(37)『灼熱の突破口‐ヒヒノタマトラウ‐』
「魔法が使えない以上、あの粘液の滝を突破する手段は限られています。一つは誰かが滝の上部を抑え、自らの身体を使って下に隙間を作る方法。少なくとも一人は犠牲になりますが、確実です。もう一つは誰かがスキル技を用いて極短時間だけ隙間を開け、これを繰り返して一人ずつ通過します。一人減ることに代わりはありませんが、この案の場合はこっちで待機、となります」
アンダーヒルが指を二本立てて、全員の前でそう提案する。
その途端、刹那が【フェンリルファング・ダガー】を抜いて、
「考えるだけタイムロスよ。後者の案で私がここを切り開く、から……」
「後者の案と言うのには賛成しますが、あなたが残ると言うのには賛同しかねます、刹那。あなたは≪アルカナクラウン≫主戦力の一角ですから」
「じゃ、じゃあ誰が残るってのよ!」
「私が残ります」
「アンタはダメ。いざというとき狙撃手はどんな駒にでも使えるから、絶対ダメ……」
「いえ、私には欠陥があります」
(……!?)
まさか言うのか、アンダーヒル……。ミキリの魔眼、強力な呪いのことを。
「欠陥って、何の話よ」
刹那はアンダーヒルがわずかに揺らした視線の先に俺がいることに目ざとく気づき、こっちを睨み付けてくる。
俺が何かを言わなきゃいけないのかと思考回路を高速展開していると、そこに口を挟んできたのはこれまたアプリコットだった。
「まぁまぁ刹那ん。乙女気無いことしてないで」
「お、乙女気無いって何よ……」
アプリコットとのコミュニケーションに対して苦手意識を持つ刹那は、少し狼狽えながら応じる。
普通の感性を持つヤツは大抵苦手意識を持つのだが。
「ボクとしてはもっと有力株を紹介したいトコなんですけどね」
「有力株? アンタ以外よね……」
「うわボク信用ないんですねぇ。何やってんですかね、普段のボクは」
「惰眠を貪っているのではないですか」
「情報を貪ってるヤツに言われたかねぇですねっつーかお互い貪欲でいいことです」
字面が似てるからって働きが同じだと思うなよ、アプリコット。
『惰眠』と『情報』。
並べてみると確かに似てるけども。
「アレですよ。媚薬でエロい気分+感覚過敏になりたくはねえわけですよね」
「そ、そりゃそうだけど、アンタちょっとはオブラートに包むくらいしなさいよ」
さすがの刹那でも『ビヤク』という響きには抵抗があるらしいな。まだ学生だって昔言ってたし、年頃なら普通そうだろうけど。もし現実で会うことがあってもこの変人にだけは会いたくないな。
「んなこと言ったって事実なんでしょうに。っつーかそうじゃなくてですね、だったらそれなりのダメージ+痛みの方がマシなんじゃねえかっつーことですよ」
刹那が『え?』と聞き返すのと、アプリコットが【不死ノ火喰鳥・火焔篝】を滝の中央に向けて構えるのはほぼ同時だった。
「【炎舞・緋火ノ牢球】」
バシュッ!
弾性投石弩から放たれた低速の弾頭がドプンと滝の中に消え――ゴウッ!
