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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第三章『機甲の十二宮―道化の暗躍―』
105/351

(13)『木っ端微塵』

人の作りし虚構の神は、罪深き地上にいながらにして天より(くだ)る神罰をその意の(まま)に冒涜する。

その神罰は彼らを貫き、その身を焦がして苛むだろう。

ただし、其処に神の怒り等介在していない。

 俺とアンダーヒル、いちごタルトの三人がほぼ同時に第一試験場の中に足を踏み入れると、今回はゲートが降りるより早く自動的に青色の光膜のような隔壁(ウォール)がドーム型に展開される。同時に円形広場の中央に陣取っていた金迷彩の装甲を持つ異形の自律兵器――〔自走爆撃戦闘機レ・ブラ・ボンバルディア散敷の金色(ベリエ・モンストレ)〕がまるで縄張りを守る獣のようにその頭部――センサーポッドを持ち上げ、俺たちを認識した瞬間にその装甲の奥から微かな駆動音が響き始めた。


「シイナ、戦闘指揮(コマンド)は任せます」

「……了解」


 ガジャコッと背後から聞こえる重い手動給弾(コッキング)音を聞き流しながらも俺がそう答えると、次の瞬間、アンダーヒルの気配がふっとかき消える。

 おそらくいちごタルトに必要以上の情報を渡さないために自分はサポートに徹する立ち回りだろうが、戦闘指揮(コマンド)には最低限相手の戦闘能力についての情報が必要だ。アンダーヒルにしてもいちごタルトにしても、それぞれ理由に違いはあれど俺の手元に必要な情報がほとんどない二人の指揮を任されても困るというのが本音である。というか、初対面のいちごタルトはともかく、未だに仲間の俺たちにも最低限の情報しか能力を明かしてないアンダーヒルからの文句は受け付けない。

 そんなことを考えつつ俺も右手に〈*群影刀(ぐんようとう)バスカーヴィル〉を実体化し、左手で〈*大罪魔銃(エヴァグリオス)レヴィアタン〉を引き抜いて素早く両手の武器を持ち変える。いつもの一刀一銃(ガンエッジ)スタイルとは逆になるが、リバーススタイルは操作精度の高い右手で大罪魔銃(レヴィアタン)を扱うことができる、射撃に重きを置いたスタイルだ。代わりに左手で扱う群影刀(バスカーヴィル)の操作精度と攻撃の威力は落ちるが、元々爆撃系(ボマー)モンスターに近寄ることはまずないから攻撃を弾くのに使えればそれでいい。


「とりあえず前衛は私がやるから、二人は両翼で後衛火力(ウィングアタッカー)頼んだよ」

「わかりました」

「一番危険なポジションを積極的に引き受けるなんて、流石シイナお姉様ですぅ!」


 相変わらず過剰に俺を持ち上げようとするいちごタルトをスルーして円形広場の端まで進むと、四肢を起こして完全な戦闘態勢に移行した散敷の金色(ベリエ・モンストレ)が俺の方に向き直り、センサーポッドの左右に配置された二つの信号灯が目のようにパッと点灯する。そして、次の瞬間、ギュイイインとその本体に巻き付けられた爆弾(TNT)付きのベルトそれぞれが一回転し、(にわ)かにその威圧感が増した。

 一番危険なポジションなのは確かだが、仮にも専業銃使い(ガンナー)二人に前衛を任せるわけにもいかないだけだ。


標的(ターゲット)三名を確認、排除を開始します。位置情報取得(ポジション・チェック)更新(リニュー)更新(リニュー)更新(リニュー)……」


 電子音声のような声で何事か喋り始めた散敷の金色(ベリエ・モンストレ)はぐぐっと身体を持ち上げ――――ボスンッ。

 空気が抜けるような破裂音と共に、本体前面の射出孔(エジェクター)から長円形の白い物体が発射された瞬間、俺は無意識の内に後ろに距離を取ろうとする足を踏み留める。今俺が後ろに下がれば、後ろにいるはずの二人を巻き込んでもろとも爆発物による攻撃の影響範囲に入ってしまう。そこを一撃で吹き飛ばされたら流石に目も当てられない。

