(8)『調子ノってんじゃないわよ』
「しかし、相手が邪魔をしてくるということは俺たちにとっても邪魔ということだ。シイナ、やはり潰すんだろう?」
露店群を抜けた辺りに差し掛かると、リュウが改めてそう切り出す。
「当然。アプリコットが協力してくれれば話は早いんだけどな……。アイツがこんなワケありな話にノッてくるなんてほぼ皆無だし。あとは向こうから仕掛けてくるのを待つしかない、ってトコロだ」
「……まぁこういう時のセオリーで言えばそこまで待つ必要もなさそうだよな」
シンが笑う。しかしその目は据わっていて、ちっとも笑っていない。
「それもそうだ」
苦笑気味にそう言って、十字路を左に曲がると同時に足音を殺して走り出す。
「例のPK集団か」
後ろに意識を向けるが、敵意ある気配はあっても足音が聞こえない。中途半端だがある程度尾行に慣れている(隠蔽性能が高い)ようだ。
「どうだろうな。少なくとも、シンのファンではないと思うね」
皮肉混じりにそう言って、追い付かれる前に建物と建物の間の狭い路地裏に入る。
「もしかしたらシイナに一目惚れしたガチムチのストーカーかもしれないぜ?」
やめい。
じっと息を潜めていると、角の向こうからチッと舌打ちのような音が聞こえてきた。
(女……?)
舌打ちに混じった音には女性特有の高音が含まれていたのだ。
「どうする、捕まえるか?」
シンが、しゃがみこむ俺の左肩のジョイント部に外れた肩当てを嵌め込みつつ耳打ちしてくる。
「そうだな。こっちにも敵対の意志があることをアピールするためにも……」
帯銃帯から【大罪魔銃レヴィアタン】を抜いて無声音でそう伝えると、
「よーし、それじゃあ一番速いシイナが行け。その間に僕が退路を――」
「輻射振動破殻攻撃!」
三人の間に沈黙が流れる。
「ほう、避けたか。しかし逃げられると思うなよ! 【武装変更】、着脱式複関節武装腕、接続機甲・電環動力鋸ッ!」
何の予兆もなく突然聞こえてきたリコの声に思わず呆然とする。
リコ、お前いったいいくつ武器があるんだよ……などと今さらどうでもいいことを思ったその瞬間、
「ぎゃあああああっ!」
女の悲鳴が聞こえてきた。当然、リコではない。
慌てて路地から飛び出すと、赤い全身レザースーツと黒いプレートアーマーに身を包んだ黒い短髪の女がボタボタと流れ落ち道路に広がる血に目を剥いて驚いていた。
細長いΩ状の光刃にその胴体を貫かれていたのだ。
その刃の根元には黒いケーブルが繋がっていて、死角から同じものがさらに3本。その女を囲うように伸びている。
そして止める間もなく、女のライフゲージが消滅するのが見えた。
「ちっ……くしょう……ッ」
まるでナイフの刃のように鋭くなった女の目が立ちすくむ俺を睨み付け――ガクンッと力尽きた。
その頭上には[DeadEnd]の表示が浮かび、現れたカーソルが『P』『a』『r』……と文字を打ち込んでいく。
そしてその数秒後には、手に持っていた鎧貫剣がポリゴン状になって砕け散り、ブ、ブブ……とノイズをあげて装備が消滅していく。
「ふんッ、弱すぎてつまらん」
黙れ、この戦闘狂。
ズブリッと嫌な音を立てて光刃のチェーンソーが女の腹から引き抜かれ、同時に周囲を囲んでいたケーブルがシュルシュルと引いていく。
そして角からリコが姿を現した。
人によっては泣いて喜びそうな嗜虐的な笑みを口元に湛えている。
最近は見ていなかったが、リコの本来の性質。つまり本性は実質この辺りに属している。こと戦闘においては全力と言うよりは容赦がなく、敵意ある者には過剰なまでに苦痛を強いる。
左手に握られたイカ焼きを刺した割り箸のミスマッチ感は半端じゃない。
