(30)『行ってみるしか』
「なんで!? まだ第六演習場のモンスターは倒してないのに!」
【伝播障害】のバリアの周りを囲み、レーザーのようなものを発射してくるヴォア・ラクテを見回して、刹那が叫ぶ。
「ここにいる誰もが倒してないんなら他の誰かが倒したってことでしょ」
俺がそう言う前からアンダーヒルがフィールド情報のウィンドウを開き、フィールド内のプレイヤーの数を確認している。
「……我々以外にも一人、このフィールド内の何処かにいるようですね。おそらく、いえ、間違いなく第六演習場に」
と見えるよう掲げた地図の第六演習場に指を添えて示してくる。
「魔法が使えない以上、脱出前提の選択肢は二つです。一つはこのままフィールド外へ脱出する。二つ目は残る一人と合流し、共に脱出する。どうしますか?」
まったく慌てる様子のない平坦な声のアンダーヒルはまた俺に二者択一を迫ってくる。ギルドリーダーなのはわかっているが、俺の所に回ってくるのは重要な判断ばかり。ミスは許されないのだ。
とは言え驚きを隠せない。
個々の相性はあるだろうが、似たような強さばかりだろうここのモンスターをたった一人で倒したのだ。
「二つ目にする。ソロでやってるプレイヤーがいたとしたら、協力した方がいいし、もしトドロキさんとかアプリコットだったら行かなきゃアウトだし」
「はい、私もそれが最善かと」
アンダーヒルさん、そう思うんなら説得力のある君から言ってくれませんかね。
「じゃあ早く行きましょ。シイナと、ネアちゃん。アンタたちは真ん中ね。それ以外は外でこのボール蹴散らして」
「ちょっと待った、なんで俺が……」
「メインもサブも砕け散ったシイナじゃどうしようもないでしょ。アンダーヒルもどうせシイナに渡すんなら魔刀か魔弾銃渡しなさいよね。無駄にレア物ばっかじゃなくて」
アンダーヒルが『むぅ……』と小さく呟き、俺を無感情視線で睨み付けてくる。
(なんで俺なんだよ……)
ミキリのことはアンダーヒルの裏工作が恐ろしくうまいため、ギルメンには気取られてすらいない。たまに見に行ってみると、元気そうな上、退屈もしていなさそうなので問題はないのだが……。
その関係でミキリからの鹵獲物は全てアンダーヒルから渡されたもの、ということになっている。本人が言い出したことだから俺に非はないはずだ。
「シイナ、刹那、アンダーヒル。痴話喧嘩なんか後にしろよ。もうこれも保たないぞ」
【伝播障害】を張るシンが呆れたようにそう言い、
「痴話喧嘩ではありません」
と断固否定を露にするアンダーヒルに対して、刹那は――ゴスッ!!!
「バ、バカなこと言ってんじゃないわよ! 私がいつ痴話喧嘩なんてしたってのよ、バッカじゃないの!?」
とシンヘの粛清と共に逆鱗激怒を露にする。
スキル無しとは思えない兵器級の腕力を背骨に喰らったシンはバリアの外に吹き飛んでいき、同時にシンの張っていたバリアがかき消えた。
「チッ、場合を考えるべきだったわ」
どうせなら時と場所も選べ。
「走れ!」
リュウが弱装攻撃の集中砲火を食らっているシンを半ば引っ張るように助け出すと、その後ろを全員が追う形で走り始める。
「私が時間を稼ぎます」
最後尾を走っていたアンダーヒルはそう言うと、無機質な六枚翼を大きく広げ、
「【軌道集成】……おいで」
まるで小動物をあやすような優しい声を出したアンダーヒルは翼を羽搏かせることなくフッと浮き上がった。
「お、おい何する――」
「囮です」
話している時間も惜しいと言わんばかりに俺の台詞を遮ってそう言ったアンダーヒルは低空飛行のまま後ろを振り返り、俺たちから離れていく。
【軌道集成】は攻撃誘導。敵の攻撃対象に選ばれやすくなるデメリットスキルだ。
追いかけてきていた数十体ものヴォア・ラクテのおよそ九割がアンダーヒルの後を追っていく。
「アイツ、また勝手な……。リコ、潜在一遇であの馬鹿連れ戻せ」
「おぉ、シイナがアンダーヒルのことを馬鹿呼ばわりできるとは。なかなかあることではないな!」
イラつく台詞を吐いたリコは、『任せろ』とばかりに無駄に手慣れたウィンクを飛ばしてくる。
「五分で戻る。【潜在一遇】」
リコは、餌を探すチョウチンアンコウのように地上に残したアホ毛をゆらゆらと揺らしながら、徐々に加速しながらアンダーヒルを追いかけていった。
リコが通った付近のヴォア・ラクテは困惑した様子を見せるが、すぐに俺たちを追う小隊に加わっていく。
(あのアホ毛は敵認識されないのか……)
などとそれこそアホなことを考えるのも束の間、ちょうどその時だった。
どんっ。
リコに気をとられていた俺は立ち止まっていた誰かにぶつかってしまったのだ。
「あ、ゴメ……ン?」
ぶつかったのは刹那だった。しかし俺の方を振り向きもせず、前を向いて静かに黙っている。いや、呆けていた。
そしてその視線の先を辿った俺も、その光景にぎょっとした。
おそらく第六演習場の広場だろう。恐ろしく巨大な塊が塀の上から少しだけ覗いていて、グルグルとその中を動き回っているようだった。
「何、アレ……」
刹那が振り向いて、プルプルと震える指で謎の塊の方を示してくる。
今までのモンスターとはどうしたって噛み合わない大きさだ。破壊が確認されたと言っていたから少なくとも『乙女座』のヴィエルジではないだろう。
「も、もしかしてボスでしょうかっ!」
そう言ったのは銃弾一発ずつを確実に核に当てて、四十個のヴォア・ラクテを撃墜した(発砲音と爆音の数を数えていた)いちごちゃんだ。装弾数の多い自動拳銃はこういう時頼りになる。
「行ってみるしかないでしょ!」
刹那はヴォア・ラクテ二個を両手で掴んで思い切り地面に叩きつけると、先陣を切って走り出した。
「お、おい刹那! 一人で先行すんなって!」
そう言って後を追うシンに続き、豪快な横振りでヴォア・ラクテ包囲網を突破したリュウも走り出す。
主戦力二人がいなくなってどうすんだ。
「行こっ、ネアちゃん」
と刹那仕込みの短剣術でいちごちゃんの背後を守っていたネアちゃんに手を伸ばすと、一瞬躊躇った様子を見せ、
「は、はい……」
と手を取った。そして手を伸ばしもしない内にいちごちゃんがもう片方の手に縋り付いてくる。
仕方なくその手をしっかり掴むと、
「シイナお姉様のすべすべの手がしっかりと握り返してきて……えへ……えへへへぇ……。いちごは、いちごはもう……」
ダメだコイツ早く何とかしないと。
包囲網が再編成される前に脱出し、三人の背中を追いかけた。




