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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第三章『機甲の十二宮―道化の暗躍―』
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(36)『だから狩る』

「何だ……この音は」


 リュウがぼそりと呟く。

 金属の爪で固い金属を引っ掻いたその音を増幅したような不快音が、フィールドの何処からか響いてくるのだ。

 形骸体(エクリプス)は依然としてタワーの周りをうろうろしている。ヘルハウンドはまだ到着していないようだ。

 その時スペルビアの手から巨鎚(ギガント)が落ち、地面のコンクリートらしき舗装にひびを入れた。


星蝕複合式不定形骸体エクリプス・デ・ヴォア・ラクテが他の自律兵器(モンスター)を食べる音。早く止めないと手遅れ。ドクターは言ってた。形骸体(エクリプス)は他のモンスターを呑み込んでその兵装と能力を奪う。全部呑み込まれたら、ベータテスターでも太刀打ちできない」


 パチン、と瞬きをした後の彼女の目は(まぶた)が開ききっている。


()か《ヽ》()()()


 今までの彼女じゃない。そう感じた。

 眠たそうに揺れていた頭は芯が座り、拾い上げられた巨鎚(ギガント)を見ると、さっきまで感じなかったピリピリと痛いような感覚が肌の上を這う。


「ついてきて」


 スペルビアは聞こえるか聞こえないかという微妙な音量の呟きを残し、管制タワーに向かって突然走り出した。


「ちょっ――何処行くのよ!」


 刹那が叫んで後を追う。


「おい、ここに呼ぶんじゃ――ああもう」


 などとぶつくさ言いながらアプリコットを振り落としたシンが後に続き、リュウ・ネアちゃん・アンダーヒル・リコと次々その後を追っていく。


「おい、起きろ、アプリコット」


 地面にへたり込んで呆然としているアプリコットの腕を掴んで引っ張ると、何故か引き返してきた。


「……シイナ、あれは?」

「あれ? ってどれの話だ」

「あの巨鎚(ギガント)使いです」

「スペルビアか。真偽はともかく≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫を抜けてソロで攻略をしてるらしい。今は共闘してもいいかアンダーヒルが見張って調べてる。っていうか今気づいたのかよ」


 俺がそう言うと、アプリコットは珍しく素直に立ち上がり、黙々と装備を着け始める。相変わらず似合わない【巫女装束・五代守護鈴(イツシロノマモリスズ)】だ。


物陰の人影(シャドウ・シャドウ)はなにか言ってませんでした?」

「えっ? いや、別に……」

「そうですか。情報家(アンダーヒル)があえて隠した事実をむしろ暴露するっつーのもおもしろいかもしれないですし。この際シイナがそれを知って色々考えざるをえねえくらい迷うところも見てみたいっつーか? まあこの際理由付けなんてどうでもいいんで本題を簡潔にお話ししますね」


 いつも通りの調子にも聞こえるが、対する本人の表情はアプリコットにしては真剣すぎる表情だった。


「とりあえず行きましょう。皆に任せてばかりなのも面白くねえっつって建前並べてみたりしますけど、これでもギルドのアタマ張ってるものでしてね」


 いや、お前一人じゃん。Freiheit(フライハイト)Online(オンライン)で唯一無二の一人ギルド≪シャルフ・フリューゲル≫のメンバーじゃん。

 アプリコットが管制タワーの方に歩き出し、俺もその後を早歩きで追う。


「スペルビアの二つ名は、見えざる凶器。『狂気の暗器使い』っつー意味でしてね。要するに彼女はPKプレイヤーなんですよ」

「PK……!?」


 さりげなくアプリコットの背を押して歩速を上げつつそう応えると、


「最近はまったく見てなかったんですけどね。まあちょっとやんちゃな時期があったっつーことらしいですが。中堅ギルドを一つずつ一人で潰して回ってたらしいですよ。マジ化け物ですよね」


