(7)『さっきの発言』
「何かと思えばそんな話か、くだらん! アホか貴様らは!」
近くの露店でシンにおごらせたキャラメルマキアート(のような味がする謎の液体)を一息に飲み干し、リコはリュウとシン+何故か特に言葉を発した覚えのない俺に何のヒネリもない罵倒を吐く。
(まー……俺もアホかと思うが……)
ついさっき、リコの方をチラチラと気にしながらもシンが切り出した話は、
「さて、ウチの女性陣はいろんな意味でクオリティ高めなわけだが……お前の狙いは誰なんだよ、シイナ」
アホかッ……! 脈絡もなければ意味もないだろ、その質問って……!
「狙い目はネアちゃんかアンダーヒルだな。やっぱ小動物系に外れはないよ。刹那も暴力さえ少なくなれば悪くないけどな、ツンデレだし。ウチの女性陣はバラエティ豊かだから選び放題だぞ」
その女性陣にお前が選ばれるかどうかは別だと思うんだが……。
「おいおい、スリーカーズも捨てがたいとは思わんのか? 下手に取り繕わない辺りが好みだな。そういう意味ではアプリコットも悪くは――」
「「それはない」」
それにしてもリュウがこのテの話題にノってくるなんて珍しい。だいたいいつもは俺もリュウもシンの話を聞き流してるような感じだからな。
「……なんでいきなりこんな話になってるんだよ!」
「お前だってわかるだろ? 僕たちはこれからもまだまだここに閉じ込められたままなんだ。だったら少しぐらいいい思いをしたいじゃないかッ!!!」
卓越したお馬鹿思考だな……。
「で、お前はどうなんだよ、シイナ。誰だ、やっぱりネアちゃんか?」
と目をらんらんと輝かせるシンの額に手刀を打ち込みつつ、
「なにが“やっぱり”なんだよ」
「だってお前、リアルではネアちゃんと同級生でFOに誘ったんだろ?」
「は? いや、ネアちゃんが自分から始めたいから少し教えてくれって……」
「あっちのネアちゃんは可愛いかッ?」
「聞けよ」
ネアちゃん――水橋さんは前髪で目元が半ば隠れているが、それを上げた素顔には等身大の可愛さがある。
「……そうか。シイナはいわゆる同性愛者というヤツなのか……」
ちょッ……! リコがすさまじい勘違いをボソッと呟いてらっしゃるのですが!? ええい放せ、シン、暑苦しい!
「ふん、もういいから好きにするがいい。私はその辺でぶらぶらしているからな! ……………………つまらん。くっ、何故私の名が出ないっ……」
なんだかよくわからないことをぶつぶつと呟きながらリコは、不機嫌オーラ全開で何処かに行ってしまった。
俺がトゥルムから出ない限り、リコは放っといても大丈夫だろうが……。
リコの後ろ姿を見送ると、突然リュウが俺の肩に腕を回し(身長差がありすぎるためリュウは屈んで)、俺の耳元に顔を寄せてきた。同時にシンに加えて、リュウの分のハラスメントコールアイコンが点滅する。
「さて、本題に入らせてもらうぞシイナ」
リュウがそう言うと、シンが掴んでいた俺の腕を放し、後ろに回って背中を押し始める。まるでリコから少しでも離れようとしているみたいだ。
「ちょ、ちょっと、本題っていったい何の――」
「お前も刹那も僕たちに隠してることがあるだろ。吐け」
シンが声のトーンを落として言う。
さっきまでの態度が一変、急に真面目顔になった二人に挟まれ、身動きが取れない。
コイツら俺から何かを聞き出すために、しょうもない話でリコが離れていくまでの時間を稼いだな。巧妙だ。
「隠してることってなんの話だよ」
咄嗟には特に思い至らなかった俺が昨夜のスペルビアとアプリコットの遣り取りを思い出しつつそう反論すると、リュウがずいと強面を近づけてきて、
「ドナドナが来たんだろう。あの女が何の用もなくわざわざ来るとは思えんからな」
「ああ……それか」
PK集団のことだろう。そういえばこの2人は知らないんだった。だってあの時寝てたし。
「別に隠そうとしてたわけじゃ――」
「僕らは仲間じゃないのか!」
リュウを押し退けて後ろから俺の両肩に手を置いたシンがガクガクと揺すってくる。
暑苦しい。
「お、おい、だから人の話を――」
パキッ。
「お、シイナすまん。肩当て外れた」
バキッ。
「――聞けっつってんだろうが!」
「落ち着け、シイナ。今初めて言った」
