(33)『何なのよ、コイツ』
「で、結局アンタ何なの?」
≪アルカナクラウン≫ギルドハウス二階ロビー、三対一で[スペルビア]と対面するように座った途端、刹那が単刀直入にそう切り出した。
「何ってナニ?」
そこへ来てまた惚けたような返答である。たぶん俺が手首を掴んでいなかったら短気な刹那は不機嫌モードに突入していただろう。
(もう短気って言うか……爆薬だな)
しかも平衡が崩れると金属球が周囲の金属に触れて爆発する接触式のヤツだ。
これ以上、刹那に質問を続けさせるのは危険だろう。
「スペルビアさんはソロなの?」
俺が代表して訊くと、
「スペルビア、ルビア、どっちかでいい」
質問の答えは返ってこなかった。
「え?」
「呼び方。私、スペルビアだから、スペルビア。それかルビア。私、それがいい。呼び捨て、気安く、皆仲良し」
とスペルビアは巨鎚を逆手に持つ右手をグッと振り上げた。
どんだけ好きなんだよ。
そして質問に答えろ。
「じゃあルビア、君はソロなの?」
「ソロってどういう意味だっけ?」
またしても返答にならない。これは質問を変えた方が良さそうだな。
「ギルドに所属してる?」
「所属してない。所属してた」
「何処に?」
「えっと……≪道化の王冠≫」
ジャキンッ! バァンッ!
アンダーヒルが【コヴロフ】を抜いて銃口をスペルビアに向け、刹那がスキル補助で威力向上させた蹴り上げでテーブルを視界の左方に吹っ飛ばしたの。
「アンタ……≪道化の王冠≫なの?」
立ち上がり、今にも掴みかからんばかりの殺気を放つ刹那がそう言う。それと同時に掲げられていただけのスペルビアの巨鎚が微妙に動き、いつでも振れるような位置に構えられた。
「だった。今は無所属」
お、おい、コイツら。今にも戦闘を始めそうな空気を出してるぞ……!
「何故≪道化の王冠≫を抜けたのですか?」
アンダーヒルはそう言うと、【コヴロフ】の照準を微妙に揺らす。話さないと撃つ、という合図だ。
「言わない。そっちが真実か虚偽かを証明できないから」
スペルビアは坦々と抑揚のない声で言っているようだが、狭い部屋に重なって響くように、まるで反響するかのように不気味に聞こえてくる。
「どうせ誰も信じない」
グルン――と大きく回転した巨鎚を頭上に振り上げた。
瞬く間に緊張が場を駆け抜け、俺・刹那・アンダーヒルが身構える。
スペルビアの瞼がわずかずつ下りていき、こっちを睨むような半開き状態になった途端――ドガァッ!!!
突然スペルビアの巨鎚が床に向かって振り下ろされ――ドタンッ!
「「「!?」」」
スペルビアが巨鎚に引きずられるように右側に倒れ込んだ。
「ちょっ、何なのよ!」
突然の展開に呆然としていた俺が我に返ると、うつ伏せに倒れたまま動かないスペルビアをいつのまにか手を振りほどいていたらしい刹那が抱き起こしている光景が目に入ってきたのだった。
よく見ると仰向けに起こされたスペルビアの胸が上下動している。
(ってまさかコレ……)
「寝てるわよ、コイツ」
マジでか。
「アンダーヒル、アンタ、何かやった?」
「それが催眠系の魔法・道具を使ったのかという意味ならば、特に何も」
確かに睡眠状態を表すSのアイコンも出てるし、罠とは考えにくい。
「何がしたいってのよ、コイツは!」
「仕方ありません。彼女が本当に≪道化の王冠≫に所属していたというのなら、話を聞かないことにはどうしようもありませんので。薬品による気付けを行いましょう」
「アイテム?」
「はい」
アンダーヒルがスチャッ、と取り出したのはキツツキマークのラベルが特徴的な調味アイテム、【ウッドペック・レッドペッパー】。FO史上最辛の香辛料である。
辛いのが苦手な刹那が凄まじく嫌そうな顔をしている。
「ちょっと待て、そんなの使ったらマトモに話せなくなるだろ、コイツ」
と忠告すると、アンダーヒルは静かにこっちを見上げてきて、
「やはりあなたは敵であっても女性には過剰に優しいようですね、シイナ」
「は? いや、優しいとかそんなんじゃなくて――」
「あなたは黙っていてください。進むモノも停滞します」
酷い言い草だな。
そう言いながらもアンダーヒルは普通の気付けアイテムの小瓶から開けさせた口の中に液体を注ぎ込む。
「……んくっ」
わずかな沈黙の後にバチンと目を開いたスペルビアは、刹那を下から見上げて一言――。
「刹那ちゃんの胸でも下から見れば大きく見える」
ブチッ――と刹那のこめかみに青筋が浮き、
「【極天落衝肘】!」
スキル技の高速肘打ちをスペルビアの顔面に見舞う。
ガッ。
超至近距離からの高速打撃を受け止めやがった……!?
「スキルを使えば、発声で隙ができる」
「か、簡単に言ってくれるじゃない……」
刹那のいうことももっともだ。反応した手の動きすら見えない、気がついたらそれを受け止めていたんだから。
「確かに言うのは簡単。でも――【昇龍貫雲撃】」
ヒュンッ!!!
スペルビアの返しのスキル技が、刹那の頸を捉え――ガッ。
刹那も、その掌底打を手首でガードしていた。
「実際やるのも簡単」
一拍空けて身体を起こしたスペルビアは刹那に向き直り、
「それにしても――」
ぐにっ。
スペルビアがスッと伸ばした左手は、逆にガードされることなく刹那の胸に到達していた。
「刹那ちゃんの胸は触ると少し残念」
「なぁ……ッ!?」
かあああ――と怒りか羞恥かで瞬く間に顔を紅潮させた刹那はキッと眉を釣り上げて、腕を横薙ぎに振るう。
しかし、それを紙一重で躱したスペルビアは、
「袖に隠れた手は要注意。私も≪道化の王冠≫に入るまでは『見えざる凶器』って呼ばれてた。私、巨鎚以前に暗器使いだか……ら……」
ぐら、と揺れたスペルビアは、よた……よた……と後ずさり、ソファにどさぁっと倒れ込んだ。
「ごめんなさい。……眠い」
最後にそう呟いたスペルビアは、再びすうすうと寝息を立て始めた。
「……何なのよ、コイツ」
刹那は思わずといった感じで呟いた。
「……スペルビア。あるいはアプリコット以上に掴み所がない人物かもしれませんね」
アンダーヒルの言葉は、そのまま俺の内心を表していた。