 飛び出した長円形の物体は俺の正面20m程の位置で一度跳ね、更に何度か地面にぶつかるように跳ねながら10m程まで近付いた辺りでくるくると横回転しながら停止する。反射的に右手の大罪魔銃(レヴィアタン)の照準をその物体に合わせて追っていたものの、その挙動には拍子抜けするくらい攻撃の気配が感じられず、結局引き金にかかった指が二、三秒程硬直静止するだけに終わる。

 しかし、その直後、背後からがしゃんっとゲートを叩く音とリコの叫び声が聞こえてきた。


「シイナッ! それは煙幕弾(スモーク)だ、すぐ離れろ!」

「ッ……!」


 リコの声を受けて即座に右方向に駆ける、その瞬間、ボフッと大きな破裂音がして、瞬く間に視界がその左端から迫ってきた濃い白色の煙幕に覆われた。


「――更新(リニュー)更新(リニュー)更新(リニュー)……」


 急激な周囲の変化に心臓の鼓動が高鳴り、煙幕の奥から繰り返し不気味に響いてくる電子音声に心を掻き乱されて不安と焦りのストレスばかりが募る。


「アンダーヒル! いちごちゃん! 聞こえる?」


 攻撃を避けられるように動き回りながらその辺にいるはずの二人に声をかけると、そんな俺の声が反響しているように不自然な余韻を残してフェードアウトする。しかし、煙幕の向こうから返ってくるのはうるさいくらいに繰り返される『更新(リニュー)』の電子音声と機械系の微かな駆動音、そしてゴロゴロと鳴る上空の雲間放電とビシャーンと轟く落雷の音だけだった。それも同じように反響しているのか、音が何処から聞こえてくるのかも判別できなくなっていた。


「くそっ、どうなってんだ……」


 本来このフィールドは上空に雷雲が立ち込め、強風と落雷が絶えない悪天候の環境だ。だが、この試験場は今ドーム状の隔壁(ウォール)で周囲から隔離されていて、自然風がない以上この煙幕もしばらくは散らずに滞留してしまう。

 現状把握すらできないままでは、戦闘指揮(コマンド)どころの話じゃない。

 どっ、どさっ、どすっ。

 俺の思考が一拍遅れて索敵能力か風系の操作能力を持つ犬系召喚獣(バスカーヴィル)を模索し始めた辺りで、周りから何かが地面に落ちるような鈍い音が何度も響いた。一瞬嫌な心配も頭を()ぎったが、聞こえる音からして人体よりもっと軽い物だろう。いくら二人が小柄だからといっても、二人に何かあればその衝撃音はもっと大きいはずだ。


更新(リニュー)更新(リニュー)、TNT弾針(マイン)敷設完了」


 不意に今まで煙幕の向こうから延々『更新(リニュー)』と繰り返していた電子音声の様子が変わり、不穏な単語が耳に入る。その音声は反響し、前から、右から、下から、後ろから、至るところから聞こえてくるような気がして、何も見えない光景ばかりに視線がさ迷う。

 そして――


「導入開始」


 ――次の瞬間、激しい閃光と爆音が轟いた。

 視界が煙幕より遥かに真っ白な空間に飲み込まれ、全身を激しい痛みと衝撃が駆け抜ける。抵抗も防御も反応すら許されない速度で打ち抜かれた俺の身体は、気が付くとうつ伏せで地面に倒れていた。


「なに……が……っ」


 一瞬、何が起きたのか判らなかった。

 受けたダメージは二割程度だが、身体に力が入らない。それは痛みの余波ではなく、この込めた力が身体に伝わらないような覚えのある奇妙な感覚は何らかの効果による強制脱力の影響だろう。完全に意識を奪われていないところを見ると、強いノックバックによって“気絶(ロスト)”デバフが付与されてしまった感じでもない。

 ぼやけていた視界が数秒間かけて戻ってくると、その原因はすぐに視界の左端に映り込んだ。

 三つの雷を模したギザギザ模様のアイコン――“焦雷(バーント)”は強烈な()()による感電で付与され、強制脱力と継続ダメージが発生する強力な物理デバフだ。

 あの閃光、衝撃、身体を削られる灼けるような激痛――おそらく落雷が近くに落ちたのだろう。よりにもよってこのタイミング、と言いたいが、これはどう考えてもただの自然現象ではなかった。