リュウがまあまあと両掌を返して俺をなだめようとしてくる。
シンのサムライ顔に裏拳を極めた俺はパンパンと手を打ち払い、尻餅で額を押さえるシンに優しく手を差しのべてやる。
「大丈夫かシン。何があったんだ?」
「お前の後ろにアプリコットが見えるぞ!? なんだその白々しい笑顔!」
「細かいこと気にするなよ」
差し出した俺の手を掴もうとシンが手を伸ばした瞬間に手を引き、リュウを引っ張って再び歩き出す。
「ってお前はアプリコットかよ!」
いや、アイツなら笑顔で手を掴んでから起き上がろうと体重移動したところで手を引いて前に転ばせるだろうな。たぶん。
「ここ最近、趣味の悪い連中が調子に乗ってるらしいんだよ」
隣を俺に引かれて歩くリュウに小声で伝えると、
「……お前が趣味が悪いと言うと……まさかPKか?」
「察しがいいな」
「付き合いが長いだけだがな。それよりもっと詳しく説明してくれ」
「……ドレッドレイドって名乗る奴らで、少なくとも五人いる。わかってる面子は[ラクサル][グスタフ][グリムリーパー][Redrum]……それと……[アリアドネー]もだ」
「アリアドネー!? あの女、FOに戻ってきてたのか!」
追いついてきたシンがすぐに反応し、口を挟んでくる。
さすがに憶えているだろうな。
今はもう存在していないPKギルド≪夜蜘蛛の毒針≫の頭領。
それが[アリアドネー]だ。
昔とある事件から≪アルカナクラウン≫を目の敵にし、ことあるごとに度の過ぎた悪質な嫌がらせをしてきた時期があり、それが他のギルドやプレイヤーにまで被害が出るようになったため討滅した。
あれだけ性格のねじ曲がったヤツも少ないだろうと思える人物だ。
「ことの発端は竜乙女達偵察隊のメンバー三人が襲撃されて発覚したんだけどな。どうもこの状況を継続させたいみたいだ。要するに塔の攻略を邪魔して、な」
「あ……んの、クソ女。この期に及んで、まだんなこと考えてんのかよ」
自称『天然のフェミニスト』シンが曲がりなりにも女に対してここまでの敵意を示すなんてなかなかあることではない。
「それで今何処まで話が進んでるんだ?」
「……まだぜんぜんだな。だけど……これは誰にも内緒だぞ、もっと寄れ」
男三人、露天の立ち並ぶなか顔を突き合わせる。その内一人は何故か外見が女なのが悲しい事実だが。
二人が十分に寄ってから、俺はトーンを落とした無声音で耳打ちする。
「アプリコットのヤツ、少なくともその中のグリムリーパーの会話ログを覗いてる。つまりフレンド登録が為されてるってことだな。信じられないことに」
ホント信じられない。
アイツの交友関係の意外な幅広さ(あるいは膨大さと言っても過言ではない)も。
未だに謎めいていて欠片すら掴みきれないあの性格(本性と言い換えられる)も。
常に誰かの会話ログを覗いているというとんでもない趣味(?)も。
そして何より――――≪シャルフ・フリューゲル≫が一人ギルドではなくなっているということが。
アプリコットの言うことだからハッタリかもしれないが、もし万が一彼女のためにそこまでしてくれるヤツがこの世にいるのなら……お人好しか物好きか、あるいは――
(被害者か……可哀想に)
適当に想像して話を元に戻す。
「さっきまでアプリコットは寝てたけど今はどうかわからない。俺の会話ログも同時並行で覗かれてるからな。ついでにシンのも」
「僕のも!?」
「あまり穏やかな話じゃないな。それでこんなことを話していて大丈夫なのか?」
リュウがそう訊ねてくる。
「アイツのことだからよほど興味を引かれない限り傍観だろ。それより今ヤバいのはシンだぞ」
「僕が? なんで……」
「さっきの発言」
つまり『狙い目はネアちゃんかアンダーヒルだな。やっぱ小動物系に外れはないよ。刹那も暴力さえ少なくなれば悪くないけどな、ツンデレだし』のことだ。もしこの発言を面白がったアプリコットが皆に見せていたら、ネアちゃんとアンダーヒルはともかく『暴力さえ少なくなれば悪くない』などという言い方をされた刹那に何をされるか……。
という旨を懇切丁寧に説明してやると、シンは露骨に青ざめた。
一人だけログを覗かれていないリュウはそれを横目で見て笑うフリをしながら、背後にも広がっている露店群を見つめていた。




