(28)『それはコイツへの裏切りだ』
「手ェ痛いってのに無茶させんじゃないわよ、バカシイナ」
刹那の左手に握られていた【サバイバル・クッカー】は人型モンスターの急所の有力候補・喉を貫き、射手の残りライフを限界まで大きく削り取る。
バキッ!
射手は振り返りざまに刹那を殴り飛ばし、喉に刺さった小刃を無造作に引き抜く。その途端、その傷口は瞬く間に塞がってしまった。
「凶器殺害」
――ィン――。
射手の手の中で【サバイバル・クッカー】が砕け散ると、その柄をポイと後ろに放り投げ、
「うん、びっくりした」
あっけらかんとそう言ってみせる。
残りライフは〇・一パーセントにまで減っているのに、まだ余裕が消えていない。完全に上からの目線だ。しかしその効果は出ているようで、まだ何かを隠しているかも、という考えが頭を離れない。
(痛ってぇ……)
右胸と脇腹の間辺りに刺さっていた金属矢を力任せに引き抜く。現実ではありえない所業だが、この世界ではこの程度の傷ならダメージと回復までの行動阻害で済んでしまう。
当然しばらく痛みは残るが。
射手は低く後ろに跳躍して間合いを確保すると、広場の壁を背にして立つ。そして金属弓を構えて、再び矢を番えた。
「味方になる気にはならないようね」
この期に及んでまだ引き入れようと考えてる刹那、ハンパねぇ。
「おいおい、アンドロイドが皆プレイヤーに懐くと思うなよ。スクラップ寸前で敵に助けを請うほどアンドロイドの矜持を捨ててもいないさ」
その台詞に見た目だけネアちゃんのリコのこめかみにあからさまな青筋が浮く。
「それに私の不可能性領域はまだ働いてくれてる」
と矢筈で自身の左胸をトントンと突いて、示してくる。
「コイツがまだやれるって言ってるんだ。私が諦めて身勝手に敗けを認めたら、それはコイツへの裏切りだ!」
(敵ながらカッコい――――ッ!!!)
ヤバい。アイツ欲しくなってきたかも。
なんとかならないもんかな、などと考え始めた矢先、
「それならこっちから引導を渡してあげるわッ! 三途の川までね!」
どないやねん。
刹那は装備ボックスを漁ったらしく、ミキリから鹵獲した武器の中から【失楽園】という名の短剣を取り出していた。聖銀に輝く一面と漆黒に染まる一面とを持つ直刃のダガーだ。
「人間はどうだか知らないけどね、私たち機械は死んでもゼロになるだけよ」
射手はそう呟くと、キリキリッと弓を引く。
その鏃が向いているのは……刹那だ。短剣を構えてはいるが、緊張が表情に見て取れる。【失楽園】に現状で使える付加スキルはない。
(手動作で切り落とす気か……? それとも避ける……?)
その時だった。
「……天より降りし蒼の王よ、光の園より登りし守り人の霊よ――」
リコが魔法を詠唱し始めたのだ。
その瞬間、射手は狙いを変え、間髪入れずに矢を放つ。
狙いは正確だ。
しかし――キィンッ!
射線上の付近に立っていた刹那が、その金属矢を空中で叩き落とした。手動作とは思えない、綺麗な剣筋だった。
「――古の竜は地より出でて咎人を食らうっ、竜の逆鱗の鉄槌!!!」
ビシビシビシッと地響きを鳴らし、射手の足元を地割れが這う。
そしてその奥から竜の形をした紫色の雷が現れ、電光石火で射手を襲った――。
「不可能性領域」
バチッ!
まるで何かに拒まれたかのように、紫電竜が弾き飛ばされた。
「不可能事象≪金属の身で通電を拒む≫」
何かを呟いた射手は再び不敵な笑みを浮かべる。
ヒュンッ――という風切り音に気づいて見ると、視界を【失楽園】が横切り、寸分違わず射手に迫る。
「不可能性領域」
ピタリ――と空中で剣が止まったかと思うと、すぐに地面に落下する。
「不可能事象≪空気抵抗で物体を即時停止させる≫」
残り〇・一パーセントが削れない。
さっきからアイツが何をやっているのか、それすらも理解できない。何かを呟いているようだが、俺の立っている場所からじゃ何も聞こえないのだ。
その時、刹那がガッと足先をずらして音を立てた。一拍の短い時間、そっちに視線を向けると、刹那は横目で視線を送ってきて、一言。声を出さずに唇だけを動かした。
煙幕、と。
(了解)
視界を遮るスキルはいくつかあるが、たぶん今求められているのはもっとも原始的なものだろう。
「【煙天下】」
手で指し示した地点、ちょうど円状広場の中心から――ボフッ!
瞬く間に煙幕が広がる、が――。
「不可能性領域、不可能事象≪静寂なる呼気より暴風を作り出す≫」
再び何かをぶつぶつ呟くような声がして、強い風が吹き荒れる。
そして視界が触れた瞬間――。
「輻射……振動破殻攻撃ッ!!!」
グシャッと嫌な音がして見ると、リコ――もといネアちゃんの右手が背後から射手の胸を貫いていた。
射手は驚いたように表情を強張らせ、ブツッと電源が落ちたように脱力した。
「ハァッ……ハァッ……」
ネアちゃんが息を荒立たせて、うつむいたままヤケクソ気味に右手を引き抜くと、
「うっ……わ、ビックリした!」
刹那の声で視界が切り替わったことに気づく。
両手が、ずきずきと痛む。
シャッフルされたアバターは、元に戻っていた。どうせならもう一段階戻ってくれないかな、と再び胸の重みに嘆息し、恨めしそうにそれを見下ろしてみる。
まったく意味もないが。
ゲートが開ききる時のガゴンという音に振り返ると、アンダーヒルといちごちゃんが広場に入ってくる。
「シイナお姉様――――ッ!」
黄色い声を上げて俺の方に猛突し、飛び付こうとしてくるいちごちゃんを全力回避し、ポーションを飲んで安全圏までライフを補う。そして落ちていた【群影刀バスカーヴィル】と【大罪魔銃レヴィアタン】の残骸を装備解除してボックス内に回収する。
「シイナ、一度戻りましょ。武器の調整研磨頼まないと」
歩み寄ってきた刹那がそう切り出してくる。
確かに、【レヴィアタン】はともかくいざという時に役に立つバスカーヴィルが使えないのはかなり痛い。
「そうするか」
大地を抱擁したまま動かないいちごちゃんを一応起こし、動かなくなった射手の残骸を見下ろして何かを思っている様子のリコに声をかける。
「大丈夫か?」
「この馬鹿のコトなら別に気にしていない。多少の喪失感ならあるがな」
「喪失感? そういえばお前とコイツってどんな関係だったんだ? 回線とか着信拒否とか言ってる割に仲悪いし」
「AKは私と現実のハードを共有する、いわばルームメイトだな。設定上姉ということになっているようだが」
爆弾発言。
「お前ってP-AIじゃないのか!?」
疑似人工知能システムはあらゆるNPCを統括しているんだとばかり思っていたんだが。
「ん、言ってなかったか? 私やバスカーヴィルはサーバーの外部に直接ハードウェアを持っているのだ。その分他の者より思考・演算回路が複雑でオプションも多い。過性能もそのひとつだな。主を持たなくても自律して色々できる。例えるならそうだな……所有物になれるプレイヤー!」
最悪の例えだ。
しかもケルベロスはともかくリコの思考回路が複雑だというのには賛成しかねる。




