(32)『全て購入します』
ギリギリで難を逃れた俺たちは三時間後のボス攻略まで各々休憩を兼ねた準備時間をとることになった。リュウとシンは腹ごなしをしてくるとネアちゃんを連れてトゥルムの南街に歩いていき、いちごちゃんは一度ギルドに報告に戻ると言って別行動に。リコは風呂に入ると言って≪アルカナクラウン≫のギルドハウスに入っていった。
そして武器を修理するため、俺と刹那は『グラン・グリエルマ』を訪れていたのだが……。
「なんでアンタたちがついてくるのよ!」
刹那が振り返ってそこにいる二人にわめきたてる。
「私、≪アルカナクラウン≫のギルドリーダーのシイナと一緒にいたい」
「私は彼女に話を聞きたいだけです。故におかまいなく」
スペルビアとアンダーヒルがそれぞれ単調にそう主張した。
そして俺を理由にしないでください、スペルビアさん、頼むから!
例のごとく殺気のこもった目で俺を睨み付けた刹那は、フンと鼻を鳴らしてグランの店の扉を蹴り開けた。
なんて迷惑な。
「おぅおぅ、誰だか知らねぇがうちの店でゲェッ、よ、よく来たな、棘――じゃねえ。刹那嬢ちゃん。ひっ、久しぶりじゃあねえか……」
おい、今……グランのジイさん、『ゲェッ』って言ったぞ。声もどもってるし、目も逸らしてるし、態度翻したし。アンタ、普段扉を蹴り開けるようなヤツは力ずくで追い出して出入り禁止にするだろ。
「久しぶりね、グラン。ところで今『ゲェッ』って言わなかった?」
「言って……ねぇなあ……」
額に汗をにじませながら、必死に目を逸らすグラン。刹那、今さらだけどお前いったい何者だ……?
「そっ、ならいいわ。ところでグラン。今『棘』って言わなかった?」
刹那は瞬く間にグランの視線の先に回り込み、目をまっすぐ合わせて笑顔で訊ねた。
対するグランは『肉食獣と目を合わせて力負けしたら……殺られる……』とばかりに普段の強面を貫き通している。
「な、何のことだ? 俺ぁ、知らねぇが」
「あっ、そう。じゃあ調整研磨お願い。ハイ、コレ」
と刹那は【フェンリルファング・ダガー】【サバイバル・クッカー】の欠片と柄の入った小さな袋を取り出し、カウンターの上にそっと乗せた。
「バラバラじゃねえか。何があった?」
「共鳴で砕かれたの。どれぐらいかかる? 三時間で間に合うわよね」
「完全損壊だが一本につき四十五分だから一時間半だな」
「あ、っと……シイナも二本壊れてるの。そっちもお願い」
「おいおい、それじゃ四本で三時間。ギリギリだぞ」
ギリギリと言うか、ここに来るまでの時間も合わせたら普通にアウトだ。
「じゃ、私の【サバイバル・クッカー】は後でいいわ。それ以外の三本をやって」
「いいの? 刹那」
「魔刀も魔弾銃も替えがないんだから仕方ないでしょ。私は一応【輝極星の天剣】があるから大丈夫。自分の心配してなさいよ」
刹那が言ったのは、【サバイバル・クッカー】と同じ攻撃力を持つが、スキルの無い短剣だ。
ちなみに【サバイバル・クッカー】には【自然怪復】という敵モンスターに与えたダメージの五パーセントから十パーセントライフを回復するスキルがついている。刹那の無敗記録が他者に比べて長いのもこのスキルに依るところが大きい。
「まぁ、それもそうか」
と俺が同意して刹那と同じように革袋を差し出すと、
「一人五百オールだ」
完全損壊状態の武器を調整研磨する時は普通の研磨より少し高くなるのだ。正直なところなぜバラバラに砕けた刃を四十五分で元通りにできるのかを知りたいものだが、その工程は未だ不明である。
自動的に金が引かれ、それを確認したグランは、
「コルッ、おい、コ――ルッ!」
突然、店の奥に向かってそう叫んだ――途端、ドンガラガシャーン!