「バス……カー……ヴィル…………」


 舌の根が痺れたようにうまく発声できない。その上、四肢の感覚も希薄だったから今の今まで気付かなかったが、左手の群影刀(バスカーヴィル)も手を離れてしまっていた。

 いや、落ち着け……。

 “焦雷(バーント)”デバフは強力だが、強制脱力は精々最初の数秒だけ。[DeadEnd(デッドエンド)Online(オンライン)]の追加仕様のせいで痛みは酷いが、それも所詮攻撃の余波で、この九ヶ月で何度かは体験済みだ――――立てないほどじゃない。


「っぐ……ッ! あぁぁぁぁッ!」


 痛みに悲鳴を上げる身体を雄叫びで奮い起こし、一息に力を込めて飛び起きる。同時に全身に引き攣るような激痛が走って膝をついてしまったが、今は何とか身体を起こせただけで及第ということにしておこう。


「はぁ……はぁ……」


 両腕を地面について息を整えながら、目線だけを動かして周囲を探る。相変わらず煙幕でほとんど何も見えないが、運良く左手の近くに落ちていた群影刀(バスカーヴィル)を見つけ、飛びつかんばかりの勢いで掴み取る。


「【魔犬召喚術式バスカーヴィル・コーリング】、モード〔“銀盾の霊狼(シールド・ファング)”ベオウルフ〕!」


 第三実機試験場でも世話になった銀盾の霊狼(シールド・ファング)を再び呼び出すと、同じく影から飛び出した半透明の精霊狼はずしゃっと力なく崩れ落ち、同時に俺の身体に残っていた痺れと痛みが混じったような感覚がスーッと消えていく。


主様(あるじさま)ヨ……オノレェ……」

「ごめん、ケルベロス。召喚解除(サモンリリース)


 銀盾の霊狼(シールド・ファング)はただの盾持ちというだけではない。それが召喚者に付与されている影響度五以下のデバフを自分に移し替える身代わりの特性スキル【銀盾の呪い(シールド・カース)】の存在だ。自動的――――本人からしたら強制的に発動してしまうのが難点だろうが、色々な対抗手段が足りていない今の俺にとってはスキルを発動するだけでデバフを解除できるのはかなり大きい。


「【魔犬召喚術式バスカーヴィル・コーリング】、モード〔黄泉送り狼(ブレードウルフ)〕」


 銀盾の霊狼(シールド・ファング)の姿が完全に消えるのを見届け、俺は立ち上がって再び別のモードでケルベロスを呼び出す。

 その直後、俺の足元の影から灰色毛並みの小柄な狼が飛び出し、目の前の空間を横薙ぎに食い千切るような動作と共にその口元に片刃の長剣を抜き放った。長剣を口元に横向きに咥えるように構えた堂々たる姿――巨塔ミッテヴェルトの第九十七層『黄泉送り狼の生息域ブレードウルフ・ハビタート』に生息する剣技を操る好戦的な戦狼だ。


「斬り開け、ケルベロス」

「……御意(ぎょい)


 悪かったとは思ってるから、恨みがましい目を向けるのはやめてくれ。

 召喚されたケルベロスは大きく首を曲げて振り被ると、何も言わずとも正面――そのやや斜め上の空間に向かって高速で口に咥えた長剣を振り抜いた。その瞬間、まるでカーテンを払い除けるようにその上下に滞留していた煙幕の一角が吹き散らされ、その奥に大きな黒い影が浮かび上がる。

 金色の迷彩装甲を持つ丸い巨体――――散敷の金色(ベリエ・モンストレ)だ。

 その姿に違和感を覚えたのとほぼ同時に、俺の身体は気配もなく右肩に乗せられた手に後ろに強く引かれ、尻もちをつくように呆気なく引き倒された。


「故国を守りし人ならざる英雄、古史に名を残す猛者どもを二度退けた大いなる風よ、今この手に宿りて黄泉帰(よみがえ)らん。『戦災拒む神風よ(アギオ・ティフォナス)場の静黙を打ち毀せアエラキ・アラギ・シエラ』」


 静かな詠唱の後に背中側から猛烈な突風が吹き抜け、瞬く間に残っていた煙幕が纏めて掻き消されていく。円形広場の現状が徐々に明らかになっていく中振り返ると、案の定そこにはアンダーヒルが立っていた。


「やってくれましたね、散敷の金色(ベリエ・モンストレ)


 その目はまっすぐ散敷の金色(ベリエ・モンストレ)に向けられているが、対峙するその手に武器はなく、代わりにぐったりとして動かないいちごタルトを片手で抱きかかえている。