レベル1まで降格された女は目を覚ました途端、怯えと怒りが半々で入り交じった表情でリコを睨み付けている。
「ほう……。貴様、まだ敵意を保てるか」
笑う、と言うよりはただ口角をつり上げただけのような嗤いを浮かべたリコは、ヒュッと右手を横に振り、現れた可変機械斧槍【偽りの洗礼】を片手で軽々構える。
「その辺にしておきなさい、リコ」
取り繕った口調で声をかけると、銀色のアホ毛がピコンと跳ねる。
「なんだ、シイナ。尾行に気づいていたのか? それならそうと早く言ってくれればいいものを」
「気づいたのは貴女と別れてからだったのよ。それよりあまりやり過ぎないでね」
「安心しろ。たった今興が削がれた」
リコは【バプティズム】を再びしまいつつ、イカ焼きを割り箸ごと口に放り込みまとめて咀嚼する。
俺が邪魔したみたいな言い方やめろよ。
あられもないインナー姿になってしまった女に名前が視認できる距離まで近づく。
名前は[KRAINS]。聞いたことのない名だ。少なくとも前線級やベータテスターではない。
「処分を決める前に何処の誰かを聞いておきましょうか。もしかして何かの勘違いがあったら困るでしょう?」
ニコォッと笑って声をかけると、クレインズは『クソッ』と叱咤を漏らして、気の強そうなツリ目を逸らす。
(んー、尋問なんてやったことないからな。やり方がわからん。誰か参考になりそうなヤツは……)
思いっきり身近にいた。
形から入ってみるか、と装備品ボックスを漁って【群影刀バスカーヴィル】の代わりに【ミスティーク】を装備し直すと――ザクッ!
クレインズの目の前の地面に思いっきり突き立てた。
「調子ノってんじゃないわよ」
ビクッ、とクレインズの身体に震えが走り、リコが一歩だけ後ずさった。
「アンタが名乗らないならこっちから名乗ってあげるわ。私は≪アルカナクラウン≫所属のシイナ。二つ名は『災厄の対剣』ね」
本当はあまり思い出したくもない二つ名だが、『魔弾刀』を名乗ると男の[シイナ]の方になって話がややこしくなる。咄嗟にその場凌ぎの二つ名が思い付かなかったのだから仕方ないと言えるだろう。
彼女の装備から逆算した大体のFO参入時期には既に二つ名は『魔弾刀』だったはずだから、クレインズがよほどの物好きでなければ知っているはずはない。
「はいっ、アンタは?」
最後通牒を叩きつけるように満面の笑顔でそう言ってやると、クレインズはうぐっと喉から音を漏らした。
――が、再び目を逸らす。
「あっ、そう。へえぇぇぇ、少しは悦しませてくれるみたいじゃないの。いつまで保つか、楽しみだわ♪」
我ながら、刹那の真似はしてるだけで怖いな。あんまり痛々しいのはやりたくなかったんだけどな……。刹那なら容赦なくやるだろうし、仕方ない。
「リュウ」
【ミスティーク】を後ろに放り投げると、それを受け取ったリュウは、
「お前にはたまに驚かされるぞ……、【未必の故意】」
俺の考えている通りのスキルを付加して投げ返してきた。
そして、クレインズさん。今、リュウがかけたスキルを聞いて反応したね? ということは君はドレッドレイド側なのかな?
「生憎こっちは格下相手にプチプチ時間潰してられないのよ。だから早く喋ってくれると助かるわ♪」
ヒュンッと真一文字に短剣を振る。
次の瞬間、クレインズの頬にまっすぐ紅い線が走り、ピッと血が噴き出した。
「薄皮一枚。次は頬肉……やっとく?」
見よう見まねのどす黒い笑顔と害意たっぷりの物言いで畳み掛けると、クレインズの表情は恐れと怯えに塗り潰され、
「ド、ドレッドレイド……だ……!」
墜ちた。