熱風と共に生まれた巨大な火球が滝の中央に留まり、その周囲の粘液を次々と蒸発させていく。
「どうぞ」
「どうぞってここ通れっての!? アンタ頭おかしいんじゃないの!?」
「エロエロなサービスシーンがご所望ならその脇を通ってもいいですよ。リュウとシンがいない今ならシイナのハーレムエンドルート直行ですけどね。っつーかボクはここでこの粘液を遮れるのなんざ火しかねぇって言ってるだけですよ。まぁちょっとばかり激痛とダメージが通るだけですからご安心遊ばせ。痛みを伴って前に進むなんて、むしろバカらしくていいじゃないですか」
アプリコットはそう言うと滝に歩みより、何の躊躇いもなく業火の中に足を踏み入れる。その直後からライフが減少し始めるが、アプリコットは慌てることも痛みに呻くこともなく普通に反対側へ渡りきった。
「それじゃ皆さん、また会いましょう♪」
などと手を振って、軽い調子でタワーの反対側の出口の方へ駆けていくアプリコットのライフは既に全快していた。
「化け物、よね。あれ……」
ここにいる全員が、改めてFO第二位の桁違いの強さを目の当たりにして呆然としていた。
「ネア、行きましょう」
沈黙を破ったアンダーヒルの声に全員が振り返る。
「え!? ここを、ですか?」
不安感を表情で隠せないネアちゃんは、恐々としながらアンダーヒルの伸ばした手を掴んだ。
「私たちには生体翼があります。高速通過なら痛みもダメージも軽減できるはずです」
そう言って巨大な六枚翼を広げたアンダーヒルは、ネアちゃんにも翼を展開するよう促す。
「シイナ、私たちはどう……する?」
「残りは俺と刹那だけか」
アンダーヒルとネアちゃんは少し加速のための距離をとり、黒白の順に業火球に突っ込んでいく。
ネアちゃんは熱がっているが、なんとか抜けたようだな。
「普通に通るしかないか」
「え、び、媚薬のトコロを……?」
「違う。あの火球のトコロをできるだけ早く走り抜けるしかないか、ってことだ」
「そ、そうよね」
刹那の様子がおかしい。熱で体調が悪くなるなんてことはないはずなのだが、微妙に顔も赤いし動きが鈍い。
ていうかコレって……。
「まさか刹那お前――」
その瞬間、視界の端に映ったモノに反応して、咄嗟に刹那の肩を掴んで思いっきり引き寄せ、かばうように地面に身を伏せる。
「シシシ、シイナッ! そんな……っ、アンタ何やって――」
刹那が顔を真っ赤にして、拳を握って振り上げる。
「落ち着けッ! そのままにしてろ!」
パッ!
閃光が瞬き、一瞬だけ背中が灼けるように熱くなる。
(この攻撃……!?)
刹那を地面に押し付けたまま、上体を起こしつつ左手で【大罪魔銃レヴィアタン】を引き抜き、ソイツに発砲する。
パンパァンッ! ――トプンッ。
ソイツが沈んだのを見て、刹那に手を貸し、立ち上がる。
「何があったの……?」
「プワソン……掘式急襲型潜航機だ。正確に言えば、アイツの平行拡散型レーザービームと地中潜航の性能だな」
「それってまさか、形骸体がこっち側にいるってこと……!?」
「ああ、まずいな……。少なくとも今のアイツは内孕機と潜航機を呑み込んでる」
この遣り取りの間にアプリコットの開いた灼熱の突破口は閉じてしまっている。
ズズズ……。
何かを引きずるような音と共に地中から四本の柔軟駆動脚が現れた。
「あれが内孕機の足だ。粘液も今は紫色だから大丈夫だけど、ピンク色になったら気を付けて。それ以上浴びると大変なことになる」
「……っ! 気づいてたの……?」
「気づいてないとでも思ってたのかよ……。こんだけ近くでずっと見てりゃ気づくよ」
わずかに上気した頬。時折鈍い動作。荒立つ呼吸を無理矢理隠そうとする不自然な呼吸音。さっき肩に触れてわかったが、体温も少しだけ高く感じる。
「ア、アンダーヒルに止められた時にね……。いきなり降ってきたから足にちょっとかかっちゃって……。あ、で、でも今んトコ大したことない……から平気、うん」
不自然なトコロで声が切れるのも、粘液の影響だろう。だが俺の時みたいにロレツが回らないって訳でもないから、ひどくつらいってほどでもなさそうだ。
「殺らなきゃ殺られるわ」