「アンダーヒル、大丈夫か?」

「私はかろうじて避けられましたので。おかげでコヴロフがこの(ざま)ですが」


 アンダーヒルのローブの内側でガシャンと音がして、その足元に銃床(ストック)側を下にして落ちた〈*コヴロフ〉が屈み込んでいた俺の手の中に倒れてくる。銃本体には大した損傷はないようだが、装着された狙撃用照準器(スナイパースコープ)は側面に大きな亀裂が走り、レンズの方は粉々に砕けていた。


「これも持っていてあげてください」


 アンダーヒルは更にローブの下から装飾の少ない無骨な拳銃を投げ渡してくる。

 拳銃(ハンドガン)〈*排撃の盟約器(エミッションギアス)鉄獣字(クロストライブ)〉。いちごタルトがこのフィールドに来てから対機械系モンスター戦用に換装していた二丁拳銃(デュアルハンド)の片割れだった。

 俺が渡された鉄獣字(クロストライブ)を自分の左腿の帯銃帯(ホルスター)に引っ掛けて納めると、アンダーヒルは更にチラッと黄泉送り狼(ブレードウルフ)モードのケルベロスにチラッと視線を向け、


「ケルベロス、今すぐ激情の雷犬(エクレール・ラルム)になって、少しの間敵を牽制していてください。貴方の雷の鎧(アルミュル)があれば範囲攻撃にも干渉できるはずです」

「アイワカッタ」

 

 ケルベロスは一瞬どろりと溶けて影のように黒い塊に戻ると、即座に白毛の大犬の姿に変異して散敷の金色(ベリエ・モンストレ)に飛びかかっていく。

 再び振り返ると、音もなくしゃがみ込んでいたアンダーヒルは抱えたままのいちごタルトに何かのポーションを飲ませていた。その手付きはかなり荒っぽく見えるが、小さな薬瓶の口から流れ出るポーションは一滴も(こぼ)れることなく、その唇の間に消えていく。

 いちごタルトもダメージの方は問題なさそうだが、意識がないところを見ると俺より重いデバフを受けてしまったのだろう。それも飲ませたポーションで解消できるだろうから、後一分もしない内に目を覚ますはずだ。


「アンダーヒル、さっきの落雷って……」

「はい、あのTNT――――おそらく何かの略称でしょうが、TNT炸薬(トリニトロトルエン)のことではありません。落雷の誘電目標(ライトニング・ロッド)でしょう。あの名前も含めて、私たちに爆撃系(ボマー)モンスターだと誤認させるための誤誘導(ミスリード)ですね」

「やっぱりそうか……」


 さっき煙幕が完全に晴れる前に散敷の金色(ベリエ・モンストレ)に感じた違和感――――その本体のベルトに搭載されていたはずのTNTの文字が刻まれた装置が半分程なくなっていて、煙幕が晴れると同時に周囲の地面に散らばって設置されたそれらが現れた。さっき煙幕の中で聞いた音もそのTNT弾針(マイン)をばら撒いていた音だったのだ。 


「シイナ、彼女をお願いします」

「ああ、【魔犬召喚術式バスカーヴィル・コーリング】、モード〔激情の雷犬(エクレール・ラルム)〕。この子、その辺のすぐ外に連れ出しておいて」


 俺が持っていた〈*コヴロフ〉を器用に抜き取ったアンダーヒルに促されていちごタルトの身体を預かると、適当に召喚した激情の雷犬(エクレール・ラルム)の背中に乗せて適当に送り出す。

 隔壁(ウォール)を抜けられるわけもないし、遮蔽もないから戦闘圏内であることに変わりはないが、大量のTNT弾針(マイン)が敷かれている場所に置いておくよりはマシだろう。どうせすぐに目を覚ますだろうから、その間だけ(しの)げればそれでいい。

 そんなことを考えながら一人と一匹の避難に気を取られていると、その視線を戻そうとした時――


「シイナッ!」


 ――すぐ背後からアンダーヒルの珍しい叫び声が聞こえ、その直後振り返った俺の正面から飛び付いてきた彼女に勢いよく地面に押し倒された。その瞬間、必然的に空を仰いだ俺の頭上を激情の雷犬(エクレール・ラルム)の白い巨体が一瞬で通り過ぎていった。


