(19)『多様生物変幻体‐カプリコルヌ・クレアシオン‐』
第十演習場担当自律兵器『多様生物変幻体』
ドロドロとしたスライム状のそれが縦横無尽に動き回っているのを見た途端、
「私がやります」
その静かなる眼から迸る殺気を隠そうともしないアンダーヒル様は【コヴロフ】をローブから抜きながらそうおっしゃった。
(え……ナニ、この修羅場展開……!)
あのモンスターの何が気にくわなかったのかは皆目見当もつかないが、一人でやると言うのなら止めておいた方がいいだろう。
ちなみに未だ目を覚まさないため戦力外のリコといちごちゃんはケルベロス(激情の雷犬モード)の背に乗せて運んでいる。
そしてプワソンこと掘式急襲型潜航機は先の戦いで負傷(故障)している。【死骸狼の尾】で蘇らせたモンスターは回復魔法でしか回復できないのだ。
「俺もやるよ」
回復を済ませた俺がアンダーヒルにそう提案すると、ふるふると首を横に振って、
「ダメです」
「なんでだよ」
――はぁ……。
(ため息を吐かれた!?)
アンダーヒルはローブの下からもう一方の手も出して、その手をゆっくりと上に挙げていき――ぐにゅっ……。
「んっ……うっ……!」
俺の胸を思いきり掴んだ。
その瞬間、再び身体に電気が走り、瞬く間に身体の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
「はぁ……いきなり、何……を……」
「内孕機の媚薬がまだ効いているのはわかっています。その状態で戦えるのですか?」
「アイツに触られなければ……たぶん大丈夫なはず、だから――」
――はぁ……。
(ため息リターンズ!?)
アンダーヒルはプチショックを受ける俺の前にしゃがんだかと思うと、
「本当に、ですか?」
早撃ちの動作で俺の太ももから【大罪魔銃レヴィアタン】を引き抜き――グッ。
「んぁっ……!」
銃把を腿より内側に的確に押しつけてくる。
「わ、わかった……わかったからやめてくれッ、アンダーヒル」
たったの数秒で俺はギブアップした。
今の今まで触れないようにしていた部分、まさかアンダーヒルがこんなことをするとは思わなかったが、この感覚に堪え続けるのは俺には無理だ。
「はぁっ……はぁっ……」
「あなたはここで待っていてください、シイナ。今のあなたにこれ以上戦力的価値を見出だすことはできません」
アンダーヒルはベルトに【レヴィアタン】を戻すと、
「余計なことはしないで下さいね」
対応策に頭廻らせていた俺に釘を刺す形でそう言い残してゲートを抜けて中に入っていき、同時にゲートが上から下り始める。
一瞬今の内に中に入れば、とも考えたが、完全に腰砕けになってしまい、力が足にうまく入らない。力を込めても、ガクガクと震えるばかりで立つこともままならないのだ。
(ちくしょう……次会った時、絶対ぶん殴ってやるからな、魑魅魍魎……)
そこでふと思い付いた。
慌てて武器のボックスウィンドウを開いて目当てのモノを探しだし、
「アンダーヒル!」
声をかけ、閉まりかけていたゲートの隙間からオブジェクト化したソレを投げ入れる。アンダーヒルは振り返り、地面を少し滑って止まったその剛大剣をおもむろに拾い上げた。
「十二の演習場にいるモンスターはボス扱いじゃないから、それが使えるはずだ!」
ガシャン――と金属音が響き、ゲートが閉まった。
「『アンダーヒル』殿ハ一人デ大丈夫ナノカ、我ガ主ヨ」
「大丈夫なわけねーよ、強がってるだけだ。一番得意の狙撃を抑えなきゃいけないんだからな……。ケルベロス、悪いけど俺をゲートの方に押しやってくれ」
「構ワンガ……何ヲスル気ナノダ?」
「何もしないし、できねーよ。アイツの戦いを見ててやることしかな……んっ、馬鹿、爪立てんな……」
「立テテイルツモリハナイノダガナ。オオカタ催淫剤デ感覚ガ過敏ニナッテイルダケデハナイノカ?」
「わかってるけど現実直視したくないからせめて媚薬って言ってくれ」
中身同じだけども。
隠語にすらなっていないけれども!
ケルベロスの助け(?)を借りてなんとか格子状のゲートに這い寄ると、肩を寄せるようにもたれ掛かり、アンダーヒルの後ろ姿を見守る。
「多様生物変幻体……か」
スライムはアンダーヒルに気が付くと、無作為な動きをやめて、グググと身体を持ち上げながら近寄ってくる。
その間にアンダーヒルはウィンドウを操作し、渡したばかりのソレが一度消え、再び彼女の背中に現れた。装備したのだ。
変幻体はアンダーヒルの前に来ると、ドロッと口を開けるように前面の一部が地面に滑り落ち――オオォォォォォォォオンッ!!!
(ってアレで吠えるのかよ……!)
大気を震わせる【衝波咆号】にアンダーヒルの身体がビクンッと震えた。
そして次の瞬間、変幻体はバスカーヴィル同様膨れ上がるように姿形を変化させた。リアルに忠実な造形の北極熊だ。
グォオオッ! と吼えた変幻体は未だ身体が硬直したままのアンダーヒルを太い前肢で吹っ飛ばした。
空中に投げ出されたアンダーヒルだが、途中で硬直が解け、不自然な動きで受け身を取り、四肢で着地する。
「今ノハオソラク【武猫息災】。猫ノヨウニ空中デ受ケ身ヲ取ル『戦闘スキル』ヲ発動シタヨウダナ。イイ判断ダ」
「お前はいつ解説役にシフトしたんだよ。しかも上から目線の」
しかもわかってる俺には要らないし。
「初登場ダカラナ」
「意味わからないけどなんか危うい気がするからその台詞却下!」
閑話休題。
再びスライム状に崩れた変幻体は続けて大ヤギの姿に変化すると、角を振りかざしてアンダーヒルに猛突した瞬間――ガァンッ!
【コヴロフ】から放たれた12.7×108mm弾(アンダーヒルが結構な頻度で教えてくれるので憶えた)が、ヤギの頭の向かって右半分を吹き飛ばした……!
(容赦ねぇ――――!!!)
秒速九百メートルで飛んでくる大口径弾の持つエネルギーを頭部にモロに受けた変幻体は後ろにひっくり返り、再び巨大な虎に姿を変えて起き上がった。
ガァンッ!
途端に頭部を吹っ飛ばされた。
(アンダーヒル、マジパねぇ……)
彼女はミキリの【受呪繋ぎ】によって狙撃する度、つまりスナイパーライフルを撃つ度に心臓に幻の痛みを感じているはずなのだ。それなのにここから見ている彼女の動きに一切の躊躇いはなかった。
二度にわたり身体の一部を消し飛ばされた変幻体は連続身体欠損の怯みモーションで動きが止まった。
そしてアンダーヒルは【コヴロフ】をローブの中にしまい、駆けた。
変幻体との間を詰めて、背中の剣を抜き放ちただ一言――スキルの発動を宣言した。
「【黄昏の神触感染】」




