(2)『最悪だ――――ッ』
「で……、コレはなによ」
「[ミキリ]、元≪道化の王冠≫所属の『魔眼の魔女』だ」
「なんでそんなのがアンダーヒルの部屋のクローゼットの中にいるのかって聞いてんのよ、このバカシイナ!」
多少いつもの調子を取り戻してしまったらしい刹那の正拳が俺の右肩を襲う。
「アンダーヒルが起きるぞ、刹那」
ずきずきと痛む肩をかばいながら刹那にそう言うと、
「うっ……せ、説明しなさいよ……」
などと少しばかり冷静さを取り戻してくれた。あと5分早ければ最高だな。
「九ヶ月前――」
刹那の拳が鳩尾を襲い、肺の空気を根こそぎ持っていかれた俺は当然言葉を封じられ、瞬く間にクローゼットの床に沈んだ。
「それってアンタが逃がしたって言った時じゃないの!」
察しが良すぎる。
まだ一すら話していない分量だぞ。
「ゲホッゲホッ、アンダーヒルに止められたんだよ……。刹那たちにはまだ教えるなって。それでずっとこのクローゼットに拘禁してたんだ。面倒見てたのはアンダーヒルだけど俺もたまに見に来て」
「この事は他に誰が知ってるの?」
「俺とアンダーヒル、それとトドロキさんだけのはずだ」
俺はそう言いつつ、ミキリの腕をとってクローゼットから外に出す。
「影のお姉ちゃん、怪我したの?」
すぐさまアンダーヒルを見つけたミキリは、曇りの無い瞳で見上げてくる。
「まあな。今日はその話で来たんだ。ジッとしてろよ」
ミキリの後ろに回ると、以前刹那から貰った短剣【ミスティーク】を取り出す。『クラエスの森・竜流泉』に潜る時にも装備していたものだが、軽いナイフ型なので使いやすいのだ。
俺は静かに見守る刹那の前で、ミキリの親指と手首を縛る金属製のワイヤーを丁寧に切断する。
ミキリは自由になった手を不思議そうに見つめて、再び俺を見上げてきた。
「ミキリは≪アルカナクラウン≫に味方する気はないの」
「わかってるよ、それはもう諦めてる」
「ミキリ、別に逃げる気もないの」
「それは初耳だけど、まあそうだろうな」
ミキリにはもう居場所がない。
唯一の居場所だっただろう≪道化の王冠≫も、既にミキリを切り捨てた。悪名高い『魔眼の魔女』が降格したとなれば、品の無い連中がまた面倒な噂を流す可能性もある。少なくともここにいれば空腹に喘ぐことはないし、誰かに無意味に貶められることもない。
「……ここなら影のお姉ちゃんがミキリと遊んでくれるの」
そっちかい。
どれだけ籠絡されてるんだよ。
たまに普通の会話の中で話を誘導して、欲しい情報を口走らせようとする奴だぞ、アンダーヒルは。
何度も引っ掛かる俺も俺だが。
「でもそれじゃあどうしてミキリの縄をほどいてくれたの?」
「この前一緒に来た、微妙に違和感のある関西弁のお姉さんいただろ」
「着物のお姉ちゃん?」
「そう、それ。その人にこの怖――くないお姉さんと一緒にミキリを連れてきてって言われて来たんだ」
刹那さん刹那さん。あんまり子供の前で殺気撒き散らすのやめてくれませんかね……。
「ちょっとシイナ。アンタ、こいつをこの部屋から出す気?」
さすが刹那。もうミキリを拘禁していたって事実を受け入れてる。
「トドロキさんの指示だからね」
「アンタ、ギルドリーダーでしょうが。なんでスリーカーズの指示ばっかり聞いてんのよ。少しは自分で考えなさいよ。人の言うことばかり聞いてバッカみたい」
えー。お前、俺がお前の言うこと聞かなかったら怒るじゃん。
刹那は自分のことを棚の上通り越して神棚にまであげてしまう。言動を見ていると、おそらくそれはこのFOの中だけの性格なのだろう、と何となくわかるのだが、如何せん何故か被害者がほとんど俺であることを考えると承服できない。
「姫のお姉ちゃん、初めまして」
俺が仮想現実でありながら現実の厳しさを思い知らされて打ち拉がれている間に、ミキリは俺の手から逃れて刹那に礼儀正しい挨拶をしていた。
子供らしいといえば子供らしい、六十度お辞儀の早業である。
「ひ、姫……?」
少し後ずさり気味に驚いて、困惑の表情を俺に向けてくる刹那。
多分さっき俺が皮肉って『お姫様』って呼んだからだな。
「ミキリが人を名前で呼ぶのは少ないんだ。大抵こんな感じに『○○のお姉ちゃん』って呼ばれる。俺が『優しい』とか『ミキリを倒した』で、アンダーヒルが『黒』か『影』、トドロキさんが『着物』。ほとんどは紹介した時の単語か第一印象で決まる」
「だ、第一印象?」
今回は単語の方だったな。ちなみにアンダーヒルが印象、トドロキさんは単語だ。
「ていうか……なんでコイツこんな格好なの?」
俺自身最初から気になってはいたことなのだが、今さらツッコむなんて刹那らしくもないな。特にDO移行までは見た目重視の装備が主だったんだから。
今ミキリが身に付けているのはファンシーなクマの着ぐるみパジャマだったのだ。
「可愛い?」
後ろに下ろしていたクマのフードをかぽっとかぶったミキリが、ねだるような上目遣いで首を傾げる。
中身も伴い、見た目は愛らしい幼い女の子。シンではないが可愛いと思うのは当然であって、一瞬サムズアップで同意しかけた自分を抑えつつ『ハイハイ可愛い可愛い』と誤魔化してミキリを部屋の外に出した。
「影のお姉ちゃんのおさがり……あまり気に入られなかったような気がするの……」
マジで!?
