(40)『いいニュースと悪いニュース』
「さて今からボクも加勢させていただくわけですが、その前にいいニュースと悪いニュースがあります。どっちから聞きたいか選ばせるのもめんどくさいのでいいニュースから教えてあげますけど、聞きたくない人とかいますかね?」
ボスを前にして唐突にそんなことを言い出したアプリコットに刹那が唖然とした表情になる。
「それは――」
「――今聞かないとダメか、とか面白くもねえ台詞はやめてくださいね、シイナ。ボク的にはいい感じの時事ネタを引っ張ってきたつもりなんですから。今聞かないならボクの遺言状に認めますよ?」
墓場の手前で手放すらしい。それならいっそ墓の中まで持っていけよ。
「わかったからできるだけ早口で言え」
と言って振り返った視界の先にいる形骸体は、ちょうど体勢を立て直して頭部の修復を終えたところだった。
「あ、ちなみに入口を通るのに、緋火ノ牢球を使わなかった理由は一日に一回しか使えねえからですよ?」
「妙な気まぐれ起こして必要ない解説するなっ、時間の無駄だろッ!」
「これだからシイナは。健全な意味での視聴者サービスを時間の無駄とはなんですか。番組ひとつ作るのに何人の人が動いてるか知らないんですか?」
だからカメラ何処だよ。
アプリコットはにやりと不敵な笑みを湛えて、腕を振り上げた巨人に弾性投石弩の第二射を見舞う。さすがはカテゴリ内最強の武器、同じく火球と化した弾は巨人の右足を抉って大きくその巨体を仰け反らせ、連撃の第三射を胸部に受けて引っくり返った。
「では悪いニュースからです」
順番変わってるし。
「現在アンダーヒルとスペルビアが絶賛交戦展開中です」
「……は?」
誰が間抜けな声を出したと思ったら自分だったことに気づく。
……いやいやッ!
「どういうことよ、アプリコットッ」
俺より先に動いた刹那がアプリコットに食って掛かり、襟首を掴んで問い詰める。
「ボクに個人事情の話の続きを期待しねえで下さい。そんなもんボクが知るわけないじゃないですか、まったくー」
いつもとまったく変わらない軽い調子でそう言ったアプリコットは刹那の肩を台にして第四射を放つ。
完全になめきったようなそんな射撃を起き抜けに受けた巨人は再びバランスを崩して無様に引っくり返る。
少し可哀想になってきたが、単純に威力だけで隙の大きいモーションを狙っているのではなく、重心を揺るがすような箇所に的確に射ち込んでいるのだから、いつものように『化け物』と片付けるわけにもいかない。表面を焼いただけではダメージも通らないし、単純に技術の問題だ。
「なんでアンタはそれを知っててここにいるのよ……! 止めなかったの!?」
「ボクは何の事情も知らないもので。シイナと刹那、それとアンダーヒルが何を隠していても隠された以上ボクはお呼びじゃねえっつーことですからね。余計なことに首突っ込むほど暇でもなければ、そんな面倒事に好んで首突っ込むのはシイナやアンダーヒルみたいなお人好しで物好きな自己犠牲倒錯思考の連中ぐらいですよ」
お前は俺をなんだと思ってるんだよ。
刹那はアプリコットを睨み付けていたが、アプリコットの『ボクの服、媚薬でびったびたですよ』という発言を受けて、舌打ちをして解放する。
「それでいいニュースってなんなのよ」
刹那が捨て台詞のようにそう吐き捨てると、アプリコットは『ああ、そんな話もありましたね』とでも言いたげな表情を浮かべて、
「それなんですが、別に今言う必要もねえんじゃねえかなって思い直しましたんでまあいいやっつー感じです。後でこそこそメモって毎日ごろごろ寝てばかりで自堕落で暇そうな人にでも渡しますよ」
お前じゃねえか。
この無責任さこそがまさにアプリコットクオリティ。なんて迷惑な。
当然、刹那は『やられた……』と思わず口にしそうなところを堪えるような顔をして、ようやくまともに起き上がった形骸体に向き直る。
(早く形骸体を倒してアンダーヒルのトコロに行かないと……手遅れになるかもしれない……!)
アンダーヒルはネアちゃんと一緒に向こうに行った。
アプリコットと正反対の性格を持つ彼女がネアちゃんと別行動するとは思えない。間違いなくネアちゃんを守りながら戦っているはずだ。
彼女がそうそうやられるとは思えないが、無事でも済まないだろう。
兵器である形骸体に怒りの感情があるとは思えないが、何度も引っくり返された巨人は怒っているように見えた。心なしか動きが雑になり、代わりに素早くなっている気もする。
【永久の王剣エターナル・キング・ソード】をその場に放り再び魔弾刀で構えると、誰よりも早く形骸体との間を詰める。
(攻撃が届くのは足だけか……)
ザンッ!
鬼刃の太刀で巨人の右足首を斬り裂く。そして一瞬開かれた金属膜の中、そこに見えた『ヴォア・ラクテ』に向けて――パァンッ!
左手の【大罪魔銃レヴィアタン】から魔弾を放った。
ボボッ、ドオォォンッ!
一瞬で炎に包まれた『ヴォア・ラクテ』は巨人の内部で爆発し、液体金属と共に破片を散らしてくる。
「く……ッ!」
この破片が結構痛い。
痛覚の話ではなく、ダメージ量の話だ。【レヴィアタン】一発で吹き飛ぶような弱小モンスターの小片被弾ダメージにしては異常に高く設定されている。塔二百五十層~三百層辺りの硬い殻を持ったボスモンスターから受ける小片被弾ダメージと言えば分かりやすいだろうか。目に見える減り方だ。
刹那は左足首の辺りに陣取り、手当たり次第に表面を切り裂き『ヴォア・ラクテ』が見えたら貫通投閃、と言ったやり方で攻めているようだった。
短剣二刀流を使う刹那にとってこれほど非効率的な戦いは初めてではないだろうか。投閃する度に再び反対側に取りに行かなければならないのだ。イライラは募ることだろう。
最近は余裕の無い戦いが続いているせいか、戦闘中に悪舌を吐くことが少なくなった。あれも少なからず爆弾の負荷軽減も兼ねていたかと思うと、それが爆発した時を考えたくもない。
アプリコットは何故か一段と巨大化している片刃腕輪を構えて巨人の周りをぐるぐると飛び回り、弾性投石弩との連携で効率的にダメージを与えている。やはりアプリコットは化け物だ。
そしてリコはケーブルアームを伸ばして、巨人の背中側から一つずつ『ヴォア・ラクテ』を引っ張り出し、地面に叩きつけていた。
(頼むから無事でいてくれよ……)
焦燥に駆られながらも太刀筋だけは冷静に【バスカーヴィル】を振るい続けた。




