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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第三章『機甲の十二宮―道化の暗躍―』
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(16)『潜航型巡航戦車-ラ・プランジェ・シャール-』

人並み外れた隠者の少女も年相応に物を思う。

その不思議な思考、その情報が秘めた力にまだ彼女は気付いていない。

「起きましたか、シイナ」

 

 意識が浮上してくると、同時に頭上から穏やかな声が聞こえてきた。

 一呼吸程の時間重く感じていた(まぶた)を開くと、その視界にこちらを見るアンダーヒルの顔が上下逆さまに映り込む。左目以外が黒い包帯で隠されたいつもの様相――――だが、その左目は少し潤んでいて、包帯の隙間から覗く肌もわずかに赤みを帯びていた。その目と目が合った瞬間、失神する直前の光景が鮮明に脳裏に蘇り、思わず呑んだ息を細くゆっくり静かに吐き出す。

 そして、どきどきと高鳴る心臓を落ち着けるように意識しながら口を開いた。


「……どのくらい失神し(オチ)てた?」

「えっと、一分程です。その……」

「そんなもんか……っといちごちゃんは?」

「あ、彼女はまだ目を覚ましていません。あの、それで――」

「そりゃありがたいな」


 心なしか歯切れの悪い言葉を遮り、いつになく近い距離感のアンダーヒルに手のひらを(かざ)して頭を上げさせると、頭の下の心地良い柔らかな感触――膝枕のことを意識から外すように上体を起こす。周囲を軽く確認すると、いちごタルトはさっき最後に見た光景と同じように地面に薙ぎ倒されたまま放置されていた。どうやらまともに介抱されたのは俺だけのようだった。

 俺が自分の身体のチェックを終えて再びアンダーヒルに視線を戻すと、膝枕のためだろう、足先を崩すような正座――所謂女の子座りをしていたアンダーヒルはそそくさと居住まいを正し、そして待っていたとばかりに深く頭を下げた。


「先程はすみませんでした」

「……まあ、気にしてるとは思ってたけど、普通にびっくりして手が出ただけだろ? お互い事故みたいなものだし、気にするなよ。流石にいちごちゃんのあれは予想できないし。だから顔上げてくれ」

「しかし、いくら我を忘れたからといって、非のない貴方にまで危害を加えたのは過剰な反応ですから、安易に許されるべきことではありませんし……」


 アンダーヒルは顔を上げたまではいいもののその目は伏せたままで、普段の鉄仮面は何処へやら、明らかにしゅんとした落ち込みようが直っていなかった。

 この女、理性的な判断の上で仲間に銃を向ける時には結果も含めて自分の責任だからと悪びれもせずに実行するくせに、単なる過失となるとここまで殊勝な態度になるのが未だに騙されたような気分になる。

 だが罪悪感という点では事故と言えど、アンダーヒルの半裸を見てしまった俺の方にだってあるのだ。そこのところを汲んで欲しいものだが、今の彼女は普段の洞察力を失っているようなものだし、それを要求するのも酷な話だろう。


「まあ、気になるのなら貸し(イチ)で今度どっかで付き合ってくれたらそれでいいよ」

「……それでいいのですか?」


 アンダーヒルは俺の目をまっすぐ見つめ、静かに(つぶや)くようにそう言った。


「それでお前の気が済むなら大歓迎だよ、アンダーヒル」

「……わかりました。では、その時が来ましたらよろしくお願いします」


 今度は浅く頭を下げたアンダーヒルは再び顔を上げるとようやくいつもの調子を取り戻したようで、すっと立ち上がり、いちごタルトの介抱に手を付け始める。


「そういやリコは?」


 いちごタルトの顔をペチペチと叩いて気付(きつ)けをするアンダーヒルから目を逸らしつつ、試験場の区画内の正方広場(スクエア)に視線を遣る。

 表面上――地面より上は何の動きもなく静かなものだが、恐らく地下では激しい戦闘が繰り広げられているのだろう。時折地面すれすれの高さにちらちら現れる掻潜の水色プワソン・パルミュール体力表示(ライフゲージ)バーを見るに、リコもそろそろ詰めに入っているようだ。


