監視の任についていたらしい。

 ――他の志願者数人と。


「お、怖いお姉さんから報告が来たぞ」


 シンがお気楽な声をあげてメッセージを開封。それを見て苦笑すると、可視化してこっちに放ってきた。


『[刹那(せつな)]少しは(たの)しませてくれるみたいじゃないの。いつまで()つか、楽しみだわ♪』


 うわぁ、さっきの俺と同じ台詞。


「要するに片付いたってことだな」


 メッセージを送ってから約五分、実質の戦闘時間は三分ってところだろう。

 鬼だ。


「さて、問題はソイツをどうするかだな」


 薬を使って眠らせ、今はケルベロスの背に乗せて運んでいるクレインズさんだ。何処へと言われても応えようがない。


「主ヨ、最近我ラヲ(ないがし)ロニシテイナイカ……? 確カニ『アンドロイド』ノ方ガ使イ勝手ガイイノハ承知シテイルガ……、コレデハタダノ犬トヤッテイルコトガ変ワラヌデハナイカ」


 まあ、やれることがただの犬とそこまで変わりないからな。


「文句言わずにやってくれ。リュウもシンも万が一目ェ覚ました時にハラスメントに引っ掛かるんだよ」

「主ガヤレバヨイデハナイカ」


 いやぁ、そのお姉さん。結構着やせするタイプだったみたいで負担なく抱えようとすると胸がねー。ちょっと無理です。


「後でドッグフードやるから」

「マア任セテオクガイイ。ソノ褒賞ハ不本意ナトコロデアルガ」


 なら尻尾振るなよ……。


「話戻るけどさ」


 ≪アルカナクラウン≫のギルドハウスにも近づいてきた頃 、ただ黙っているだけの空気に耐えきれなくなってきたのか、シンがわざわざ俺の肩を叩いてそう言ってくる。


「俺のアバターをどうやって元に戻すかって話か?」

「いつまで戻ってるんだよ! そんなことどうでもいいって言うか、もうシイナは戻っちゃダメだ!」

「喧嘩売ってんのか!?」

「TSだぞ!? このクオリティのVRですらシステム上で規制された性転換(SC)だぞ! 希少価値だろ!」


 ダメだ既にシンが何言ってんのかすらわからないや。

 隣のリュウはやれやれと(かぶり)を振り、俺とシンから距離を取る。


(――ってシンを止める気皆無かよ!)

「お前はそれに加えて――」

「それよりっ。お前が戻すって言ってた話は何のことなんだよっ?」


 シンの肩をどついて理解不能な話を強制終了させつつそう促すと、シンは『フッ、愚問だな』とでも言いたげな笑みを浮かべて、


「お前が結局誰狙いなのかって話だよ」


 アプリコットさん、今すぐ刹那に会話ログを見せてください。


「なんでそんなバカな質問に答えなきゃなんないんだよ」

「僕もリュウも好みの狙いは言っただろ。お前はホラ、最近アンダーヒルとかもお前によく懐いてるじゃん」

「あれを懐いてるとするのか、お前は。アイツにAMR向けられたこともあるぞ?」

「刹那じゃあるまいし、そんなこと絶対ありえないだろ」


 実話実話。


「せっかく男は俺たち三人しかいないんだし、少しぐらいそういう話があったっていいだろう――いや、今のシイナは女子側か」


 シンは防具の関係上大きく開いた俺の胸元に視線を落としながら、しみじみとそう呟いてくる。


「ばッ……お前ナニ堂々と見てんだよ!」


 と両手で抱くようにそれを隠すと、シンは急に真面目な顔でズビシッと俺に人差し指を突きつけてきた。


「それだよソレ」

「な、何だよ」

「もうお前はそのアバターに慣れきってる。真面目な話、もう胸の存在感とか全然気にならないだろ」


 と人差し指でその双丘を示してくる。

 さっきまでのシンと違い、ふざけているような様子はまったくない。

 普段通りの冷静な表情だ。


「あ、ああ。まあ……」


 そう応えてはみたものの何故か声が小さくなってしまった。


「懸念してはいたんだけどな。母さんから少しだけその辺の話は聞いてたし」

「何の話だ……?」

「お前が今、女に近づいてってるって言いたいんだよ」

「…………は?」


 シンの言葉が咄嗟(とっさ)には理解できなかった。


ROL(ロル)が実質的にネカマを規制した理由ってわかるか?」

「……」


 少し考えて首を横に振る。


「現実に影響するからだよ。全てが現実と共通の感覚で表されるVR空間を脳が現実だと誤認する可能性が高かったんだ。要するに、例えば今現実のお前の脳から送られた微弱な生体電気はシイナというアバターを擬似的でも直接動かしてる。そのお前がVRの中で自分の身体が女だと認識したら、それは現実のお前の身体を女だと認識してるのと同じことなんだよ。実体もアバターも、動かす脳はひとつだけなんだよ。それでこっちで女らしく振る舞おうとしたら、いつか自分の認識と実際の身体に齟齬が生じる。つまり性倒錯性障害に似た状態になるってこと」


 そんな……理由があったのか。

 自分なりに解釈すれば、現実と仮想現実の区別がつかなくなる、ということだろうか。自覚とかそんなレベルの話ではなく、脳の生命活動のレベルで。


「でも別に俺は女らしく振る舞おうなんて――」

「シイナ、些細な仕草まで含めたらそうでもないぞ」


 まさかのリュウからシンヘの援護射撃。


「ある意味普通のことなのかもしれないけど、前は多少近くから見られたぐらいで胸隠そうとはしなかったろ。自分ですら触れないように気を遣ってたぐらいじゃないか?」

「うっ、た、確かにそりゃそうだけど」

「そこにきてドナドナのスキンシップに女の子の反応しか見せなかったって話だ」

「お、お前それ誰から――」

「アプリコット」


 やっぱアイツ一発殴っとこう。


「事情を知ってる僕やリュウはともかく他の連中には完全に女として映るわけだし。そういうヤツの前では女として振る舞ってたろ。刹那やスリーカーズはバレないようにって言ってたけど、正直バレるより深刻だぜ、この状況」


 聞いている限り、シンの言うことは的を射ている……と思う。

 基本的には現実的な意見ばかりのヤツだし、言った通りROL(ロル)スタッフの母親からいろいろ聞いていたのだろう。

 最近は≪アルカナクラウン≫以外の顔触れと会うことも多く、必然的に口調だけでなく色々と取り繕う機会も多いからな……。


「シン、意外と周りのコト見てるんだな」

「別に周りって訳じゃないけどな。うちのギルドではお前と一番付き合い長いし――」


 その台詞を図りかねて色々と頭の中を巡らせている内に、シンは白い歯を見せて親指を立てる(サムズアップ)


「――可愛いしなっ」


 結局それか。

 俺はついていけないそのテンションにげんなりして、シンのウィンクを全力で(かわ)した。

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