(38)『時間稼ぎ』
「俺が前衛やるから、刹那は後衛頼んだ」
「う、うん」
刹那が俺の背後についた時、柔軟駆動脚のくっついた巨大な金属光沢スライムがずるりと地中から抜け出してくる。しかもかなりでかい。あの巨人が全部この塊になったとすれば当然だが。
視界右方に浮かぶ敵対モンスター名が『星蝕複合式不定形骸体』であることを確認し、改めて【群影刀バスカーヴィル】を引き抜く。
「何かいい作戦は浮かんだ?」
刹那がそう囁いてくる。
「いいや、何も。そっちは?」
「ダメ、コイツ動きが読めなさすぎるんだもん。シイナと正反対のタイプね」
「ちょっと待て、……俺の動きってそんな読みやすいのか?」
「ただでさえ読みやすかった上にスキルまで無くなったら絶望的ね。唯一の救いはバスカーヴィルがあることぐらいね。前に言わなかったっけ?」
初耳です。
閑話休題。
「となると時間を稼いで他の到着を待つしかないな」
「時間稼ぎは得意そうよね」
「あのね……」
そうこうしている内に形骸体は四本の触手をさらに液体金属でコーティングし始めた。紫色の粘液部分と柔軟駆動脚の金属部分の間にもう一層作り、物理攻撃に強くしているようだ。
そして同時にスライム状だった本体も波打ちながら形を変えて、少しずつ形が整えられていく。
重なりあう硬質の殻に覆われた平たい胴体。四対八本の脚。頭部の横から生えた太く大きい鋏角。そして腹部後半から伸びた毒腺尾節。
わずか三十秒足らずでスライム状だった形骸体が、鋏角の付け根からバランスの悪い触手を生やし、背中に潜航機のレーザーキャノン二門を搭載した違和感溢れる蠍へと変化した。
「うぇえ、何アレ、キモ……」
背後の刹那が心底嫌そうな呟きを漏らす。製作者の苦労を省みない失礼な発言には違いないが、全くもって同意である。触手だけ明らかに浮いているのだ。
「刹那、脚を攻撃して転倒を狙うぞ」
「OK! 無茶は厳禁ね」
言われるまでもない。
八本の脚は『ヴォア・ラクテ』が入るには細過ぎる。おそらく液体金属だけで構成しているから物理攻撃耐性は低いハズだ。
俺は太いせいか内孕機より動きの鈍くなった二本の触手を躱しつつ、刹那と形骸体を挟んだ対角に走り込む。
「【魔犬召喚術式】、モード『激情の雷犬』四匹!」
現れた二匹の雷犬に形骸体の毒尾を押さえさせると、残った二匹に磁場を作らせ頭の動きを鈍らせるよう命令する。
そして、動きの鈍った形骸体の左側一番後ろの脚を鬼刃モードで上段から斬りつける。
ズバァッ!
小気味のいい切断音と共に硬質の金属を切り抜いた【バスカーヴィル】を手の中でくるりと回し、逆手に持って斬り上げる。
ゴトリ、と音を立ててその脚がもげた。
予想通り、脚の物理耐久は高くない。
「シイナッ!」
刹那の声で右からムチのようにしなる尾が迫っていることに気づき、体勢を低くして転がりながらそれをなんとか躱す。
「気を付けなさいよ!」
「悪い。助かったっ」
雷犬二匹ではあの尾が押さえきれないのだろう。かなりの距離を吹き飛ばされた雷犬が体勢を建て直して戻ってきている。だがどうも傷を負っているようで一匹は左後足を、もう一匹は右前足を引きずっていた。
(電磁網を全体に張ったらこっちの武器まで影響されちゃうしな……)
そんなことを考えつつ、後ろから二番目の脚を狙って【バスカーヴィル】を振るう。
「あー鬱陶しい! いい加減へし折れろ、【双蛇咬蹴】!」
ガンガンッと打撃音二連の直後にゴギンッと金属の破砕音が重なる。
その瞬間、形骸体の胴体がガクンと沈んだ。刹那のスキル技で脚が折れ、脚部攻撃によるダメージ蓄積ボーナス、通称ダウンエフェクトが発動したのだ。
「刹那、尻尾の毒針頼む!」
そう叫び、俺は鋏角、頭部の横にある鋏のついた腕に向かう。おそらく今の形状で物理攻撃力が最も高い部位だろうと踏んだからだ。
触手を警戒して回り込んだのだが、空中をさ迷うように揺れているだけのソレは攻撃の様子を見せない。その代わりを務めるように、背中にある平行拡散型6連レーザーキャノンが回転し、俺と刹那に照準が合わせられ――パッ!
光線を放った。
刹那は咄嗟に尾の陰に隠れて自分に向けられた光線を躱し、俺の方に来た光線は何故か触手に当たってかき消える。
(もしかしてコイツ……別々のモンスターから取った兵装を同時に制御できないのか……?)
ガッ……ガンッ! ガチャガチャガチャ――。
まるで鎖が鳴らすような金属音を響かせ、形骸体が立ち上がり、思わず飛び退いた俺と刹那の目の前でどろりと溶け始めた。
「ちよ、ちょっとシイナ! コイツ、ダメージが通ってないんだけど!」
刹那がそう叫びながら、対角から俺の方に駆け戻ってくる。尻尾側にいた雷犬も危険と判断したのか、刹那より内周側を通って前の二匹と合流している。
「……そう言われればアンダーヒルが注意してた気がする」
「気がするで済まないわよ!?」
「中の『ヴォア・ラクテ』に直接ダメージを与えないとダメだとか……」
「なんで先に言わないのよ、バカ」
短剣使いの刹那には無理な話だ。表面の液体金属で守られてる『ヴォア・ラクテ』まで届かせること自体が無理だし、場所を探るのにも向いていない。
しかも刹那の使うスキル技は基本的に表面を攻撃するものばかりで、敵の内部まで影響を与えるモノはかなり少ない。
つまり火力不足だ。
形骸体は再び表面を波打たせながら、蠍から大きく姿を変えていき――ブツリ。
ちょうど真ん中の辺りから真っ二つに分かれて蠢き始め、
「これ……双戦車か」
原形よりとてつもなく巨大になった赤と青の一対の多脚戦車の姿があった。
その上かなり厄介なことに、シルエットと八連ランチャーやロボットアームなどの兵装こそ縮尺に違いはあれ同じだが、本体は液体金属膜に覆われた形骸体そのままだったのだ。
羊や射手や山羊辺りが食われてないことを切に願う。
「そろそろ誰か来ないかしらね……」
刹那の呟きが耳に痛い。
俺は意識下でリコと繋がっている。遠距離で話せるわけではないが、互いの状況がある程度なんとなくわかる。
ちなみに今、リコは地中に潜っている。
そろそろついてもおかしくないはずだ。
「時間稼ぎでも厳しいわね……」
「安心しろ、シイナ、刹那」
「「!?」」
唐突に聞こえてきた声に気を取られた瞬間――ギュン……バキバキバキッ!
地中から生えてきた杭が、多脚赤戦車を貫いた……!