「シイナ、こちらに」

「ん?」


 呼ばれて振り向くと、アンダーヒルはいちごタルトの身体を仰向けに寝かせ直して俺に手招きしていた。そして、何となく嫌な予感を覚えつつも歩み寄ると、


「いちごタルトをお願いします」

何故(なにゆえ)?」


 俺はその場に座らされ、今度はいちごタルトに膝枕を提供する側になっていた。


「貴方はいちごタルトに慕われているようですから、ちょうどいいと思いますが」

「慕われてる理由もわからないから微妙に困るんだけどなぁ」


 何にちょうどいいのかは訊けなかった。


「ミキリにも(なつ)かれていましたし、やはり母性でしょうか。私ももう少し……」


 アンダーヒルは俺の胸をじっと凝視しながら呟くと、対比するように自分の胸元に目を落とし、まるで確かめるように手で押さえる。

 気付いていない辺り本人は無意識なのだろうが、そういう無防備な動作はさっき見た光景を思い出してしまうから控えていただきたい。

 そんな俺の願いも虚しく、数秒静止して俺の胸を観察していたアンダーヒルは不意に視線を下ろし、俺の左腿をチラッと見た。


「そう言えば、貴方もドナドナも、いちごタルト本人も同じ拳銃使い(ハンドガンナー)ですね」

「ドナ姉さんもそうなのか。ハカナ、と同じで剣士のイメージ強かったけど……っていうかそんな物騒な理由の姉妹認定は嫌だ」


 うっかり[(ハカナ)]の名前を口走った口を誤魔化すように手先で隠すと、急に俺の身体が揺れたせいか、膝の上のいちごタルトが「んぅ……」と小さく声を上げた。


「あれ……シイナ……?」

「起きたのね、いちごちゃん」


 うっすらと目を開けたいちごタルトに急に名前を呼び捨てにされてドキッとしたが、急に動かれないようにその額にさりげなく手を添えながら、すぐに口調を取り繕って声をかける。


「シイナお姉様……えっと……?」


 余程いい横薙ぎ(スイング)が入っていたのか、いちごタルトはまだ混乱しているようで、寝転がったまま周りに視線を遣り――――驚いたようにパチッと目を見開いた。


「お姉様!? シイナお姉様のお膝枕っ、あああっ天国(ヘブン)? ここは楽園(パラダイス)ですの、シイナお姉様! あつッ……」


 爆発的にテンションが跳ね上がった途端、いちごタルトはビキッと引き攣ったように動かなくなり、その身体が強張ったまま再び俺の膝に体重を預けてくる。


「いっっったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」

「だよねぇ」


 念のため額を押さえていて良かった。

 左の脇腹を抑えながら静かに悶えるいちごタルトも流石に意識が飛ぶ前のことを思い出したようで、脇に立っていたアンダーヒルを涙の潤んだ目で睨み付ける。その目では視界がぼやけて見えてはいないだろうが、俺の時とは違ってアンダーヒルの表情は実に淡々としたものだった。


「大丈夫ですか、いちごタルト」

「大丈ッ……夫なわけ……ッ」

「大人しくしてなさい、いちごちゃん」

「シイナお姉様ぁ~」


 叫ぼうとお腹に力を入れると脇腹が痛むらしく、涙目で訴えてくるいちごタルトの泣き言をはいはいと(なだ)(すか)しながら、俺は自分のアイテムウィンドウから探し当てたポーションをいちごタルトに手渡した。


「はい、これ痛み止め(ペインキラー)

「シイナお姉様優しい……あ、これいちご味……お姉様の愛……」


 たまたまだよ、いちごちゃん。

 無駄に感激したような表情で痛みを和らげるポーションを飲み終わったいちごタルトは自身の身体を確認し、アンダーヒルにびしっと指を突きつけた。


「絶対に許さないのです、この変態露出ストーカー女!」

「シイナの膝枕に甘んじている身でよく言えますね、いちごタルト」

「こんなラッキーチャンスをみすみす捨てられ……あっ!?」


 俺がいちごタルトの両肩を持ち上げるように上体を起こしてあげると、いちごタルトは絶望を知ったような表情で振り返る。それに対しても俺がこの身体(アバター)になってから覚えた対外向きの完璧な微笑み(スマイル)で応えると、いちごタルトは目元に浮かぶ涙を苦しそうに(ぬぐ)って立ち上がり、再びアンダーヒルにびしっと指を突きつける。