 この世界の誰もがコイツに化け物とか呼ばれたくないと思う。


「なんですか、その目はー。ボクにだってできることとできないことはあるんですよっつーか今ナニを思いました?」

「ナニも。それで?」

「え? それでって何ですか? まさかこのボクに話の続きを要求してるんじゃないですよね……?」


 忘れてたコイツこういう奴だった。

 脈絡なんかぶっちぎって無視する、深刻な状況も真剣な空気も笑って掻き回す人格破綻の麒麟児だったんだ。


「これだからシイナは~。人に期待ばっかりしてるとボクみたいに非力な乙女にはついていけないトコまでいっちゃいますよ」

「お前のどこが非力だよ。いいからお前はその期待に応えてボス攻略に貢献しろ、第二位の化け物(モンスター)

「ボス攻略? いやいやボクは貢献(コントリビュート)なんざしませんよ。後見(サポート)するだけです、っつーかさすがに十七歳の乙女に対して化け物(モンスター)はありえねえですよ、シイナ」


 アプリコットのまったく説得力のない文句を聞き流していると、管制タワーの入り口で皆が立ち往生している姿が見えてきた。

 いや、リュウとシン、それにリコとスペルビアもいないみたいだ。


「アイツら、どうかしたのか?」

「見てわかんねぇんですか、シイナは」


 隣からアプリコットのがっかりしたような声が聞こえてくる。それも無視して、刹那たちに駆け寄った。


「遅いわよ、シイナ」

「アプリコットが……」

「へぇ、ボクのせいにするんですか」


 情報提供はありがたいけど、今言う必要はなかったはずだ。


「で、これはどういうわけ?」


 と刹那に訊ねると、


「見りゃわかるでしょ」


 わかるけども。

 管制タワーの側面から巨大な防壁が張り出していて、それがフィールドを分断するように延々伸びていたのだ。

 つまり管制タワー内部を通り抜けなければ向こう側に行くことはできないような仕様になっているのだろう。


「じゃあ中を通ればいいんじゃないのか?」

「それよ」


 と刹那が俺の首を掴んで無理やりタワーの入り口の方に向けさせる。

 そこにはどろどろとしたピンク色の液体が滝のように流れ落ち、通路の入り口を隠すように覆っていた。落ちたそれは下の側溝を流れていっている。

 またか……。


「アンダーヒルが危険だから強行突破しようとするなって言うのよ。そのくせ理由も言わないし、アンタならあれの正体も知ってるって言うから待ってたの」

「アンダーヒルが正しい。他の四人は?」

「リュウとシンとスペルビアが先行してたの。それで私が通ろうとしたらアレが降ってきて、アンダーヒルに止められたのよ。よくわかんないけどリコは三人のトコに行かせたわ。【潜在一遇(アンダー・グラウンド)】で通った地中なら大丈夫でしょ」


 さすが刹那、いい判断だな。粘液(コレ)のことを知ってるリコを先に行かせたのはこっちからみれば裏目だが、リコはそれ以外にもあの三人の知らない他の自律兵器のことも知っている。戦闘中のサポートは上手いし。


「【地盤鎮下(グレート・クレーター)】はダメだったのか?」

「もう使ったけど効果はなかったわ」


 やっぱり同じくモンスターの攻撃扱いみたいだな……。


「で、結局コレは何なのよ」


 刹那が滝を指差す。

 たぶんここまで悪趣味な滝はFO史上、いやDO史上初めてだ。


「……第十演習場触腕締圧体内孕機(プルプ・ヴェルソー)の粘液、要するに……その……媚薬……」

「……今なんて言ったの?」

「び、媚薬……」


 俺が恐る恐るそう繰り返すと、


「び、びや……そ、それって……あ、あれ……よね……。その……」


 顔を真っ赤にした刹那が視線を泳がせて、慌てふためく。

 ネアちゃんも耳まで真っ赤にして口を開けたままフリーズしてる。


「魑魅魍魎の差し金です」


 アンダーヒルが助け船を出してくれる。


「魑魅魍魎……ね。次、会った時はブチ殺すしかなさそうね、あの変態……」


 助け船、サンキュー。

 そのおかげで刹那の中に湧いてきていただろう羞恥心が、そのまま魑魅魍魎への怒りにすり変わったのだ。


「問題はどのようにして通るか、です」


 現実を叩きつけるようにアンダーヒルがそう言った。

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