(31)『こくり』
第六演習場広場――。
「うぃっす」
大量のヴォア・ラクテや機械の残骸を積み上げた山の上に座った少女は、呟くようにそう言って片手を挙げた。
「だ、誰?」
「話は後」
トンットンッとステップを踏んで、少女はその山から飛び下り、スタンッと俺の前に下り立った。
背格好は同じくらいだろうか。黒髪は長く前髪を髪留めで上げていて、パッチリと開かれた目の双眸は金色、薄い桜色の右頬には蒼い稲妻マークのタトゥーが入っている。
(蒼の稲妻……雷霆精か……)
雷精霊系の上位種で腕力が一定値を超えると進化できる。使い勝手は悪いが、腕力と素早さを兼ね備えた極めて攻撃的な種族だ。
装備はややカジュアルに作られてはいるが、桜色の清代の民族衣装だった。
袖丈が長く、手の半分以上が末広がりの曲裾に隠れてしまっているが、その手には見たことのない巨鎚を携えている。着物を留める豪奢な帯は、わざと少しだけ余した部分を後ろに回し、両端を尻尾のように垂らしていた。しかし着物の裾で隠れた太ももより下は何も着けていなかった。足ですら裸足のままだ。
「はろはろ。私、スペルビア。君たちは、んーと……アルカナクラウン?」
と首を傾げる。
「アンタ、ソロ?」
『生足チャイナに裸足とは、けしか――』などと訳のわからないことを口走るシンの脇腹に【フェンリルファング・ダガー】の柄を突き込みつつ、刹那がスペルビアにそう問いかける。
「ソロ? うん、ソロ。攻略組。人知れず数知れず頑張ってる」
言葉選びに迷うような表情でそう言った。変な話し方するヤツだ。話が通じてるのか通じてないのか分かりにくい。
「じゃあ、ここの……第六演習場のモンスターは君が倒したの?」
と確認してみると、
「こくり」
と何故か擬音を口に出しつつ、スペルビアは頷いた。そして、バッと巨鎚を目の前に掲げ、
「後ろ」
ボソッとそう呟き、バッと長い袖を翻して走り始めた。向かう先は俺たちが入ってきたのとは反対側の入り口。フィールドの入り口に近い方だ。
そしてスペルビアの言った背後を振り返ると――腕……?
銀色に波打つ巨大な腕が塀の向こう側から伸びてきていた。
「な――――――ッ!!?」
誰かが思わず声を上げ、途端スペルビアに続いて皆が走り始める。
「ななな、何なのよアレ! ボス? ボスなの!?」
広場を飛び出した辺りから、半ば混乱している様子の刹那が隣を走りながらわめいてくる。
さすがの刹那でもあのデカさは予想外だったらしい。
振り返ると、腕の持ち主はスペルビアが壊したらしい機械の残骸の山に手をついて、立ち上がったところだった。
身の丈五十メートルはあろうかという巨人。身体の表面が全体的に波打っていて不安定感を醸し出している。
一番後ろを走っているのはリュウだ。既に【剛力武装】も発動しているようで、【宝剣クライノート】を抜き、【大鷹爪剣ファルシオン】の柄にも手をかけたまま走っている。何らかの攻撃が来た時に攻撃で相殺するつもりなのだ。
そしてシンは何故かネアちゃんをお姫様抱っこして走っている。こんな時にまでふざけるヤツではないから、おそらくネアちゃんが転ぶかよろけるかして助け起こしつつ仕方なく抱え上げたのだろう。ネアちゃんが顔を真っ赤にしたまま何度も頭下げてるし。
その時、巨人の足元に黒い人影が見えた。六本の翼を広げて足の間を器用に通り抜けると、巨人の目の前に躍り出る。
(アンダーヒル……!)
どうやらリコも一緒のようで、左手の解けた包帯が一筋、地中に向かってまっすぐ伸びている。おそらくあれで引っ張っているのだろう。息大丈夫か。
アンダーヒルはその状態で【コヴロフ】を取り出し肩にかけ、何度か巨人の頭部に射撃を試しているらしい。恐ろしいことに自身は振り返らず、右手に持った鏡で照準を付けてる。化け物か。
(あのバカ……狙撃はするなって言ってるだろうが……!)
四発撃ったところでアンダーヒルは鏡を仕舞い、グンと加速して追い付いてきた。
「お前、後で俺の部屋来いっ」
「拒否します」
ツンとそっぽを向いたアンダーヒルはリコを引く包帯を手繰り、引き上げる。
「っぷは!」
『っぷは』とか言っちゃったよ。かなりギリギリだったんじゃないのか。
「大丈夫か、リコ」
「酸欠で死にかけた以外は大丈夫だ……」
ぜぇぜぇと息を荒立たせて隣を走り始めるリコに対し、アンダーヒルは澄まし顔で包帯を再び巻き始める。
そして、チラとこっちに視線を送ってきたかと思うと、
「『星蝕複合式不定形骸体』。先程エンカウントし、交戦しました。ここのボスモンスターのようです」
ですよね。
「現在は人型ですが先程は蠍の形をしていました。表面は流体金属による膜。その内部はヴォア・ラクテが集合し磁力で表面の金属を変形、温度変化で硬化・軟化を繰り返して全体を制御しています」
「液体金属ターミネーターみたいだな」
「原理は違いますが、表面上は似たようなものですね。体力は低めですがおそらく弱点が存在せず、内部のヴォア・ラクテにダメージを与えなければダメージが通りません。先程【コヴロフ】による射撃を試みましたが、ダメージを通せたのは四発中二発のみ。近接攻撃はリーチが長くなければ内部に届きません。総じてかなり厄介です」
たったあれだけの交錯でどこまで分析してるんですか、アンダーヒルさん。
「彼女がヴィエルジをソロ狩りしたプレイヤーですか?」
アンダーヒルは前方二十メートルほど先を見据えてそう言った。
「あぁ――うん、名前はスペルビア、多分巨鎚使いよ」
いちごちゃんの前で『ああ』と言いかけ、無理矢理取り繕う。
「巨鎚……」
アンダーヒルは記憶を探るような思案顔を見せると、
「あまり聞いたことはありませんが、聞いたことぐらいはありますね」
つまり事が起こるまで名前すら聞かなかった[クロノス]や[魑魅魍魎]と違って多少の情報がある、ということだろう。
「警戒はしておきます。あなたは一般的な反応をしていてください」
またよくわからないことを言うアンダーヒルさんであった。