工房の方から何かが崩れ落ちるような音が店内に響き、息を荒立たせたコル少年が扉のところから姿を現した。
九ヶ月前からなかなか進歩が見られないな、コル少年よ。背は伸びたみたいだけど。
「これ、そっち持っていけ!」
「は、はいっ!」
こわごわとしながら四つの革袋を受け取ったコル少年は、チラチラッと俺たち四人を交互に見て扉の奥に姿を消した。
「コルは九ヶ月も保ってるの?」
俺がそう訊くと、
「まあな。使えねえヤツを使えるようにするのは容易じゃねえが、九ヶ月もありゃあ十分だ。ちと面倒だがな。半人前の働きはしねぇししょっちゅうサボるようなヤツだが、アレでよく気が回るんでね」
貶してるのか、誇らしげなのか。
グランはそう言うと、カウンターから出て奥の扉に歩み寄り、
「また後で戻ってこいや」
と奥に引っ込もうとするその時。
「グラン、私もいいですか」
アンダーヒルが呼び止めた。
「お、影の嬢ちゃん。今日は何の用だ?」
「ここにあるレア九以上の狙撃銃を全て下さい。データチップで構いません。今すぐに全て購入します」
アンダーヒルが恐ろしいことを言い始めた。さすがのグランも呆けている。
「正気か?」
グランが思わず聞き返すが、
「はい」
と静かに答えただけだった。
否定しよう。
最近のアンダーヒルはどうも正気とは思えない。痛みを受けるとわかっていても狙撃に躊躇いはないし、『多様生物変幻体』と戦っている時も唐突に様子がおかしくなった。
そこへ来てこの発言だ。
狂気とまでは言わないものの、元々何かの強迫観念に囚われているような気さえするようなヤツだし。最初からどんな追い詰められた状況でも冷静で揺るがないキャラに見えていたが、もしかしたらこのDOという追い詰められた状況で最も変わってしまったのは彼女なのかもしれない。
アンダーヒルの正視線を受けたグランは静かに頷き、カウンターの中を探って取り出したデータチップを店の中を管理するウィンドウを開いて中身を確認し、アンダーヒルに手渡した。
「毎度アリ。まったく……あんまり無理するんじゃねぇぞ、影の嬢ちゃんよ。どんなに強くてもお前さんは子供なんだからよ」
「忠告、感謝しますよ、グラン」
アンダーヒルはそれを受けとるとウィンドウ内に放り込み、再び黙り込む。
何故かかなり気まずい空気になってしまった店内に静寂が訪れる。
そんな空気が嫌いな刹那が少し慌てたようにフォローを入れる。
「ま、まあいいわ! まだ時間もあるんだし……スペルビアッ!」
「ナニ?」
「アンタに色々聞きたいことがあるから、ちょっと付き合いなさいよ」
聞きたいことがあるのはアンダーヒルじゃなかったか……?
「ヤダ。でもシイナが行くなら別にいい」
「シイナッ! アンタ、スペルビアとどんな関係なのよ!!!」
飛び火妖怪『刹那』出現。
「ちょっと待てっ! 俺は名前すら今日初めて聞いたんだぞ!?」
「私は前から知ってた」
「……シイナ、アンタ後で私の部屋に来なさいよ……」
凄むような声でそう呟く。しかもいつのまにか太ももの鞘帯に装備していた【輝極星の天剣】に手をかけている。
コイツ、抜かりも容赦もねぇな。
「刹那ちゃん、大胆。カモン、マイルーム、シイナ?」
わずかに頬を染めたスペルビアは視線だけを横に逸らしてそう呟く。
「なッ……はぁああッ!? アンタ、何勘違いしてんの!」
刹那は顔を真っ赤にして逆手で握った【輝極星の天剣】を振り上げ、
「バカシイナ!」
うん、なんで俺になるのかな?
頭頂部に激痛を覚えながら、俺は何処かにいるかもしれない造物主に創造依頼を出せないか、結構本気で考えていた。
(誰か俺に刹那の取扱説明書を……)