「大体いきなりぶん殴ってきたくせに、どうして謝罪がないんですかっ!」


 完璧な八つ当たりである。


「正式な布告もなしに先制攻撃を加えたことは謝罪しても構いませんが、それ以前に貴女(あなた)にも非がある自覚がありますか?」

「うぐっ……乙女(おんな)同士でどうせ気にすることでもないでしょうに……」

「それは私が決めることです」

「シイナお姉様ぁ!」


 いちごタルトはまたも泣き言を言いながらこっちを振り返るが、彼女にも非があるのは同意見であり、返せるのはこの鉄壁のスマイルだけだった。

 それにこの様子、おそらくいちごタルトは自分だけでなく俺も殴られて昏倒していたことには気付いていないのだろう。アンダーヒルも蒸し返すつもりはなさそうだし、この場の誰も得をしないから俺もわざわざ主張するつもりはないが。

 結局のところいちごタルトもうまく反論できないのは自分が悪い自覚があるからだろう、と俺もアンダーヒルもそれ以上詰めることはせず適当にあやしながら待っていると、それから三分と経たない内に激闘の第十二実機試験が終わり、目の前でジジッと干渉音を立てた隔壁(ウォール)が消滅した。


流石(さすが)に疲れたぞ……」


 当然のように勝利を納めたリコは、電池が切れたように動かなくなった魚雷のような姿の自律兵器――掻潜の水色プワソン・パルミュールを区画外まで引きずりながら凱旋した。


「損耗は?」

魔力(MP)気力(SP)だけだ」

「流石って言うよりドン引きするレベルね」

「何故だ!」


 ノーダメって、コイツどんだけ一方的に蹂躙したんだ。

 いちごタルトも隣で息を呑む程驚いているが、実際中ボス相手と言えどこの泣く子も黙る最難関フィールド――――巨塔ミッテヴェルトで『流石に疲れた』レベルの消耗だけで済ませていい所業ではないのは確かだ。

 リコはその反応で少し気を良くしたのか、決まったとばかりにドヤ顔で胸を張る。さっきそんな話をしていただけに、つい自分とリコの大きさを比べてしまったことは本人には秘密にしておこう。


「一人で戦ったのは随分と久しぶりだったが……所詮、モンスターはこの程度か」

「こら、勝手にそんなの拾ってきちゃダメでしょ。戻してきなさい」

「何を言っている、シイナ。使い勝手がいいだろうと思ってわざわざ損傷を抑えて獲ってきたのだ。さっさと()()しておいてくれ」


 予想はしていたものの、実際にその単語を聞かされて思わず溜め息が漏れる。

 リコが言っている“鹵獲”というのは、【死骸狼の尾(フェンリルテイル)】というスキルのことだ。

 その名からもわかる通り、俺が今も身に着けている、黒いビキニタイプのインナーと灰色の狼の毛皮を持つ部分装甲を組み合わせた露出多めの毛皮鎧(ファーメイル)装備〈*フェンリルテイル〉一式装備の付加スキルで、各フィールドで一度しか使うことができないが、倒したモンスターの死骸に魔力(MP)を注ぐことでそのモンスターを蘇生して自身に隷属させる。文字通り、強力なモンスター“鹵獲”スキルだ。

 難点があるとしたら、俺が持っているユニークスキル【(ゼロ)】を使った瞬間に蘇生したモンスターが即死してしまうこと。そして、そのフィールドを出る時には何れにしても再び屍骸(むくろ)に戻ってしまうことの二つだろう。

 つまり、俺の場合、どうしてもこのスキルで呼び戻したモンスターに愛着が湧いてしまうのだ。リコや刹那には『優しすぎ』なんて言われたりもするが、こんなもの簡単に割り切れるものでもない。結果、あまり使わないようにはしているのだが、有用なスキルである以上は周りから『シイナ、鹵獲』と二単語で要請されれば使わざるを得ない。今回は機械系だからまだ傷は浅いだろうが、生身の動物系なんて想像するだけでしばらく気が滅入る。

