(39)『お前、ホントに人間か……?』
「なっ……何アレ!」
どうやら混乱しているらしい刹那が驚いて、思わず声を上げる。
俺と刹那の真正面にいた多脚赤戦車を下から上に貫通した杭が、体内の『ヴォア・ラクテ』を二個弾き出し、瞬く間にそれを爆散させた。
何の装飾もない無骨な形状だが、余すトコなく磨き上げられた光沢を放つ金属槍――――当然、リコの愛用する可変機械斧槍【偽りの洗礼】の先端だ。
「機械の域を超えることのない貴様が最先端気取りとは笑わせる!」
実は対抗意識を燃やしていたらしいことを思わせる台詞を吐きながら、リコが多脚赤戦車の脚に手をかけて地中から飛び出してくる。
「狩るぞ、シイナ!」
「あ、ああ……」
やけに気合いが入ってるのはホントに対抗意識だけが理由か……?
【バプティズム】を腰だめに構えたリコは、損傷部からまるで血のようにぼたぼたと液体金属を落とす多脚赤戦車に向かって駆ける。
「刹那、もう片方を押さえるぞ――っていねぇ!?」
「何やってんのよバカシイナッ!」
気がつくと刹那は既に多脚青戦車に駆け寄り、その脚に目まぐるしい連撃をぶつけて半ば蜂の巣状態にしていた。
あそこまでのキズを与えるのに十秒はかかる。つまり、刹那はリコが地中から出てきた時にはもう攻撃を始めていた計算だ。相変わらず頭の切り替えの早さが尋常じゃない。
「雷犬四頭はリコのサポート! 電磁網を全開で張ってやれ」
リコの身体に金属は使われていない。可変機械斧槍は使えなくなるだろうが、輻射振動破殻攻撃だけでも充分な攻撃力があるはずだ。
「【武装変更】、着脱式複関節武装腕!」
「おいコラ」
確かにバスカーヴィルやリコにはシステムの上でもスキルの使用は任せているが、突然予想だにしていなかった新技をドヤ顔で披露されると、わかっていても腹が立つモノである。こればかりはどうにもならない。
リコの肩関節や腕関節がわずかにずれて隙間ができ、そこから一センチ円の黒いケーブルのようなものがまるで触手のように伸び始める。そして何処からか現れた二十センチほどのピンセットのようなパーツがその先端に装着されていく。
それが肩・背中・肘の合計六本。
「硬セラミックの高周波ブレードだ。触れれば斬れるぞ」
リコは不敵な笑みを浮かべると、背中から伸びた二本のアームを足のように使って跳躍した。
バシュバシュバシュ――。
空中挙動で無防備な胴体を晒すリコに向けて八連装の巨大ランチャーが放たれる。しかしリコはそれを待っていたとでも言いたげな笑みを浮かべて、
「これで十だ」
無軌道弾幕を一閃。
非誘導ミサイル八発を全て割断し、その中心に隠れていた『ヴォア・ラクテ』をまとめて薙ぎ払う。破片はその時の衝撃で空中分解し、バラバラと落ちていく。
それに連動するように多脚赤戦車の巨体が崩壊し、再び液化した金属が本体の下に溜まっていく。そして後には双戦車と同じぐらいの大きさまで小さくなった本体が残った。
(半分になってるとは言え、たった十体でここまで小さくなるか……?)
「シイナ!」
一瞬浮かんだ一抹の疑問が刹那の叫び声にかき消される。
見ると、刹那がもう一体の多脚青戦車のメインアームに【フェンリルファング・ダガー】と【輝極星の天剣】を手ごと掴まれ、膠着状態に陥っていた。
しかし、多脚青戦車にはまだランチャーアームがある。
【群影刀バスカーヴィル】の刀身に意識を集中。鬼刃モードを発動しつつ、背後から多脚青戦車に駆け寄り、その後ろ脚に横薙ぎを叩きつける。
ガギンッ!
切断まではできなかったが、渾身の一撃は脚を構成する数本の金属パイプを大きく歪ませ――ギギ……ギイィィィィィ……。
自重を支えきれなくなった脚は瞬く間にへし折れた。
ずうううううううぅん。
バランスを崩した多脚青戦車は地響きを立てながら横倒しになり、またしてもダウンエフェクトが発動する。
「あ、ありがと……」
珍しく礼を言った(普段は『遅いのよ、バカ』に始まる文句が妥当なところである)刹那は、蜂の巣になっていたボロボロの前脚に強烈な蹴りを叩き込み同じようにへし折ってしまう。
俺は多脚赤戦車の方をリコに任せ、すぐさま【永久の王剣エターナル・キング・ソード】を装備品ボックスから引っ張り出してくる。
「相変わらず重いけど……なッ!」
脚が動かないからか胴体表面の金属膜をゆらゆらと波立たせて威嚇してくる多脚青戦車に王剣を振り下ろした。
ズブリ、と金属膜の中に沈み込んだ王剣の刃でいくつもの殻を破るような手応えを感じる。
液体金属を割ることはできないが、手当たり次第に攻撃すれば少なからず減らすことはできるだろう。事実、手応えを感じる度に王剣の隙間からまるで刃を押し返そうとしているように液体金属が溢れ出してくる。
「シイナ、コイツ弱点とかないの?」
残った前脚に脚をかけ、スキル技の連発という力業で残る前脚をへし折っている刹那がそう訊いてくる。本来ならボスの弱点なんて知るはずもないのだが、
「アンダーヒルはたぶん弱点はないって言ってたな。その代わりライフが低いって」
「と言うか、一定ダメージしか与えられないんじゃないの、コレ」
「だろうな」
『ヴォア・ラクテ』という小型モンスターの集合体として存在する『星蝕複合式不定形骸体』は、ひとつひとつのライフの合計が全体のライフを成している。
つまり『ヴォア・ラクテ』がひとつ減る度に形骸体のライフはひとつ分ずつ減っていく。言うなればこのボス戦は、『ヴォア・ラクテ殲滅戦』なのだ。
これまで無害だった分、尋常じゃないほどの抵抗を見せてくるが。
ダウンエフェクトが終わり俺と刹那が一旦退いて間をとると、残り一本の脚を可哀想に思えるぐらい小刻みに揺らしていた多脚青戦車は、諦めたように再び形を崩した。
同時に多脚赤戦車も崩れて吸い取られるように合体し、どんどん大きくなっていく。
さらに大きく。
膨れ上がっていく……。
「この質量は何処から来たんだよ!」
ひとつに合わさった形骸体はあり得ないほどに肥大化し――ソレは立ち上がった。
最初にエンカウントした時と同じ、『巨人』の姿。高さこそ当初より低くなっているがその圧倒的な重量感はまったく変わっていない。
その瞬間、視界を過った火球が、巨人の頭部に直撃した。
「……!?」
「ハイハイ皆さ~ん。大分苦戦しているようで何よりですね♪」
振り返ると、アプリコットがそこに立っ……て……。
「お、おいアプリコット……お前、なんだソレ……」
アプリコットは身体中びしょ濡れになっていた。いや、違う……。
「ああ、コレですか? 仕方ないからそこ通ってきたんですよ」
と管制タワーの入り口を指差して笑う。
「アンタ、バカじゃないの――――――!?」
「全身がピリピリする程度、気にしなければどうとでもなるっつー話ですよ」
お前、ホントに人間か……?