「あんな(なり)でも流石は機械系だな。まさか雷犬(ラルム)をぶっ飛ばせるなんて」


 視界の外から聞こえる大きな衝撃音とケルベロスの悲鳴を聞き流しながらアンダーヒルの背中に右手を回すと、アンダーヒルは一瞬驚いたように目を見開く。しかし、俺が背中に手を()てがったまま転がるようにその身体を横に下ろすと、アンダーヒルは当たり前のように俺の意図を察してその反動を利用して立ち上がった。そして、俺もすぐに反対側に身体を転がした反動で立ち上がると、アンダーヒルに続いて再び戦闘意識を取り戻す。


「ありがとう、アンダーヒル。助かった」

「お気になさらず。それより警戒を」


 再び俺たちを優先目標として捕捉した散敷の金色(ベリエ・モンストレ)は戦闘モードを切り替えるように前肢を長く伸ばし、まるで動物が状態を起こすように機体前部を持ち上げた。そして、その頭部に当たるセンサーポッドの上部に、数字の『9』のような形に歪曲した金色の機械の角(アンテナ)が二本()り出してくる。

 そして、(にわ)かに上空の様子が変化した。


「導入開始」


 散敷の金色(ベリエ・モンストレ)が電子音声でそう発した瞬間、二本の角の間にバチバチッと蒼色火花(スパーク)が走り、


「【半解の(ハーフ・オン)――」


 ゴロゴロ……ドオォォオンッ!

 アンダーヒルの声を掻き消すような轟音、閃光と共に上空から降りてきた稲妻が隔壁(ウォール)を通り抜けて一瞬で視界を上から下に駆け、散敷の金色(ベリエ・モンストレ)の角を経由して全てのTNT弾針(マイン)へネットのように広がった。まさに瞬く間に、高速の電撃網が俺たちの身体を貫く。


「ッ……!!!」


 声すらも出せない激痛が再び全身に走り、俺の身体は呆気なくその場に膝を衝く。持っていたはずの群影刀(バスカーヴィル)大罪魔銃(レヴィアタン)もその手を離れて地面に落ちる。その直後、視界がぐらりと傾き、俺の身体はあっさりと前のめりに倒れ込む。

 これが、本来攻撃ですらないが(ゆえ)に絶大な火力・影響力を有する環境性物理現象フィールド・フェノメノンそのものの威力だ。


「『戦域非発電性雷電兵器シアター・ネガティブ・サンダーボルト』の有効性を確認。爆撃モードを終了し、白兵モードに遷移します」


 電子音声と共に散敷の金色(ベリエ・モンストレ)は再び角を収納し、持ち上げられていた機体前部がゆっくりと下げられていく。どうやらあの攻撃は一定時間毎に使える大技で、このモンスターの攻撃パターンはそれを中心に組み立てられている。煙幕にせよ、ケルベロスを吹き飛ばした何らかの攻撃にせよ、おそらく殆どはあの大技までの時間を稼ぐ補助的なものだ。

 それならまだ、勝機はある。


「はぁ……はぁ……ぅくっ……!」


 右隣から聞こえる苦しそうなアンダーヒルの喘ぎ声に首を曲げると、彼女も同じように地面に倒れ込んだままその四肢はがたがたと震えている。

 その反応を見るに、おそらく彼女が受けているのは“焦雷(バーント)”デバフだろう。こうなってはさしものアンダーヒルと言えど、数秒間は動けない。

 今動けるのは、俺だけだ……!


「こっ……のッ! 動けェッ!」


 左腕に力を込め、視界の左端に刃先が見える群影刀(バスカーヴィル)に探るように手を伸ばす。

 今回、運良く“感電(ショック)”デバフで済んだ俺には数秒間の強制脱力の影響はない。相変わらず激痛と挙動の鈍化程度の影響はあるが、一度()()()()()()()()落雷を受けていたせいか、さっきに比べればまだ幾分余裕がある。それもアンダーヒルが雷属性のダメージを周囲に分配するスキル【半解の放電網ハーフ・オン・ディスチャージ】を使ってくれたおかげだ。

 ここで応えられなくて、ギルドリーダーなんてやってられるか。


「届け……届けっ……届けッ……!」


 必死に手を伸ばし、願うような声が唇から漏れる。だが、今視界に入っていない自分の左手が何処まで届いているのかわからず、その指先には探っている地面の感覚しかかからない。正面に見えている刃先の位置からして、群影刀(バスカーヴィル)の刀身、あるいは柄の部分までもう少しのはずなのに、指先は虚しく空を掻く。

