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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
序章『フライハイトオンライン―全ての始まり―』
12/351

(11)『黒鬼避役-ハザード・カメレオン-』

 疾る急流駆け降り、一行は不穏な森をひた歩く。導くは確かな事実、その名の知れた情報家。しかし彼らは知らない。音もなく、姿もなく、這い寄るものがいることを。

 そしてそれは目の前に、見えずして姿を現した。

 戦闘を終えた船上で、トドロキさんは踊るようにトントンッ、スタッと足を踏み鳴らし、腕を肩の高さまで水平に上げると、


「我が手に踊れ水流よ、汝が名は『鉄砲水(フラッシュ・フラッド)』!」


 比較的短い魔法を詠唱する。

 その指先がパッと一瞬光を纏ったかと思うと、クルーザーが大きく揺らぎ、甲板に大河の水が流れ入ってきた。


「ん、ただの掃除や」


 その水はトドロキさんの指の動きに従うように船上を流れ回り、ギリーフィッシュの死骸や流れ出た黒い水もまとめて押し流していく。

 やっぱり魔法も熟練度上げておこう、と誓った瞬間だった。今までは気にならなかったが、スキルも武器も失った今、魔法でも使えれば戦力になるし、色々相当ありがたい。

 河の水を使ったとは思えないほど綺麗になった船上を満足げに眺めたトドロキさんは、くるっと再び俺たちの方に振り返ると、


「ほな、ボスんとこ行こか♪」

「あ、はい……はいぃ!?」


 思わず返事をしてしまった。


「何よアンタ。さっきはボスのこと知らないって言ってたくせに」


 刹那(せつな)が不審そうにトドロキさんを睨みつけるが、トドロキさんは全く意に介さない様子でスタスタと操舵席に歩み寄り、


「ジブンら、適当なとこに掴まっときやー」


 息もつかせない、反応をも許さない素早さで舵を握り、思い切りグルンと右に回した。同時に現実ではありえない早さでエンジンがかかり、急激に速度が加わって船の前後が反転した。

 勿論、その一瞬の傾斜は相当のものになる。


「ちょっ……」

「シイナ、何処触ってんのよッ!」


 その一時の傾斜で片側の船縁に滑り落ちた拍子に刹那の身体の何処かを触ってしまったようで、赤面顔のまま鉄拳を振り下ろされる。しかしそんな騒動も構わず、トドロキさんはさらに、


「スピード全開! 一気に行くでー♪」


 猛加速した。

 何の説明も受けてない上に不意討ちだったため、一度バランスを崩している俺らは立ち上がることもままならない。

 船首――舳先(へさき)が向いているのは下流の方だ。


「彼の地に降りし紅炎の王よ、混沌を焼き払う無情の炎よ。この呪に引かれ、再び姿を現し、その眷族たる炎の精を我に貸し与え(たま)え! 『炎を纏う吸血鬼(ディアス・クトゥグア)其の業炎で敵を焼けエクスプロード・アクセラレーター』!」


 行く手を遮っている隙間なく凍り付いた茨の壁(ソーンウォール)は、クルーザーが衝突する寸前、頭上に現れた太陽を髣髴とさせる巨大な炎塊から伸びた腕のようなものに触れられて一瞬で炎に包まれ、消し飛ぶような早さで水面下に姿を消した。

 難なく閉鎖区域を突破したクルーザーは、落ち着くどころかさらに加速、河の流れもすぐに復活してどんどん速くなっていく。


「にゃはははははっ♪」


 やたら楽しそうにクルーザーを繰るトドロキさんは、頭だけどこかにトリップしているようだし。


「キャァァァッ、キャァァァァァァッ!」


 ああ見えて絶叫系のマシンも苦手な刹那が、トドロキさん特製ウォーターコースター(?)に涙目で叫び続けている。ある意味絶叫マシンの本分を全うしているともいえるが、そもそもクルーザーは絶叫マシンではない。

 さすがに可哀相になり彼女に這い寄ると、


「今からトドロキさんにスピード落とせって言ってくるから待ってろ」

「う……うん……待ってる……」


 不謹慎にも可愛いと思った俺はどうかしているのだろうか。普段とのギャップがあるから、少し危なかった。

 尻餅をついたままパイプでできた金属製の手すりをぎゅうううっと強く握り締める刹那に背を向け、やっとのことで操舵席に這い寄ると、


「トドロキさん! スピードを落としてください!」

「え? なんやて?」

「速度落とせて!」

「楽しいやろ?」

「アンタだけだッ!」

「なんやおもろないなぁ~」


 唇を尖らせ、ブツブツと何やら文句を言いながらも、トドロキさんはすぐにスピードを落としてくれる。

 一度落ちた脳内評価を若干取り戻した程度だが。


「ほな今度はもうちょい控えめなアクロバットテクで……」

「結構です、遠慮します、自重しろッ!」


 トドロキさんは再び唇を尖らせた。

 一時間程度の河上りの行程を十分弱で駆け抜けたクルーザーはちょうど俺たちが河に出た辺りで止まった。

 地形に特徴があったのでよく憶えているのだ。


「さっき森に入ってないって言ってましたよね。トドロキさん、どうやってボスの場所がわかったんですか?」


 俺が気になっていたことを訊ねると、


「トドロキじゃなくてスリーカーズ。ウチと一緒に来たヤツとはぐれたって話は前したやろ? 合流まで待とうって思っとったんやけど、ジブンらが来たからボスの調査の方に回ってもらっててん。その(しら)せがさっきあって、緊急の増援要請やったからちょーっと急いだっちゅうわけやね」

