『在りし日のアルカナクラウン・c』
森林拠点フィールド、『聳え立つ恒久の古城』――。
「高ッ!」
思わず刹那が感嘆の声を上げる。
境界線を越え、無差別エンカウント地帯からフィールドに入った途端、目の前に広がっていた森林の中央に木々など軽く圧倒する巨大な城が出現したのだ。
「ほう、これはこれは……さすが……」
「デケー」
リュウとシンもその古城を見上げてしきりにぶつぶつ漏らしている。
「でもミッテヴェルトよりは小さいわね」
「「「アレと比べること自体が最初から間違っている」」」
ズレたことを言う儚に俺とリュウとシンの台詞が重なる。さすが、チームワークは抜群だな。
「で、アレが件の門ってヤツか」
俺がそう言うと、全員の視線が一点に注がれる。十メートルほど先の森の切れ目の向こうに見える頑丈そうな金属門だ。
「じゃあアイツが聖禍の守護竜ってわけね」
門の前に鎮座する石灰色の巨大な西洋竜の石像。その周囲には、この距離から肉眼でわかるほど大量の刀剣と鎧の残骸が散らばっている。おそらく竜と戦った多くの者はやられた、ということなのだろう。
「そうとわかればちゃっちゃと片付けちゃいましょ。なにかレアな武器とかアイテム出るかもしれないし」
刹那が太ももの鞘帯から短剣を引き抜いた。それに続いてリュウとシンもそれぞれ大剣と太刀を引き抜く。
「連なる神々の門と崩せし搭……ね。ありきたりだわ」
俯いて何事かぶつぶつと呟いた儚も、腰の細剣を華麗に抜き放つ。
最後に俺が双剣を構えると、空気がミシリと音を立てて軋んだ。
バキバキバキッ――。
表面についていた岩石が剥がれるように、割れ、中から眩いばかりの純白の鱗で覆われた本体が姿を現した。
パックリと裂けた顎にはひとつひとつがダガーのような鋭い歯が並び立ち、後頭部からはねじれた四本の尖角が天を衝いている。丸太のような太い腕は地面まで軽々届き、足はさらに一際太く、バチンと鞭のようにしなった尻尾が一撃で地面を割り砕いた。
そして次の瞬間――ドカッ!
両腕を地面に衝いた聖禍の守護竜はぐぐっと首をもたげ――グオオォォォッ!!!
(咆哮……、じゃないッ……!)
咄嗟に動物的なカンでその衝撃波線から飛び退いた瞬間、同様に回避していたハカナと目が合う。
「うぉああああっ!」「きゃああああっ!」「うぎゃああああっ!」
三人の悲鳴に振り返ると、地面を抉って吹き荒れる指向性の爆風が三人の身体を覆い尽くしていた。
(ダメージを受けてない……!? て言うか、コレ、まさか……!)
カシャ――ンッ!
ガラスが割れるような音と共に三人の身体が砕け散り、かき消えた。
(大地喰らい!?)
巨搭第九層のボスモンスター『ドレッドホール・ノームワーム』の特性技。ワンキル特化の直線攻撃だ。
パーティメンバー三人のDeadEndを告げるシステムメッセージが目の前に浮かび上がる。
「ハカナ、想定外だっ!」
ただでさえ無茶な厳しい相手なのに初撃で五人を二人にまで減らされたとなれば、作戦も何もない。無茶は無茶でしかなかったというだけの話だ。
「……二人だけでやりましょ」
正気ですか。
「きっと大丈夫。こっちにはシイナがいるし、勝てると思うわ」
その俺に対する準絶対的な信頼はいったい何処から来るのか、そろそろ説明してもらってもいいですかね、ハカナさん。
守護竜は首をブルッと震わせると、そのまま突撃の体勢に入る。
その直後……細剣を中段に構えたハカナが駆けた。
(突撃は前に躱せってか……)
側面に回り込んだハカナを警戒してか突撃の準備体勢を中断し、尻尾の薙ぎ払いをハカナの胴に打ち込んだ。
痛々しい打撃音と共に吹き飛ばされたハカナは、空中でなんとか切り返し、俺の隣で受け身をとった。
「大丈夫か!?」
「ええ。でもダメージが思ってたより厳しいわね。テールスイングの威力が高いのは軒並みだけど……これならイケそう」
ハカナの纏うオーラが変わる。ピリピリと緊張で肌が粟立ち、思わず喉が鳴る。
「シイナ、正面お願いね」
「マジかよ」
ハカナの笑みに押されて、仕方なく守護竜を正面に捉えて位置取る。
(双剣……マズいよな、やっぱり)
守りを捨て攻撃に特化させた双剣は、正面で耐久するには向いていない。
(やるしかないのか……)
守護竜は頭を上下させるような威嚇行動をすると、地面を踏み砕きながら突撃してきた。だが身体が大きいせいか動きが鈍く、紙一重で躱してみせる。
さらに追撃の噛みつきを避けて、ねじれた角の付け根に右手の剣を振り下ろすが――ガキンッ。
固い鱗に阻まれて刃が通らなかった。
ギロリ、と大きな目が至近距離から俺を睨み付け――バチバチッ!
口腔内が紅く発光する。
俺がタイミングを見計らって思いきり上に跳んだ瞬間、紅い電撃が守護竜の口から放射線状に広がり、周囲の草木を瞬く間に灰に変える。
しかし、一拍置いて俺が再び地に足を着けた時、
「【黒狼牙刃斬】!」
ハカナの声と共に守護竜は怯みモーションを取って、前のめりに地面に突っ込んだ。顎がガリガリと地面を削りながら迫ってくる。
「あっぶねッ!」
危うく角に刺さるところを剣で受けてハカナに目を遣ると、斬り落とした尻尾の先端を門の向こうに放り投げている所だった。
「せめて三人が戻ってこれるまでの三十分持ちこたえて、うまく狩れれば私たちだけで……ね♪」
ハカナは舞うように守護竜の攻撃を躱しながら、余裕たっぷりにウィンクしてくるのだった。




