『在りし日のアルカナクラウン・d』
「角三本に片翼、左眼と爪四本。それに対してこっちは腕一本にライフ半分と四分の三……結構頑張れるものね」
「こっちは部位欠損がきついんだけど……。しかも利き腕」
ついさっき噛み付き一撃で食い千切られた右腕をかばいながら、やけに冷静に状況分析をする儚にわざと聞こえるようにぼそっと呟く。
威嚇のモーションを繰り返していた聖禍の守護竜は隻眼になってしまった目で俺とハカナを睨み付け、口腔内で炎弾を生成し始める。
「問題なのはやっぱり異常再生回復かしら……」
ハカナは守護竜が高速で撃ち出した黒炎弾をバックステップで躱してそう呟く。
【異常再生回復】は巨搭第八層のボスモンスター、『獣魔人アスタ』の特性技。咆哮と共にライフを回復する強力なヒーリングスキルだ。
なんで他のモンスターの特性を自在に使えるのかが疑問だが、これが特性だとしたら恐ろしく厄介な相手だ。
おかげでライフを削れやしない。
「そろそろ三十分経つからあと十分もすればみんなと合流できるはずよ。そうしたら総攻撃で仕留めましょ」
双剣が片手を失うことの意味をわかっていないわけじゃないだろうな、などと少し恐ろしいことを考えつつ、ハカナが守護竜を釘付けにしている内に武器を手持ちの斬馬刀カテゴリに変更する。片手だけでも扱いやすく、それなりに威力が高い、中国出身の武器だ。
「行くぞ、ハカナ!」
どうせなら二人だけで倒してやる、と息巻いてハカナの背後から守護竜に迫り、跳躍。
「【饕餮爪破】!」
斬馬刀を引き、心臓狙いで守護竜の左胸に上段からの斜めの振り下ろしを連撃で見舞う。
しかし、饕餮の爪痕を残しただけで内部まで貫通させることはできなかった。
わずかに仰け反った守護竜だが、すぐに報復攻撃、まだ空中で身動きの取れない俺に噛み付きを繰り出してくる……!
タンッ。
その一瞬、左肩に軽い衝撃を感じた。
気付くと真上に俺を踏み台にして跳んだハカナがいて、噛み付きを躱された守護竜の顎を上から串刺しにしていた。
「【雷華招来】」
何の躊躇いもなくレイピアを手放したハカナはスキル技を使い、その剣に雷を落とした。
迸った蒼い火花は剣を中心に放射状に広がり、守護竜の体表面をくまなく走り抜けた。
グゥウウッ!
口が開けないからかくぐもったような呻きが低く轟く。
「シイナっ」
「OK!」
斬馬刀を再び振り、身体中からプスプスと煙を上げる守護竜の懐に潜り込み、
「食らえッ……【毒蠱蜂針撃】!!!」
ただでさえ切れ味のいい斬馬刀に回転が加わった凶悪な一撃で、刃は固い鱗の隙間に潜り込みドリルのように腹を穿孔する。
グギャアアアア――――ッ!
大きく仰け反った守護竜のライフが減少し、残りのライフが一割を切る。
「回復する暇は与えない!」
そう叫びつつ、斬馬刀を引き抜いた俺は重い斬馬刀を回転させて逆手に持ちかえ、身体を回転させた勢いで腹の傷をなぞるように切り裂いた。
その瞬間――バチンッ!
何かが弾けるような音がして、全身を激しい痛みが駆け抜けた。
(な……ッ……)
蒼い電気火花が視界に散る。そして守護竜の身体を青白い光の膜が覆っていた。
巨搭第五十七層のボスモンスター、激情の雷犬の雷の鎧だ。近接攻撃で接触する度、プレイヤーを電撃と麻痺が襲う。
(やられた……っ!)
