(29)『ヴォア・ラクテ』
フィールドの入り口である基地正門まで戻る都合上、第八演習場に差し掛かった時のことだった。
「なんでお前らがここにいる」
ちょうど広場から出てきた二人のプレイヤーを見て、俺は思わずそう呟いた。
その2人は俺たちに気付き、手を振りながら駆け寄ってきた。
「なんでお前らがここにいる」
今度は聞こえるように同じ台詞を叩きつける。まず言い訳から聞いてやろうと思ったからだ。すると二人は事前に決めていたかのようなまったく同じ姿勢で親指を立てて、
「「水くさいぜ、シイナ。なんで誘わなかったんだよ」」
「ブッ飛ばすよ……?」
リュウとシンだ。
忘れているかもしれないが、二人を召集しようと部屋の戸を何度か叩いたが、爆睡していたのか返事どころか物音ひとつしなかったのである。
そこに来てこの台詞だ。
キレたくもなるだろう。
「ブッ殺すわよ?」
刹那、そこまでは……それだけはやめてくれ。
「ここのモンスターは倒したのですか?」
俺が2人を全力で殴ろうとする刹那を羽交い締めにしている間にアンダーヒルが話題を逸らしてくれる。
「ああ、でっかい蠍だ」
「リュウが尻尾を切ってくれたから、僕は結構楽だったよ」
「アレはシンが凶刃日記でハサミを片方潰してくれたからできたようなもんだ」
「リュウだって八本足を三本足にしたじゃないか」
互いに誉め合う形式で俺たちに戦況報告してくるリュウとシン。要するに二人の高火力ユニークスキル、【剛力武装】と【凶刃日記】を最初から全開でいったため、ほぼ一方的な戦闘になりました、とそういうことを言いたいのだろう。広場の中でひっくり返ったままバラバラにされている蠍を見れば一目瞭然だが。
「他には?」
とリコが聞くと、
「さっき第七演習場にも寄ってきたぞ。アレはめんどくさかったな。死ぬかと思った」
との答えがシンから返ってくる。
つまり『蠍<<天秤』という図式だろうか。どう見てもイメージと釣り合わない。
もう倒したのなら深くは聞かないが。
「それではあと第六演習場、『乙女座』のヴィエルジだけということですね。それを倒せば次層開放、あるいはボスの出現と考えていいでしょう。リュウとシンが来たのはある意味都合がいいとも取れますが、このまま第六演習場に向かいますか?」
と俺に訊ねてくる。
まともに戦力になるのはリュウとシン・リコ・いちごちゃん、それに一応アンダーヒルといったところだろう。サポートに徹するなら一段階弱い武器で刹那も参戦できる。今のところ役に立たない俺と、俺がいなければ戦闘に参加できない潜航機、そして『少し休みたい』と言うネアちゃんは戦力外だ。
「……念には念を入れよう。どうせ今日中はここに縛られるだろうし、それなら一時間かかっても一度戻った方がいい。少なくて俺も戦力に入れられるし」
「そうね♪」
と管制タワーを経由して基地正門に行くルートを歩き始めると、最後尾を一人で歩いていた俺の元にリコが寄ってきた。いちごちゃんは俺にくっついて隣を歩きたかったようだが、第二次いちご刹那大戦が勃発し一度沈下、現在は冷戦状態と相成っている。
「潜航機はいいのか?」
そこを突いてくるのはリコだと思ってたよ。アンダーヒルはそういうのがよくわからないらしいし、いちごちゃんは俺に対して躊躇してしまうからな。
「ちょっとキツいけどね。一度は助けられてるわけだし」
潜航機がいなかったら今ごろレベル1降格は間違いない上、あの後どんなことになっていたかなんて想像したくもない。
「でもやっぱり目的は無事にここをクリアすること。それが一番優先だからな」
リコが小声で言ってくれたので、姿を現さない潜航機のことは誰も気にしていないようだ。二名ほどまったく知らないのがいるが。
「ずっと姿を出さないのもそれだろうな。たぶんシイナの気質を見抜いておるぞ。姿を見せれば泣くのではないかとな」
「人前で泣くことはないだろうけどな。やっぱ第六演習場に~くらいは言うかも」
「お人好しめ」
「放っとけ」
「私の主人のことだぞ。放っておけるか。せめて遺言くらいは聞いてきてやろう。【潜在一遇】」
トプン、と静かにリコが地面に沈む。
そのかなり小さい音に気づいたのかアンダーヒルだけがスッとこっちを振り返り、地上でピコピコと上下に揺れるリコのアホ毛を見下ろし、再び進行方向に首を戻した。
そしてその時、リコが手を伸ばしてきた。俺はその手を掴み、静かに引き上げる。実は【潜在一遇】は泳ぎで地上に飛び上がらないと一人では出れないため、こうしないと静かに上がれないのだ。
「いなかった」
「は?」
「もしかしたら一度戻ることが決まってから、すぐに貴女の元を離れたのではないか? となるとさっきの仮定もあながち間違いではないかもな」
「マジか……」
健気すぎるぞ、掘式急襲型潜航機。しかもその行動微妙に逆効果だし。
「今すぐに探しに行きたいとか思っていないだろうな、シイナ」
思ってました。微妙どころか普通に逆効果だよ。最後にもう一度会えた方がむしろ気が楽だった、はずなのに。
「……スキル全解除」
呟くような宣言と同時に、フィールド内にもう一つだけあった自意識が消えたような、そんな感覚を味わわされる。
つまり喪失感。
最初はそれなりに便利なスキルだと思っていたけど、やっぱりこういうスキルは公私混同がない刹那やアンダーヒルが使うべきなんだろうな。俺やネアちゃんのように、いわゆる感受性が強い人間には向いてないんだ。
「見えたぞ、管制タワーの入り口だ」
先頭に立っていたシンが声を上げる。
その時だった。
ビィ――――ッ、ビィ――――ッ!!!
「何よ、コレ。警報!?」
『敵襲、敵襲! 全演習場の自律兵器の破壊を確認。基地内の全てのヴォア・ラクテの機能制限解除。基地内全てを魔法使用不可能領域に設定』
微妙に音割れした電子音声が全体放送でそう告げた――瞬間、キュイイイィッ!
周りをぐるぐると周回していたヴォア・ラクテが停止した。中心に光っていた黄色い核のようなモノが赤い光を放っている。
『同期コードを確認できない敵性個体八体を確認。攻撃行動を開始します』