「そういうことなら早く言って下さい。それがわかってればスピード落とせなんて無理は言わなかったと思いますから」


 あのスピード自体に無理があるとは今でも思っているが。


「こっちや」


 トドロキさんが指差したのは森の中。

 その瞬間、刹那の指がピクリと動いた。

 覚悟してはいても虫や蛇嫌いが一朝一夕に直るわけもなく、無論我慢などちょっとやそっとの覚悟でできるものでもない。

 緊急の増援要請と聞いて無理に我慢しようとしているのだろう。


「トドロキさん」

「スリーカーズ。何やの?」

「トドロキさんはあまり前衛(フロント)向きじゃないですよね。近接ができないとかそんなんじゃなく、一応中距離(ミドルレンジ)対応の半オールラウンダーって意味ですけど」

「ん~……。まぁ、魔法のが得意やし、そういうことになるんかな。せやけどそれがどないしたん?」

「≪アルカナクラウン≫の前衛(フロント)二人に任せた方が確実です。後衛(バック)は俺と刹那でやりますから間にいてください」


 トドロキさんは意図をはかりかねている感じの固い表情でジッと俺の目を見据えると、急に目を泳がせてフッと笑った。


「まあええやろ。ほな刹那ちゃん頑張りや~」


 いきなり話を振られて驚いたような顔をした刹那はすぐに不思議そうに首を(かし)げる。

 なんで刹那だけ、と一瞬頭に浮かんだ疑問を放り出し、


「じゃあリュウ、シン。任せた」

「おう、任せろ」

「見えないってのは厄介だけどな」


 先頭に出た二人は、〈*宝剣(ほうけん)クライノート〉と〈*妖狼刀(ようろうとう)灼火(しゃっか)〉、それぞれの武器に手を添えた。

 何かあった時にとっさに動くためには当然なのだが、抜刀術が主戦術のシンと違ってリュウが使っているのは馬鹿でかい剛大剣、必然的に背中にしかかけられない。それに手をかけたままというのは正直歩きにくそうだ。

 本人はガタイがいいから気にしてなさそうだが。


「ほな、急ごか」


 トドロキさんの号令で三人が森の中に入っていく。

 刹那はアイテムウィンドウを操作して、クルーザーをボックスに収納する。粒子状に分解されて、ウィンドウに吸い込まれるように消えていく光景は何度見てもすごい。

 ましてクルーザーのような大きいものならなおさらだ。


「大丈夫か?」

「うん、大丈夫。この世界なら、どんな虫だろがどんな蛇だろうが元を辿って正せばゼロとイチよッ!」

「だからそういうこと言うなよ……」


 自分を鼓舞して、勇気を奮い起こそうとしているのはわかるが、引き換えに現実感を差し出してどうする。


「あ、でも……どんなゼロとイチも虫や蛇に……うひゃっ」


 自分で地雷を踏みに行っておいて、鳥肌がたったように身体を抱く刹那に呆れにも似た残念な感情を覚えつつ、


「とりあえず行こう。できるだけお前には近づけさせないから」

「う……うん……でも」


 返事はしたものの引け腰の刹那にシビレを切らし、


「俺がいるから大丈夫だって」


 強引に手を掴み、三人に追いつけるよう足早に引っ張る。最初は振りほどこうとしていた刹那も、森に入り周りが木々に囲まれると、おどおどと辺りを見回しながらも握った手を放そうとはしなくなった。

 相変わらず引け腰だが。

 三人に追いつくと、トドロキさんはチラリとこっちに視線を向けて、にま~っと意味ありげな笑みを浮かべてみせる。


「何ですか?」

「何もないで~♪」


 気になる……。

 そう言えばたった今ふと気がついたんだが、この森って蛇や虫がいても全部『ギリーモンスター』だから気付かないんじゃないのか?


