(25)『本気出してよ』
「あ――もうッ! 何なのよ、コレっ! ホント、邪魔ッ、重いし、ちょっと動いただけで横に振られるしッ!!!」
などと俺のアバターの胸にグチグチと文句を言いつつ、慣れない手つきで再装填を続ける刹那に、
「大丈夫か、刹那っ」
と声をかけると、
「うっさいッ! 別にうらやましくなんかねーよ、ちくしょーッ!」
何故か怒りが頂点に達したらしい刹那は性別の差を越えて完全崩壊した口調でそう叫んでくる。
人の親切心に怒りで応えるとは……、最近の刹那は特に磨きがかかってるな。理不尽さに。
(しかしまあ改めて客観視すると、俺のアバターって怒ってても見映えするんだな)
などと平和なことを考えつつ【フェンリルファング・ダガー】と【サバイバル・クッカー】を両手に構え、射手に向かって駆ける。
俺自身が短剣に慣れていないのは残念だが、スキル技を使うのは久々で、不謹慎にも嬉しさを隠せない。
何故か発現条件を満たしても、【0】以外のスキルを会得できなかったのだ。そのため、未だに使えるスキルは【0】・【魔犬召喚術式】・【強者の威圧】・【無力の証明】・【死骸狼の尾】・【狼牙の誇り】と汎用性に欠ける面々だけである。
「はぁい、短剣使いのお嬢ちゃん」
肉薄した射手の下半身の側面からガシャンッと金属矢射出器が迫り出し、間髪入れずにバシュンッと打ち出してくる。
「哈ッ!」
単純な射線で飛んでくる金属矢を難なく一閃で弾き飛ばし、
「【召雷閃】!」
お気に入りだったスキル技を右前足に向けて放つ。水平突きの直後にワンテンポ置いて落雷を発生させる技だ。
「速いけどちょっと物足りないわ!」
そう叫んで一瞬で右脚を引いた射手は同時に体勢を低くし、左脚を回し鋭い蹴りを見舞ってくる。
「っ!」
脇腹をなんとか肘でガードするが、勢いを殺しきれず吹っ飛ばされた。
「何やってんのよ、バカッ! 私のカラダ殺したらタダじゃおかないわよ!」
刹那の怒声を背に受けつつ、空中で受け身を取ってダメージを最小限に抑える。
自分から処刑を受けにいこうとは思わないからな、さすがに。
3分近くかけてようやく再装填できたらしい刹那が視界の端に映り込む。
「シイナ! 前はやるから側面からお願い!」
「OK!」
ちなみにネアちゃん(身体はリコ)はその身体パラメータの高さを有効活用して、相手を引き付ける役に回ってもらっている。学習能力の高いネアちゃんは動体視力・反応速度・スピードと三拍子揃ったリコの身体に誰よりも早く順応した。ほとんどの攻撃を紙一重で躱しつつ、時折輻射振動破殻攻撃を当てにいっているほどだ。
(ていうかリコのヤツ……なんで敏捷パラメータ高いのに重い可変機械斧槍なんか使ってたんだ?)
甚だ疑問である。
そして件の戦闘狂、リコは不運にも近接戦闘に最も不向きなネアちゃんの身体になってしまい、隙を見てちょっとずつ魔法を詠唱している。
しかしどの魔法を使えばいいのかまったくわからないためか、適当に唱えた魔法は低威力か詠唱をキャンセルさせられるかのどちらかで、リコには悪いが完全に戦力外だ。
俺は刹那に言われた通り前衛を退き、射手の脇を抜けて側面に陣取る。
ネアちゃんが輻射振動破殻攻撃を使って外装を剥がしてくれたおかげで、ところどころ駆動部が剥き出しになっている。部位破壊されて、電気コードでぶら下がっている状態の金属矢射出器まであった。
しかしそれでも射手のライフゲージはまだ2割程度しか減少していない。ことごとく急所への攻撃を逸らされてしまうのだ。
「ちょっとシイナ! なんか引き金が動かないわよ!?」
「リロードの後、半起こし状態解除したかっ? 撃鉄を下まで倒さないと撃てないぞ!」
「銃ってなんでこんなメンドクサイの!?」
「おいコラ、礼はどうした、礼は」
刹那の準備が整ったのを確認して【フェンリルファング・ダガー】を腰だめに構え、
「【毒蠱蜂針撃】!」
穿孔用の刺突攻撃を外装の剥がれた左後ろ脚の関節部に打ち込む。
手首の回転だけで短剣をドリルのように使うスキル技だ。
刹那の射撃に気をとられていたらしい射手はもろにそれを受け――ガクンッ。
「あっ、きゃあっ!」
射手は悲鳴をあげながら、ギギギギッと嫌な音を立てた左後ろの脚関節に引きずられるようにバランスを崩し、思わず後ろに飛び退いた俺の目の前で横倒しになった。
「今よ、ネアちゃん!」
刹那の指示で下半身の腹側に回ったネアちゃんが右手を引き、輻射振動破殻攻撃の構えをとる。
「あっ、ダメッ!」
上半身を起こしてそれを見た射手が両手を重ね、心臓マッサージをする時のように下半身の頭部に押し当てた。そして止める間もなく――
「刺し穿て、極棘の槍!!!」
パシュゥッ――と空気の抜けるような音が無数に重なり、射手の下半身の駆動脚・関節部・外装の隙間という隙間から、鋭くて長い針が飛び出した。
「バ、輻射振動破殻攻撃!」
その反撃に対応できなかったネアちゃんの赤く発光する右手が、一瞬で針の山と化した射手の下半身の腹部外装を貫いた。
しかし同時に、その腕にいくつもの針が食い込んでいた。
「――――――ッ!!!」
「ネア! 『痛覚遮断』を意識しろ!」
いつのまにか駆け寄ってきていたリコがネアちゃんの口を塞いで悲鳴を殺し、必死の表情でそう言い聞かせる。
直後、ネアちゃんは涙をにじませながら、口の中でモゴモゴと何かを反復した。それと同時にリコはネアちゃんの右手を力任せに引き抜く。
「はぁ……はぁ……」
息を荒立たせるネアちゃんをリコが引きずっていき、すぐさま動いた刹那が【大罪魔銃レヴィアタン】を構え――パンパンパァンッ!
3発連続で射手の腹部の損傷部に撃ち込んでいく。
カシュンッと再び空気が抜けるような音がして、針が中に戻っていき、刹那がチッと舌打ちをする。
おそらく同時に傷口に応急外装を張られたのだろう。
「百万年はっやーい」
射手はガシャンッと金属音を響かせて跳ねるように起き上がり、
「本気出してよ」
きゅうっと細くなった目で、俺を見下ろしてそう言った。




