(27)『この差は大きいよ』
「ずいぶん身軽になったみたいね。そっちの方が本当の姿?」
刹那が皮肉混じりにそう言うと、八式戦闘機人・射手は自分の身体をためすがめつ見回して、
「……まー、このぐらいが普通よね~。私的にはMLと髪の色が同じってのがナンセンスだけど」
「貴様……」
と再びキレそうなリコを困ったような顔で止めるネアちゃん。刹那の説得(?)が失敗した今、別に止めなくても良さそうだけど。
俺は右手の【フェンリルファング・ダガー】をくるっと回して逆手に持ち変え、
(先手必勝!)
≪アルカナクラウン≫最速の瞬発力で、数メートルの間合いを一気に詰める。さっきまでのサポート優先の五十パーセントの速さじゃない。限界ギリギリの本気、九十七パーセントだ。
射手はその速さに驚いたのか、目を見張ったまま動こうとしない。
(もらった……!!!)
右手よりも先に左手が動く。太ももの鞘帯に【サバイバル・クッカー】を納め、そのまま射手の顔の前へ――。
「――【妖猫騙し】……」
パチンッ!
呟くような小声でスキルを発動し、指を打ち鳴らす。本家の相撲ではなかなか見ないが、軍隊格闘では基本戦術のひとつ、猫だましだ。FOではスキルとして確立している。
怯んだ射手は思わず瞬きをした。ほぼ同時に喉から息を呑む音が聞こえてくる。
俺はその隙に彼女の背後へ……!
FOを始めてから儚に勧められてずっと訓練し、現実の方でもできるようになったほど手慣れた体重移動の技術だ。もう目をつぶってたってできる。
「動くな」
細い首に手を回し、その首筋に【フェンリルファング・ダガー】を突きつける。
FOで人型モンスターと遭遇することは滅多にない。それは感触まで再現してしまうVRにおいて精神的な影響が未知数だということもあるが、多くの理由は今まさに俺が感じている現状だった。
(こういうのあざといんだよなぁ……)
まあ、何かというと、射手の身体が小刻みに震えていて、あたかも怯えているかのような素振りを見せつけてくる、というだけのことなのだが。
平和な日本で暮らしていた一高校生に少女(の形をした何か)を傷つけろという方が無理な話だろう。どうしたって急所を外したり見た目痛々しくない攻撃で手加減や容赦をしてしまう。
「ナイス、シイナッ!」
パンパァンッ!
刹那、容赦ねぇ。
正面から魔弾を(たぶん腹)に撃ち込まれた射手はぐらりと脱力したようによろけ、俺にもたれかかるように体重を預けてくる。かなり軽いけど。
残りライフは一パーセントあるかないか微妙なところだ。【大罪魔銃レヴィアタン】の残弾撃ち尽くせば削りきれるだろう。
刹那もそれがわかっているのか、引き金にかけた人差し指に力を込める。
「……ML」
パァンッ!
突然口を開いた射手に、刹那は反射的に引き金を引く。
「っ……お前のMLは誤誘導。役割からつけられた名前……。それ自体に意味はない。だけど私のAKは違う。特性につけられた名前、この差は大きいよ?」
射手が瞬間――にやぁ、と笑ったのが、後ろからでもわかった。
「凶器殺害」
――ィン――。
「っ……!?」
(なんだ、耳鳴り……?)
ゴクリと思わず唾を呑んだ瞬間――バキバキバキッ!!!
「きゃあッ!」
金属の破砕音と共に刹那の悲鳴(一瞬俺だと錯覚しかけた)が聞こえ、そこでようやく右手の激痛を知覚した。
(なに……!?)
【フェンリルファング・ダガー】の刃が砕け散っていた。粉々になり、無数の金属片となったそれの大半は既に地面に落ちて山を作り、指に引っ掛かっていた金属粉がパラパラと後を追って落ちていく。
右手の痛みは細かい金属片が刺さった痛みだったのだ。
一瞬、何が起こったかわからず、残った柄だけを呆然と見つめていたが――バキィ!!!
気がついた次の一瞬には射手の肘打ちを顔面に受けて吹っ飛ばされていた。
目の前に浮かぶ星を振り払って刹那を見ると、酷いことになっていた。
右手の【群影刀バスカーヴィル】の刀身は砕け散り、周囲を固めていたバスカーヴィルは消滅しているが、怪我は俺の右手と同程度だ。
しかし【大罪魔銃レヴィアタン】はそうじゃなかった。銃把まで木っ端微塵に吹き飛ばされていたのだ。手榴弾が手の中で爆発したようなものだ。その証拠に刹那は左手を右手で握り込むようにして痛みを必死に堪えている。
「戦域兵器破壊工作、面白いでしょう。よくわからないけど共振ってのを使うらしいよ」
自慢げにそう言った射手の手の中に、ヴンという電子音と共に金属弓と金属矢が現れる。そして射手はフッと笑うと、矢を弓に番えた。
その隙に俺は鞘帯から【サバイバル・クッカー】を抜いて右手に持ち変え、怪我した右手をかばっているかのように死角に隠す。
リコは魔法の詠唱をしようとした瞬間に射たれてしまうから動けない。ネアちゃんもさっきの怪我が残ったままではまともに戦えないし、右手を潰されちゃ輻射振動破殻攻撃も使えないだろう。刹那は武器を破壊され、両手が使えない。警戒の様子を見せてはいるものの、実際に射手が動いた時に対応できるとは思えない。
(動けるのは俺の左手だけ……か)
残り一パーセントのライフ。
当たりさえすれば削るのは容易い。拳にだってダメージはあるんだ。直接打撃を与えるスキル技を使えばいい。
(となると……)
狙い目はアイツの攻撃する瞬間、標的を決めた時だ。
自然と手足に力が入る。
「見えてるわよ、お前」
俺が射手の台詞の真意を図ろうと斟酌した時だった。
バッと振り返った射手は――ヒュンッ!!!
俺に向けて矢を放った。
(しま……っ……!!!)
シャッ!
一瞬遅れで隠し持っていた【サバイバル・クッカー】を投げる。【投閃】を使う暇すらなかった。
ドスッ!
胸に激痛が走る。
一瞬霞んだ視界に入ったのは、的確に頭を狙う軌道を飛ぶ【サバイバル・クッカー】を寸前で避けて見せる射手の姿だった。
「油断するなよ。私は機械でアンドロイドだ。私のレーダーは戦域下と範囲は狭いが感度はMLと格が違うぜ」
突然口調を変えた射手は不適な笑みを浮かべた――その時だ。
「アンタこそ油断してんじゃないわよ」
射手の背後に姿を現した刹那は特に傷ついているはずの左手を振り上げ、射手の喉元にその手の刃を突き刺した……!