「どうしたの、シイナ……。なんか……怖い顔してるけど……」

「え? あ、いや……何にも」


 今の疑問を刹那にぶつけたら間違いなく不安がってその場から動かなくなるだろう。

 そう思って刹那の手を強く握り返した時だった。


「あかん」


 突然、トドロキさんがそう呟き、ビクッと刹那の表情が強張った。いつもの刹那は完全に何処かに吹き飛んでいる。


「どうかしたんですか?」


 トドロキさんが見ているのはたぶんメッセージウィンドウだろう。顔の斜め上に表示されるのはそれぐらいだ。


「ウチの相方がゲームオーバーやて。今連絡があった。まさかアイツがやられるなんて思わんかったけど……」


 真剣な眼差しで唇を噛むトドロキさん。

 そして、再び正面斜め上を見上げ、目を見開いた。


「ほんまか!? それを先に言わんかい、あのアホ! 計画変更や! とっとと逃げるで! 今の何の準備もしとらんウチらじゃ無理やこんなもん!」


 そう言って、真っ先に元来た道を引き返していくトドロキさんに、わけもわからないままついていく。


「どういうことなんですか!」

「ボスモンスターも『ギリー・モンスター』やったんを確認した! しかもポイント出現ちゃう。徘徊(エンカウント)型や! こんなん陣形(フォーメーション)もクソもない。エンカウントする前にはよ出な、ウチらもやられんで!」


 嫌な予感は的中していたようだ。

 もしかしたらさっきトドロキさんが木の上で感じていたという森の中の殺気もボスなのかもしれない。


「今わかってるんは、そいつの名前は〔黒鬼避役(ハザード・カメレオン)〕、四六時中姿を消しているわけちゃう、やたら賢い、すばしっこくてバカみたいな攻撃力を持っとるっちゅうことだけや! ソイツも逃げまわっとったら不意討ちでやられたらしいッ!」

「トドロキさんの仲間って誰なんです?」

「アンダーヒル、()うてもわからんやろ。記録も残さん、表立っても動かん、徹底的にシャイだから無理もあらへんよ。言うても通り名の『物陰の人影(シャドウ・シャドウ)』の方は知ってるやろ」

「「「「物陰の人影(シャドウ・シャドウ)ッ!?」」」」


 もちろん聞いたことがある。

 姿こそ見てはいないが、リュウもシンも刹那も俺も、何度もお世話になったことがあるのだ。

 ベータテスト時にはさっぱりいなかったが、[FreiheitOnline]の本サービス開始一週間後ぐらいから『物陰の人影(シャドウ・シャドウ)』の名でゲーム内の情報交換掲示板に書き込みを始めたプレイヤー。

 その情報とは、巨塔(ミッテヴェルト)を始めとする数多のフィールドの特徴やボスモンスターについて。

 『物陰の人影(シャドウ・シャドウ)』は誰よりも早く、そして正確にその手の情報を引っ張ってきて、一時期は開発スタッフの誰かなんじゃないかと噂が激化し、ROL(ロル)側から関係の全面否定の告知が出るほど騒がれた。多少落ち着いてはきたが、今でもほとんどのフィールドの情報がその名義で書き込まれているし、塔に至っては今までの層の情報は、まず『物陰の人影(シャドウ・シャドウ)』からもたらされたものばかりだ。

 しかし、今までにランキングなどで[アンダーヒル]という名前は見たことがない。

 つまり『物陰の人影(シャドウ・シャドウ)』とは完全に裏方に徹し、情報提供を生業にこの世界(フライハイト)を生きる稀有で物好きなプレイヤーということになる。

 今回来ていたのも調査だったのだろう。


「『物陰の人影(シャドウ・シャドウ)』のプレイヤー名、初めて知りましたよ」

「あいつの情報の世話になったことが一回でもあるならみだりに言いふらしたりしないことや」

「わかってますよ」


 話している内に元の大河まで戻ってきた。

 河岸を走りながら、刹那がアイテムボックスからクルーザーを呼び出した。


「早く乗って!」


 刹那が叫び、シンとトドロキさんが飛び乗ろうとした。その瞬間だった。


 ビィイイイイイッ!

 耳元で警報が鳴り響き、視界の真正面に『CAUTION』と書かれたシステムメッセージが現れた。

 多少は聞き慣れているが、絶対に今は聞きたくなかった――エンカウント・アラート。

 そしてズンッと重い音が低く響き、目の前のクルーザーが大きく沈み込んだ。

 皆が茫然とする中、それはゆっくりと姿を現した。

 まず現れたのは2mはある巨大な頭。真っ黒な体表に大きな丸い目、突き出した鼻面に巨大な口。

 それからスーッと色が染み渡って広がっていくように全身が露わになっていく。ブツブツとした突起に覆われた身体は扁平で、尻尾も長い。身体に比べて細く見える四本の足でクルーザーにしがみつき、その顔は紛れもなくこちらを向いていた。

 〔黒鬼避役(ハザード・カメレオン)

 他の皆が次々と剣を抜いていく中、俺は懸命に英単語のハザードの意味を思い出そうとしていた。

Tips:『エンカウントアラート』


 FOにおいて、ボスモンスターまたはイベントモンスターとの遭遇時に発生する警告システムメッセージ。駐留型ボスモンスターの場合は出現時に、徘徊型ボスモンスターの場合はプレイヤーがその索敵能力圏内に入ると発生するため、徘徊型の場合は特に接近の目印になる。索敵圏内はモンスターの種類や地形によっても異なるため、エンカウントアラートが鳴らないからといっても近くにいないとは限らない。

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