(23)『黄道十二宮』
「やはり刹那とネアで倒したモンスターの名には『カンセール』と『リオン』が入っていたのですね」
刹那から話を聞きながら、次の広場、第九演習場に向かっている時、アンダーヒルがようやく得心といった感じでそう言った。
ちなみに刹那たちの倒した自律兵器の名前は、『圧式切断鋏脚戦車』・『単式白兵戦闘機』というらしい。
「……それがどうかしたの?」
この台詞は刹那だ。
「このことから残る四つは『ヴィエルジ』『バランス』『スコルピオン』『サジテール』の名を冠することが推測できます」
「なんでそんなことがわかるの――ってスコルピオンって蠍のこと?」
「はい。気づきましたか?」
「星座の……黄道十二宮……?」
「素晴らしい。それらは蟹座と獅子座。加えて『ベリエ』は牡羊座、『トロー』は牡牛座、『ジュモー・ジュメル』は双子座、『カプリコルヌ』は山羊座、『ヴェルソー』は水瓶座、『プワソン』は魚座です。そしてまだ乙女座の『ヴィエルジ』、天秤座の『バランス』、蠍座の『スコルピオン』、射手座の『サジテール』が残っている」
なるほど……。
発想はかなりいいかげんだが、そう言われてみると確かにそうだな。
最初のジェモーは1対2体だったし、2番目に戦ったトローは闘牛さながらに突進ばかりしていた。
3番目のベリエは最初の姿は羊に見えなくもない。雷と煙幕は、あのモコモコから雲と煙でも連想したのだろう。
無論、今も足下の地中を動いているはずのプワソンはリコ曰く動きは魚だ。
その次のヴェルソーは水瓶……? あの触手要らねえじゃん! なんで水瓶から蛸壺連想できるんだよ! 媚薬ネタやりたかっただけじゃねえのか、あの変態ドクター!
「カプリコルヌは? 確かに今から思えば、執拗に山羊の形になってた気もするけど……あれで山羊は厳しくない?」
まだ管制タワーにいた時、刹那の勢いに押されて口調を取り繕い損ねたからな。発言には注意しないと。
「山羊座はギリシア神話において森の神パンの変身途中の姿と言われています。おおかた山羊の兵器化という理解不能のプライドが邪魔をして窮した挙げ句、仕方なくその変身という部分に観点を置いたので――」
アンダーヒルの言葉が突然途切れる。
「どうかしたのか?」
「いえ……何でもありません」
「……?」
何事かぶつぶつ呟き始めたので聞き耳を立ててみると、
「……パン……パニックの語……り……殺しておくべき…………」
何か怖い単語が入っていたが、どうやらその矛先は俺じゃないらしいな。
その時、さっきまで首を傾げつつ何かを考えていた様子のネアちゃんが、突然パッと手を挙げた。
「ユウちゃん、質問していいですか?」
小学生みたいだ。
「……どうぞ」
「『トロー』とか『カンセール』とかって何処の言葉なんですか? 英語だったら『タウロス』とか『キャンサー』ですよね? 獅子座だって『レオ』ですし」
よく知ってるな、ネアちゃん。 星占いとか好きなのかな? 優等生だからやっぱり知識層も広いんだろうな。一般常識とか言われたらショックだけど。
「そういや、そうよね。双子座って『ジェミニ』だったはずだし。英語なら乙女座だって『バルゴ』よね。皆似てるからヨーロッパ辺りの言語でしょ、アンダーヒル」
そう言ったのは刹那だ。
そうかそうか、刹那も星占いとか好きなのか。意外と女の子らしい趣味もあるじゃないか、ことあるごとに狩りとか決闘とかばかりだから勘違いしてたよ。
(……一般常識?)