 その時、目の前が急に翳り、群影刀(バスカーヴィル)がすっと拾い上げられた。


「コレですか、シイナお姉様!」


 顔を上げると、そこには右手に赤い拳銃(ハンドガン)を携え、左手で俺に群影刀(バスカーヴィル)を差し出しているいちごタルトが立っていた。


「遅くなってごめんなさいです! 私が時間を稼ぐので、その間に……!」

「わかった……行って!」


 いちごタルトはコクンっと力強く頷くと、俺の左腿の帯銃帯(ホルスター)から自分の鉄獣字(クロストライブ)を引き抜き、散敷の金色(ベリエ・モンストレ)の後ろに走り込んでいく。


「【魔犬召喚術式バスカーヴィル・コーリング】、モード〔激情の雷犬(エクレール・ラルム)〕。戻ってこい、ケルベロス」


 俺は受け取った群影刀(バスカーヴィル)の柄を握り締めながら小声でそう呟くと、再び俺の陰から再生された白い大犬が俺の上体を押し上げるように現れる。


「随分と無様ナ醜態ヲ晒シテオルデハナイカ、我ガ主人(あるじ)ヨ」

「さっき無様にふっ飛ばされてたお前が言うな」


 この犬、出す度に所有者(オーナー)への敬意が削ぎ落とされてないか。


「いいからいちごちゃんのサポート行ってきて。あと次にヤツが角を出したら()し折って」

「アイワカッタ」


 ケルベロスは一瞬身体に纏った雷の鎧(アルミュル)を明滅させると、いちごタルトを轢こうと追い回している散敷の金色(ベリエ・モンストレ)まで一息に距離を詰めていった。いちごタルトの方もまだ余裕はある立ち回りに徹していて、無理をしなければ時間稼ぎに支障はないレベルだろう。

 その様子を遠目に、未だに覚束無い手で何とかアイテムウィンドウを探り、最初に目についた状態異常回復ポーションを取り出してその中身を半分程口に含む。

 ただの感電程度に使うにはちょっともったいない()()やつだったが、この巨塔ミッテヴェルトという最前線は使うべき状況でアイテムをケチって使わずに済ませるなんてことがいつまでも(まか)り通る程甘い環境じゃない。

 全身の痺れが消えていくのを確認するとすぐにアンダーヒルを助け起こし、薬瓶に残っていたもう半分をその口に流し込む。そのポーションの効果で問題なくデバフが解除されたようで、パッと飛び起きたアンダーヒルは何故か不思議そうに首を傾げながら唇に残ったポーションの液を指先で拭い取る。


「これが間接キスと言われるものですね」

「あ」

「初めて経験しました」


 何でそんな平然と言えるんだ、この女。

 まったく自覚していなかっただけに急激に熱を帯びる顔から意識を逸らそうとしていると、一方でまったく気にも止めていない様子のアンダーヒルは素早く〈*コヴロフ〉のリロードを済ませ、再び散敷の金色(ベリエ・モンストレ)との戦闘に意識を戻している。

 あまりにも代わり映えしないその姿を見ていると、逆に冷静になってくる気さえ覚えていた、その時――――ゴロゴロゴロ……。

 再び上空で、雲間放電の音が一際大きく轟いた。

 そして、次の瞬間――――カッ!

 再び視界に映り込んだ閃光に思わず目を閉じて身構えると、そのコンマ一秒後――――ドオォォォォンッ! バチバチ……ドガアアアアアアアアアアンッッッ!!

 落雷の轟音に続いて、スパークノイズが鳴り、その直後に激しい爆発音が空間を揺るがした。

 流石の異変に目を閉じていられず、恐る恐る目を開けると、そこには激しい爆発で木っ端微塵に粉砕された散敷の金色(ベリエ・モンストレ)の残骸が散らばっていた。

Tips:『戦闘指揮(コマンド)


 [FreiheitOnline]における、戦闘時の作戦指揮を担当するプレイヤーのこと、またはその作戦そのものを指す通称。所謂司令塔であり、戦闘に参加するプレイヤーが多くなる程、作戦指揮の重要性と難易度は大きく跳ね上がる。指揮者という意味でコンダクト、コンダクターという言葉が使われることもある。

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