『在りし日のアルカナクラウン・b』
昔のアルカナクラウン第2部です。
「聖禍の守護竜……ナニそれ?」
手に持ったスプーンを口に咥えた刹那が儚にそう聞き返した。
彼女の前のテーブルには既に十を超える枚数の皿が積まれていて、その上に乗っていた甘味類は既に腹の中へ消え、同時に味覚コードとして彼女の空腹感を少しずつ少しずつ満たしていっている。
「ミラスの近くに新しくフィールドが発見されたのは知ってるでしょう?」
ハカナは店員から二皿目に頼んだアップルパイを受け取りながらそう言って、右手でウィンドウを操作する。
「『聳え立つ恒久の古城』のことか?」
俺がそう言うと、ハカナは目当てのモノを見つけたようで、画像付きのウィンドウを可視化してテーブルの中央に差し出してくる。リュウ、シン、刹那、そして俺も一斉にそのウィンドウを覗き込んだ。
「例の物陰の人影が掲示板に上げた情報よ」
そこに書かれていたのは、同フィールドの入り口付近の地図と出現モンスターの判明リストとそのドロップリスト。そして奥に繋がる巨大な門とその正面に鎮座する紅い雷と黒い炎を身に纏った白い竜のかなり精密なイラストが表示されていた。
「聖禍の守護竜……かしら。横文字は『エンシェント・バベル・ドラゴン』っていうらしいわね。見ての通り、奥に進むにはこの竜を倒さなきゃいけないのだけど、どうやら『ヴァーミリオン・ヘッド』級の強さらしいの。それでうちに倒してくれないかって依頼が来たの」
「はァ? 門番すら自分たちで倒せないところに行こうとしてんの? ただの身の程知らずじゃない」
もっともなことを言う刹那にリュウとシンも『確かに……』と頷く。
しかしハカナはナイフで綺麗に切り分けたアップルパイを口に運びながら、無言で頭を横に振った。
「それがどうも違うみたいなの。ミラスの近くって言ってわかると思うけど、フィールド自体のレベルは低いのよ。だからもしかしたら変則的なイベントモンスターかもってちょっとした騒ぎになってるみたい」
ミラスは最初の街アンファングから四つほど先の街だが、その適正レベルはせいぜいが50~80程度だ。
「ちなみにそこにも載ってるけど、物陰の人影の出した推定適正レベルは400~450よ」
全員の目が丸くなる。
400~450、実のところ、ちょうど今のアルカナクラウンの平均レベルより少し高めなのだ。驚くなと言う方が無理だろう。
それにしても物陰の人影、推定適正レベルなんてどうやって出しているのか。ROL関係者ではないらしいけど、実際のところどうかを確かめる方法なんかないからな。あるとしたら、物陰の人影本人に会ってみることくらいか。
何百人と追いかけて、誰ひとり痕跡ひとつ見つけることができなかったヤツを探し出せるとは思えないが。
「確かに……それだとマトモに張り合えるのは今はうちと……まあ一応≪シャルフ・フリューゲル≫ぐらいだろうな」
シンがそう言うと、儚は少し考えるような顔をして、
「それでもあの子は動かないでしょうし、結局私たちに回ってきそうなのよね」
≪シャルフ・フリューゲル≫を知らないらしい刹那がハテナマークを浮かべている。まぁ知らないだろうな。
あれはある意味ハカナより別格だから。
「受けてくれる?」
「それでわざわざ奢るなんて言い出したのかよ……」
とシン。
「まあ久々の無茶だからなぁ」
とリュウは気楽そうに笑う。
「ええ。でもまさか刹那がこんなにたくさん食べるなんて思わなかったわ」
「ムグ……」
刹那が目を瞬かせて呻く。自分でもさすがに食べ過ぎたと思ったのだろう。何の意味もないのにシンの食べ終わった皿の上に九皿ほど移している。
「なんで僕のとこに置くんだよ」
などと言いつつ、さりげなくリュウと俺の方に三皿ずつ移すシン。さらに一枚をハカナの方に移すと、再び目の前に積まれた皿が一番多くなってしまった刹那によって五皿ほど追加され、肩を落とした。
「リアルの方でも食べられるのに、なんでFOでそんなに食べるんだ?」
何気なく俺がそう聞いた途端、刹那は瞬く間にボッと顔を真っ赤にして眉をつり上げ、ハカナは少し呆れたような顔になる。
「このバカシイナッ!」
なんでやねん。
後でハカナに教えられたのだが、要するに現実ではウェストを気にしてなかなか食べられないらしい。
ちなみにその時『それならそうと言ってくれればいいのに』と言うと、『シイナはもう少しだけ女の子への気遣いを覚えた方がいいわね』とため息混じりに言われた。
以後気を付けます。
「昨日はリュウがいなかったし、一昨日はシイナとシンがいなかった。一昨々日は私が来れなかったわ。こうして考えたら五人で集まれたのは二週間ぶりなの。理想で言えば持つ者が持たざる者を助けるのは義務みたいなものだし、たまには無茶もいいじゃない?」
結果、ハカナのこの一言で即日この竜を討伐することが決まった。無論、元より異論など唱える者はいなかったのだが。
店を出ると、自然と足が空間移動施設のある方角に向く。
「それにしても竜討伐なんて久しぶりなんじゃないかしら」
ハカナが先に立って歩を進めながら、そんな風に切り出してきた。
「そうだったか? 最後にやったのは……あれだな。バグスリード……おっと」
リュウが言葉を切って刹那の様子を横目で窺う。しかし、思い出してしまったのか刹那は嫌そうな顔をしていた。
巨搭第六十三層『蠱惑の処女林』のボスモンスター、バグスリード・ワイバーンはその名の通り虫を呼ぶ竜だ。周囲を無数の羽虫が飛び回っているあの光景は虫が平気な俺でも気味が悪いと感じる。
「物陰の人影の情報では、聖禍の守護竜の攻撃は黒炎弾・紅雷弾・飛び退き飛翔ブレス・突進・尻尾の薙ぎ払い・体当たり・踏みつけ・噛み付きって書いてあるし、大丈夫だから、あんまり心配すんなよ。後は特性技だけど、どう見ても蛇とか虫を使うようには見えないし」
刹那の意識を他に向けようとしてそう言うと、刹那は少しうつむいて目を逸らし、
「わ、わかってるわよ……」
と静かにそれだけ呟いて、何故かハカナの後ろに隠れた。何かあったのか?
「ま、それはいいとして。この面子だと作戦も何もないよな。何かあるか、ハカナ」
「私からは何もないけれど……シイナはどう? 見る限りオーソドックスなドラゴンみたいだけど……」
「ブレスが強そうだよな。たぶん一番堅いリュウでもある程度削られると思うんだ……。だから――正面がシン」
「僕を殺す気か!?」
「ほら、シンがやられてる間に他の四人でサイドアタックの電撃戦」
「ホントに殺す気なのかよ!」
などとシンをからかっている内に空間移動施設の建物に到着した。中に入ると巨大なリングが床に描かれた円を囲むように浮いていて、そんな移動紋が縦横二×三の計六つ並んで設置されている。
「ミラス!」
ハカナが代表して宣言し、反応を示した左奥の移動紋の中に光り輝く穴のようなものが開く。
リュウ・刹那・シンと次々そこに飛び込んでゆく。
「行きましょう、シイナ」
「ああ」
俺とハカナは一瞬顔を見合わせると、同時に光の中に飛び込んだ。