と人知れず打ちひしがれていると、アンダーヒルはパチンパチンとやけに間隔の長い拍手をして、
「これはフランス語です。ここのモンスターのデザイナーはフランス留学していた経歴があると聞いたことがあるので、おそらくはその影響でしょう」
リコからの情報をさりげなく伏せてアンダーヒルはそう言った。
ちなみにリコといちごちゃんはアンダーヒルに言われてずっと黙っている。
刹那たちに余計なことを口走らないようにという理由らしいが、その代わりに二人に出してきた条件のせいで両腕が暑く、重く、歩きづらい。
何故かはわかるだろう?
「…………アンダーヒル、アンタ日本人よね。何歳なの?」
「日本人ですよ。歳は十四です」
「なんで私より年下でフランス語がわかるのよ……? 帰国子女とか?」
「以前フランス語の詩集を読んだ時に黄道十二星座のフランスでの呼び方が載っていましたので、憶えていただけです」
「フランスの詩集とか……キモい趣味」
あまりにも失礼すぎるぞ。アンダーヒルが大した反応を見せないからって何でも言っていいワケじゃないんだからな?
「見えたぞ、貴様ら」
そこでリコが初めて口を開き、前方を指差した。
「第九演習場だ」
リコが指差す坂の上に、コロシアムのような広場の壁が見えていた。
「ここはサジテール、よね。射手座の」
刹那がそう呟く。どうやら一度聞いただけで憶えたらしいな。
「はい、おそらく遠距離射撃と高機動が特徴のモンスターだと思います。重ねて射手座は神話に名高い賢者ケイロンですので、そこまで加味されていれば人工知能が搭載されている可能性もあります」
「それだけ聞いてるとボス級に厄介よね」
んー、と下唇に指を添えて考え込むような表情になる刹那。
「私が行きます」
アンダーヒルがそう言い出した。
「そうね、やっぱり遠距離には遠距離ね。機動力もアンタなら抑えられるはずだし、今回はアンダーヒルと――」
「ダメ!」
刹那の声を遮るように、俺は叫んだ。その場の全員が思わず怯んで息を呑むほどに強く――。
「な、なんでダメなのよ」
刹那もそうだが、≪アルカナクラウン≫のメンバーにミキリの呪いのことを話していない。
知っているのは俺と当事者、そしてトドロキさんだけだ。
「私は大丈夫です」
不服そうな視線をこっちに向けてくるアンダーヒルをスルーして、
「アンダーヒルはここに来る直前にシングルで『多様生物変幻体』と闘ったばかりなの。連戦はさすがにマズいわ」
俺がそう言ってやると、アンダーヒルがくっと息を呑む音が聞こえる。言い返せないのだ。シングル後の連戦なんてモンスターを相手にする時はタブーだからな。VRMMOの特徴として、数値上でスタミナは満タンでも目に見えない疲労というものがあるのだ。
刹那は少しも考える様子を見せず、アンダーヒルを見据えて、
「アンタ、いきなり『シイナたちと合流しました』とかメッセージ送ってきたくせに、なんでシングルなんかやってんの……? 多人数でやらなきゃ意味ないじゃない。アンタは休むこと、コレ決定事項ね」
刹那が決定事項と言ったら、覆ることはほぼありえない。
アンダーヒルもそれがわかっているからか、黙りこくってしまった。
「他にシングルをやったのは?」
「シイナとリコです」
「じゃ、アンタらも欠場ね」
刹那の独断判決が飛んでくる。
「ちょっ、あれは潜航機と一緒だったからシングルじゃないし、連戦じゃない!」
「プワソン? 魚座?」
「コイツ」
パンと手を叩くと、『掘式急襲型潜航機』が刹那の足元から頭を出す。
「キャッ……何、コイツ」
「第十二演習場で鹵獲した。あ、そうだ。ネアちゃんに直してもらおうと思ってたんだった」
ネアちゃんに修理(?)をお願いして、プワソンにジッとしてるように命令すると、
「とにかくコイツと一緒だったからシングルじゃない。普通に行ける」
「戦闘後、シイナは気を失いました」
もうただの腹いせですよね、アンダーヒルさん!!!
「はい、アウトー」
再び独断判決が下された。




