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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第三章『機甲の十二宮―道化の暗躍―』
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(22)『断る理由がない』

「なあ、アンダーヒル」

「何ですか、シイナ」

「さっきの――」


 ヒュッ――ガンッ!!!


「ッ痛ッテェッ! 違うって! スキルの方だよ! あんなスキル初めて見たからそれについての説明はないのかって!」


 と【コヴロフ】で殴られた肩の辺りをさすりながら抗議すると、


「紛らわしい言い方をしないで下さい」


 俺が悪いみたいに言い返してくる。


「別に紛らわしくないだろ! 普通に『さっき』って言っただけだし!」

「あのスキルは――」


 無視かよ。


影魔種(シャドウ)の種族特有スキルです。あの姿を人に見せたのは初めてですから、FOでもあなたが初めてだと思いますよ。よかったですね」


 いつも聞き取りやすいアナウンサー喋りのアンダーヒルにしては珍しく、早口でそう言い切った。


(俺との会話を早く切り上げたい……って感じか。アレが取り繕わない素の表情だってコトなら……そりゃそうだろうな)


 今までの約九ヶ月間の付き合いを多少なりとも傍観している観察者がいたとするなら、既に常識にまで確度が昇り詰めているだろうが、アンダーヒルは執拗に、病的なまでに自分を隠そうとする癖がある。自分のことが知られるのを怖がっている感じだ。

 実は少しだけトドロキさんから聞いたことがあるのだが、アンダーヒルは以前、同じ諜報部を名乗るトドロキさんにだけ、『忘れ得ない過去の過ち』などとその理由を漏らしていたらしいのだ。

 単純に解釈すればリアルの方の問題なのでまったく見当もつかないのだが、トドロキさんは『強迫観念っちゅうやつやな』と意味がわからない言葉で表現していた。


「何を考えているのですか?」


 他のやつにはまだわからないかもしれないが、アンダーヒルのその声は刺々しさを含んでいた。


「私について考えるのはやめてください」

「まだ何も言ってないだろ」

「ではもし私のことを考えているのなら、すぐにやめてください。気にかける必要はありませんし、気にかけている余裕もないはずです。あなたはただ(ハカナ)さん、そして刹那のコトだけを考えていればいい」

「…………なんで刹那の名前が出てくるんだ?」


 (ハカナ)、というか≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫のコトを考えるのはわからんでもないが。

 しかしアンダーヒルはため息を吐くと、


「そんなことばかりを言っているから『人間の心がわかっていない』などという噂が立つのです」

「そんな不名誉な呼ばれ方はしてねえよ。なんだよ、その言い方。まるで俺が人間じゃないみたいな……ってちょっと待て、立ってるのか!?」

「私は情報を偽りません。確たる証拠を確認した情報に限り、他者に対して公表します。例外は……ありません」

「噂の出どころは?」

「言いたくありません」


 なんでやねん。


「そろそろ管制タワーも近い。媚薬の効果も切れる頃です。二人を起こして下さい」


 以降、アンダーヒルは喋らなくなった。

 仕方なく、少し後ろを歩いていた激情の雷犬(エクレール・ラルム)の元まで歩み寄り、リコの肩に手を伸ばす。


 ガシッ。


「ッ!」

「騒ぐな、シイナ」


 リコの方から先に手首を掴んできたかと思うと、無声音でそう囁いてきたのだ。


「お前、起きてたのか?」


 こちらも無声音でそう返すと、


「演習場を出た辺りからな。薬効がつらくて動くに動けなかったが、話は聞いていた。アンダーヒルの様子がおかしいのはシイナのせいだろう。私の寝ている間に何があったんだ。詳しく話せ」

「なんで俺のせいになる」

「貴女のことだからな。おおかた2人きりになったのをいいことに情事に及ぼうとして機嫌を損ねたのだろう?」

「とりあえずお前の中の俺の印象について色々と問いただしたいところだが、それ以前に人の話を聞け」

「ならば聞こう」

「アンダーヒルが――」


 ちょっと待て。

 本人が忘れろと言っていることを俺が勝手に言っていいわけじゃない。

 俺1人でなんとかできるとは思わないが、リコがそのテの問題に向いてないのは承知している。

 大雑把で細かいことを気にしない直球な物言いしかできないリコだ。

 正面からの押し込みで無理やり矯正しようとか考えかねない。


「どうしたんだ、シイナ。すぐに話せ」

「あ、いや……悪い。お前には言えない」


 俺がそう言うと、リコはショックを受けたような哀しげな表情になった。


「…………それは私の向こうに人が、人の心がないからか?」


 おそるおそるという調子でそんなことを訊いてきた。


「……は? いや、違う。アンダーヒルに忘れろって言われたから、()()言えない、って意味だ」

「あ、そ、そうか。それならよかった。原動力供給機関が止まるかと思ったぞ」

「いや、心臓だろ。それよりいちごちゃんを起こしといてくれ。すぐ刹那たちと合流だからな」


 リコはうなずいて、いちごちゃんの頬を立てた指三本で叩き始める。軍隊方式の気付けのやり方だ。

 目を覚ましたいちごちゃんの『大丈夫ですかお姉様攻撃(ハグ)』を(かわ)(かわ)せずしている内に、坂の一番上に不機嫌そうに腕を組む刹那の姿が見えてきた。その後ろにネアちゃんも立って手を振っている。


「遅いッ!!!」


 声でけーな。まだ百メートル以上離れてるのに普通に聞こえてくるぞ。隣のネアちゃんなんか思わず耳塞いでんじゃねーか。

 とりあえずこれ以上刹那の機嫌を損ねるのもアレなので、早足で坂を駆け上がる。


「なんでこんなに遅いのよッ!」


 一時間近くかかったとは言え、二つクリアしてきたのに。

 どう釈明しようかと迷っていると、アンダーヒルが大きく頭を下げ、


「申し訳ありません。私のせいです」


 そう謝った。


「……ならいいわ」

「いいのかよ!?」


 何故か頬を赤く染めた刹那がアンダーヒルから目を逸らし、人差し指で頬をカリカリとひっかきながらそう呟く。


「アンタも文句ばっか言ってるんじゃないわよ、バカシイナ」

「いや、文句言ってるのはお前だけ!」

「うっさいわね。いいからMPポーション寄越しなさいよ!」

「なんで俺なんだよ!」

「くれないの?」

「あげるけどさ……」


 断る理由がない。

 大人しくアイテムウィンドウからMP中回復のポーションを取り出し、五つほど刹那に手渡す。


「ケチ」

「いい加減キレるぞ?」


 ネアちゃんにも五つ渡すと、アンダーヒルが恥ずかしそうに手を差し出してきた。


「その……私にも異常回復のポーションをいただけませんか?」


 アンダーヒルが人を頼るなんて珍しいな、と思いつつも、同じように異常回復のポーションを5つ手渡す。


「ありがとうございます」

「なにモタモタやってんのよ。まだ四つも残ってるんだから!」


 呼び出したのお前じゃねえか、と俺は言いたい。

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