 意外なことに、今のところアンダーヒルだけは俺に“鹵獲”を強要したりしたことがない。もっとも、俺のそういう心情をわかってくれているのか、あるいはただ単にそこまでの必要性を感じていないだけかはわからないが――――そんなことを考えながら何の気なしにアンダーヒルに視線を向けていると、彼女の視線がふっと正面の空中を注視した。


「刹那たち?」

「……よくわかりましたね」


 アンダーヒルは空中に指を差し出して、何かを細かく叩き始める。


「あちらも大筋は問題なく、無事なようです。既に第二試験場の角突の白色(トロー・シャルジュ)を含め、第四試験場、第五試験場で合計三体の敵を片付けているようです。魔力(MP)ポーションの在庫が心許(こころもと)ないため合流する、と」

「こっちは四人でやってたのに、同じ数を二人でやってたのね。流石というかなんというか。それで二人は何処で合流するって?」

「『アンタたちが何処にいるかわかんないから第六試験場の前に来てって言ってもいいけど、仕方ないから公平にしてあげるわ。中央の管制タワーの一階で待ってるから、五分以内ね』」


 前半いらねぇ。

 しかもほとんど譲歩する気がない提案だ。第六試験場と管制タワーは目と鼻の先、100mもないだろう。それに対して、今俺たちがいる第十二試験場はタワーから坂を延々下って三つ目の広場だ。その間には第十、第十一試験場も残っているような距離だ。普通に走って直行したとしても五分ではまず間に合わない。


「ちなみに、今からタワーに五分以内はかなり厳しい時間設定です」

「そこで冷静に状況分析をしてらっしゃるアンダーヒルさん。厳しいどころじゃないよ? どう見積もっても十分はかかるよ? しかも登り坂だよ? ここで先に管制タワーに行ったら十、十一試験場攻略するのに戻るから二度手間だよ?」

「それでは第十・第十一の攻略を兼ねて向かうことを伝え、時間設定変更の交渉をしてみましょう。重ねて忠告しますが、口調が乱れていますよ」

「このクールビューティ気取りのストーカーに何を言っても無駄だと思うですよ、シイナお姉様」


 いちごタルトの溜め息混じりの呟きに思わず釣られそうになり、咄嗟に口を(つぐ)む。

 仕方ない。アンダーヒルが刹那と交渉している間に“鹵獲”を済ませておくか。


「……吉と出るか凶と出るか」


 改めて覚悟を決めつつ、掻潜の水色プワソン・パルミュールの死骸の上に右手を(かざ)す。


「【死骸狼の尾(フェンリルテイル)】、対象(ターゲット)潜航型巡航戦車ラ・プランジェ・シャール掻潜の水色プワソン・パルミュール〕」


 スキルを発動すると、手の中にふわりと狼の尻尾を象った光の束が現れる。

 死を司り死を弄ぶ魔獣――死骸狼フェンリールに連なる魔力を与えることでその命を蘇らせて眷属とする、そんな設定に基づいた霊装系のスキルオブジェクトだ。

 手を放すと、ふわふわと羽根が落ちるように宙を泳いだ光の束がゆっくりと直下にある掻潜の水色プワソン・パルミュールの銀色の機体の上に舞い降りた。


「――『魂繋ぎの霊糸(バインド・リバイバル)』――」


 起動用の符丁を口にすると、その光の束が明滅するように消え、次の瞬間には掻潜の水色プワソン・パルミュールの機体がドプンと沈み込んだ。一同黙したままそいつが姿を表すのを待っていると――


 ――たっぷり十秒は経過した。


「…………出てきなさい」


 命令を言葉にした瞬間、やっと地面が微かに揺れて銀色の金属塊が浮かび上がってきた。


「とてもシャイなモンスターのようですね」


 自律兵器(マシンナームズ)にシャイとかあってたまるか。

Tips:『符丁』


 一部のシステムの利用等の口頭制御の際に用いる識別用のコード。別名は“サイン”。全てのスキルの発動を解除する“全解除(オールリリース)”や口頭によるスキルの発動を一時的に抑止する“非発(ダド)”等の一般的なコードの他、一部のスキルの特殊なオプションの利用やスキルの効果のタイミング指定、条件指定のために用いられることがあり、該当するスキルを運用する際はそれら全てを正確に覚えておく必要がある。

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