アイツがこんなの着て寝てたの!?
似合わない訳じゃないけどイメージぶっ壊しすぎだろ、アンダーヒル!
閑話休題。
ミキリを連れ、誰にも見られないように廊下を進む。ギルドハウス内にいるプレイヤーを全て把握しているメイドにはどの道知られているが、他言しないよう厳命してあるので問題はない。
他の皆は全員さっきまでロビーかエントランスホールのどちらかにはいたから大丈夫だと思って角を曲がった矢先――
アプリコットと遭遇した。
「最悪だ――――ッ!!!」
ミキリを見るなりキラキラと目を輝かせ、俺と刹那を交互に見たアプリコットは、
「ワクワク、これはどうなったら勝ちなゲームなんですかね?」
「知るか!」
よりにもよってアプリコットなんて。
まだリュウやシンやネアちゃんなら事情を説明すればなんとかなっただろうに、ここにきてこんな破綻した駒を用意しますか、俺の運命線は!
「アプリコット、頼むからコイツのことは誰にも言わないでくれ」
「別にいいですよ」
(あれ? 物分かりが――)
「アプリコット・ウィークリーに書くだけですから言いやしません」
(――よくないな)
どうしたらアプリコットを止められるのかがわからない。そろそろ誰かアプリコット辞典を作ってくれないかな。『アプリコット・ウィークリー』って何だよ。
「そんな屁理屈はどうでもいいから、これにはちょっと複雑な事情があるんだ」
「複雑な事情をこねくり回して分かりやすく破綻させるのがボクの生き甲斐なんですよっつって、性格破綻者装ってみたり」
「装うまでもなく破綻してるからな!?」
「まったくボクという人間がまだわかってないようですね、シイナは。そんな風に悪口言われたら今回の件黙っててあげたくなっちゃうじゃないですか♪」
千年経ってもわかる気がしない。
なんか知らない間に一件落着した。
アプリコットと会話すると無駄に疲れるというか、調子を崩されるというか――
「それにしても刹那んとシイナって結婚してたんですねぇ」
落着直後に意味不明の案件が浮上した。
「けけけけ結婚とか、な、ナニ言ってんのよ! そ、そんなの――」
落ち着け刹那。
「あれ? その子供は二人の子供じゃないんですか? もしかしたらボクがリアルヒッキーやってた間に里子システムか生命の神秘的なシステムがアップロードされたのかと思ったんですが」
ダメだコイツ、早くなんとかしないと。
「生め◎△$♪×¥●&%#?!――」
刹那がついに言語崩壊した。両手の指を高速駆動させながら、うつむいて謎言語をぶつぶつと繰り返している。
今日の刹那はなんか様子がおかしい。疲れているのだろうか。
「アプリコットちゃんは相変わらずなの」
「なんだ、誰かと思えばミキリじゃないですか。四分前まで気づきませんでしたよ」
最初じゃねえか。
今までの遣り取りは徹頭徹尾無駄だったというわけだ。いつものことだけど。
「お前ら、知り合いなのか?」
「昔、最年少プレイヤーのミキリが気になりましてね。拉致してパーティ組んだことがあるってだけですよ」
「ナニやってんだオマエ」
この後、アプリコットをミキリから引き剥がすのに時間を浪費し、わざわざ迎えに来てくれたトドロキさんに『早よ来んかい、アホ』と叱られた(?)のは言うまでもない。