視界には大きく飛び退いたハカナの姿が映っている。あの危機回避能力の高さは見習いたいものだがなかなか常人には不可能なレベルの精度だ。
ハカナはサブウェポンの短剣を腰のベルトから抜き放つと、かなりキレ気味の守護竜と対峙する。
「ハカ、ナ……!」
「安心して。私は大丈夫よ」
俺が大丈夫じゃないんですが。
激情の雷犬の麻痺経続時間は三十秒。
ハカナは全く問題ないだろうが残りライフが四分の一切っている俺には致命的だ。
「【浮游伝】【鏡面複製】【単射投石】【煉鎖反応】」
淡々とした声でスキル発動を宣言したハカナは手にした短剣を頭上に放り投げた。
【浮游伝】の効果で滞空時間を引き延ばされた短剣は【鏡面複製】により五つに複製され、その内の原型一本が【単射投石】により標的を守護竜に定めた。
「発射♪」
ヒュンッ!
原型は直線軌道を描いて飛び、守護竜の額に突き刺さる。そして、【煉鎖反応】の効果で同種の四本もそれに続いて、頭部の何処かしかに突き刺さる。
当然飛び道具だからハカナに電撃や麻痺の影響が届くことはない。
再び大きく仰け反った守護竜は呻き、口腔内に黒炎弾と紅雷弾を同時生成し始める。
「大変ね」
タンッと地面を蹴って懐に入ってきたハカナはまだ麻痺の抜けない俺の身体を脇に抱え上げ、守護竜の腕の下を抜けて、横に跳ぶ。
「大丈夫?」
「なんとか」
とその時、ちょうど麻痺が薄れ始める感覚を覚えた。
「それよりブレスが……」
「安心して、シイナ。私を、信じて」
いつの間に拾っていたのか、俺の斬馬刀を構えたハカナは振り返り、向かってきていた雷弾と炎弾を――ヒュンヒュンッ。
一瞬の交錯で斬り落とした……!
「そろそろトドメね。【陽天・竜刃一閃】!」
すり抜けざまに斬馬刀で竜の左腕の付け根を大きく抉り取った。
まるで時が止まったかのように動かなくなった聖禍の守護竜は、次の瞬間から崩折れるように地に倒れ伏した。
斬馬刀を一振りして血を払い落としたハカナは、俺の前にそれを差し出してくる。
「ありがとう、シイナ。助かったわ」
コイツ一人でも勝ててたかもしれない。
ハカナは嬉しそうに微笑むと、竜の頭に近づき、上顎に刺さっていた細剣を引き抜いて腰に差し、さらに身を乗り出して額に刺さった短剣に手を伸ばす。
その時だった。
グバァッ!
突然守護竜の口が開き、ハカナの胴に食らいついた。
「ハカナッ!!!」
グシャアアアアアッ!
俺の声に、肉が裂ける音が重なった。
一瞬、頭の中が真っ白になる。
「あ、危なかったわ。ありがとう、刹那」
ハカナの声で気がつくと、息を荒立たせた刹那が守護竜の背後から飛びかかり、口角にかけた両手の短剣で口を引き切っていた。
正真正銘ライフが0になった守護竜は動かなくなり、
「らしくもなく油断してんじゃないわよ、バカッ! 敵のライフぐらい確認しなさいよッ!!!」
刹那はハカナにそう怒鳴り付けて、フンとそっぽを向いてしまう。
「ええ、ごめんなさい、刹那。心配かけちゃったわね」
「別に心配とかじゃないわよっ!」
不機嫌アピールをする刹那を遮るように、システムメッセージが開いた。
『イベントモンスター"Ancient Babel Dragon I"討伐』
二人を見ると、それ以外にもメッセージが開いている。
「新しいスキルを取得した……ってこれユニークスキルじゃないっ!」
「私は武器みたいね」
聞くと、最後の一撃を与えたプレイヤーには【精霊召喚式】というスキルが与えられるらしい。
ちなみに後から追い付いてきたリュウとシンはその場で崩れ落ち、泣くほど悔しがっていた。
俺も泣きたい。
俺だって功労者なのに、素材以外は何もなしかよ。




