(18)『全兵装解放-フル・バースト-』
(相変わらずクソ重いな、この剣は……)
今さらなことを考えつつ、伸びてくる触手を回し蹴りで躱し、回転を利用して振った王剣を追撃の触手に叩き込む。
ゴギンッ。
痛々しい破砕音と共に比較的細めだった触手の先端が大きく抉れ、捻じ切られた部分は放物線を描いて池の中に落ちていった。
シュルルル――バシンッ!
(しまっ……!)
王剣に一本の触手が巻きつく。生体だったら少しずらすだけで切ることができただろうが……。
「ちっく、しょっ!」
ガンッ!
巻き付けられた触手ごと、王剣を思いきり地面に叩きつけると、刃と地面に挟まれた触手はほぼ等間隔で細切れにされてのたうち回る。
切られた破片まで動いてるぞ。キモい。
邪魔な破片を切ってはよける包丁みたいに池に落とすと、王剣にドロドロの粘液がへばりついている。キモい。
長さが半分になった触手は他の触手を王剣で捌いている内に、動かなくなっていた。
そして八本あった触手が半数になり、相手のライフが三割を切った時だった。
突然、紫色だった粘液が薄いピンク色に変化した。それと同時に無駄にメタリックカラーなタコヘッドが瓶の口から現れ、のそのそと動いて這い出してくる。
生ダコをそのままサイボーグ化したような輪郭の、内孕機はそのままヤドカリのように瓶を背中(?)に背負う。
「怒った……ってことかな?」
機械に怒る云々の感情があるかどうかは別として、この変化はヤツのステータスを大きく変えているはずだ。
内孕機が残りの触手を振り上げて怒りモーションをしている内に王剣を地面に立て、すぐに【大罪魔銃レヴィアタン】を装備し直す。
そして水銀滴のような光沢の頭部に狙いを定め――パァンッ! と早撃ちを放つ……!
バシュッ。
銃弾は内孕機の頭を貫通し、ライフがこれまでとは桁違いに減少する。少なくとも頭部の物理攻撃耐性はかなり低い値のようだ。
攻撃パターンも読めた。
王剣で触手の猛攻を捌き、隙を見て【レヴィアタン】の早撃ちを頭部に撃ち込む、を繰り返す。
(残弾二発……足りないか)
少なくとも二発、いや、一発のリロードが必要だ。
そろそろ掘式急襲型潜航機の動きが鈍っているのもカウンターのいいのをいくつか貰ってるからだ。いつやられるかわからない。
(リロードのためのスキをどうやって作るかだな……)
背後には通ってきた橋があるが、そこに行けば間違いなく追い詰められる。となればヤツの周囲を回りながらリロードする以外手はないだろう。
「善は急げっ」
パンパァンッ!
二発続けて撃った銃弾は狙い通りに触手の間をすり抜け、頭部中央に着弾。内部を貫通し、背後に消えていった。
そしてすぐに動く。潜航機にも右回りに回るよう指示を飛ばし、触手を躱しながら撃鉄を半起こし状態にしてローディングゲートを開く。
カランッ、トプッ――。
逆さにしたリボルバーから空薬莢が落ち、一回バウンドして池に落ちた。
そして取り出した一発の銃弾を――シュルルルッ、ベチャッ――!
(冷てッ……)
左の太ももに触手が絡み付いた……!
「しまっ――」
シュルルルッ!
足に気を取られ、走る体勢が崩れた隙に右肩にまで絡み付いてくる。
「くそっ、ここまで来――」
――ドクンッ――
「――て……?」
何だ、今の感覚は。
心臓がおかしい。【バスカーヴィル】を抜いた時のような瞬間不整脈じゃない。
これは……動悸? 心臓の脈拍が激しくなっているのだ。
「……あに……こぇ……」
呂律が上手く回らない。
一度も感じたことのない感覚に戸惑いを隠せない。
「はぁ……はぁ……」
身体中から力が抜け、沸々と熱くなってくる。
ドスンッ。
【レヴィアタン】が手を抜けて、地面に落ちる。
(熱い……身体が……動かない……毒……、まさかこの粘液……毒なのか……?)
頭の中をメチャクチャにかき回されているような感覚。身体中に走るピリピリとした痺れのような刺激。
シュル……。
右足にも足先から這い上がるように触手が絡み付いてきて――ビクッ。
身体が震えた。
左肩にも同じように四本目の触手が絡み付き、ビクッビクンッと反応を返した。
「あの……ヘンタイ……っくそ……!」
胸部・下腹部が熱い。身体中から汗が吹き出してくる。体験したことがなくても、想像ぐらいはつくというものだ。
(俺でよかった……あの魑魅魍魎……媚薬を……)
肌の摩擦が気味の悪い電流になって身体を襲う。
(も……ダメだ……)
視界が歪む。涙でも出ているのだろうか。それとも汗……?
今にも気を失いそうだ。
何か芯が要る……。正気を保つための強い感情の元となる芯が。
そして脳裏に浮かんだのは――。
(あぁ……ちくしょう、わかってるっつーの……)
結局、『彼女』のことだった。
「潜航機……全兵装解放……!」
それだけを口に出し、薄れゆく視界の中で――バシュッ! と何かが消し飛ぶ音だけが聞こえた。
「……大丈夫ですか?」
目を覚ますと、曇天の中にアンダーヒルの顔だけが映った。
「……よっ」
「よっ、ではありません。あまり無茶をするのはやめてください」
「無茶をしたつもりはないけどな……」
おかしいのはあいつの特性の方だし。
視界の上端に映るライフゲージが半分ちょっとまで減っているのを見て少し安心し、その隣に映るハートマークのアイコンに激しくイラッとした。
「デッドエンドは回避できています」
「そこは『よかったです』とか『安心しました』とか付けるべきトコロだろ……あー、首を傾げるな」
やっぱりコイツはわからん。
変な薬の効果はどうやら薄れていくタイプのようで、若干の妙な余韻は残っているが、動けないというほどではない。
「リコといちごちゃんは?」
身体を起こしつつそう訊ねると、
「あの二人でしたらそこに」
と俺の隣を指差す。
「………………何があった?」
そこには並んで目を回している二人が倒れていた。
「説明ですか。端的に言えば潜航機の全兵装解放で内孕機が倒れ、ゲートが開きました。そしてあなたを助けるため、彼女たちは私の制止を無視してあなたに駆け寄り、内孕機の足につまずいて転倒。身体前面で彼の粘液と接触しました」
「いや、馬鹿だろ」
ナニそれ。ミイラ取りがミイラじゃないけど、少し気を付ければ済むことだろ。
「より正確に言うならばいちごタルトが先に転び、リコを巻き込みました」
「馬鹿いちご、コラ――――ッ!」
ナニ、アイツ!? 何がしたいの!? ここで改めてドジッ娘属性でも増やす気なの!? と心の中でひとしきりツッコミを入れつつ、アンダーヒルの説明の続きを促すと、
「あまり見苦しいことになるのはよくないと思い、薬物の効果が表れる前に【刻蹄鳩尾】を用いて二人を昏倒させました」
「うん、ナイス・フォロー。なんかアレだな。≪アルカナクラウン≫で誰か一人をパートナーにするならやっぱりお前だな」
的確なところで適切に動いてくれるし、頭はいいし、博識だし、それなのにたまに誰でも知ってるようなことを知らない辺りとかは可愛げがあるし、という旨の台詞を並べていったところ――。
「やはりあなたは『失礼な人』ですね」
とわずかミリ単位の微笑みを浮かべた。




