(12)『自走爆撃戦闘機-レ・ブラ・ボンバルディア-』
新たな試験場に鎮座する異形の兵器ベリエ・モンストレ。
その金色の装置に刻まれた文字は果たして何を示すのか。
『幽墟の機甲兵器演習基地』第一実機試験場――。
「な、何あれ……」
俺とリコ、いちごタルトの三人が件の試験場の前を通りかかると、開いたゲートの奥にその区画内の直径30m程の円形広場が見え、その中央に兵器と言うには著しく異形の物体が横たわるように鎮座していた。
全体が金色を基調とする迷彩色の丸みを帯びた本体が無数のベルトにぐるぐる巻きにされていて、そのベルトには拳大の白色の装置が無数に搭載されている。
遠目にはよく見えないが、さっきの今で無闇に区画内に足を踏み入れるわけにもいかず、その場にしゃがみながら『オペラグラス』を取り出して覗くと、
〔自走爆撃戦闘機・散敷の金色〕
嫌な予測を禁じ得ない字面が並んだ名前が表示され、その全体に散りばめられた装置それぞれに何かの文字が刻印されているのが見て取れる。
「TNTですか」
「TNTってなんだっけ?」
「トリニトロトルエン。またの名をTNT炸薬。主に軍用に用いられる爆薬です」
「爆薬……厄介だな……」
この区画はほぼ間違いなく侵入した時点であのモンスターと交戦状態になり、同時に隔壁が展開されて中にいる人間は閉じ込められるだろう。
この試験場は戦闘エリアとしてはそれ程狭くはないが、爆発系の攻撃は影響範囲も広くその爆発で他の爆弾の位置が変われば想定外の爆発に巻き込まれることもあり、元々の火力が高いことも相俟って慣れているプレイヤーでも事故が起こりやすいことで有名だ。俺は刹那と違って【伝播障害】のような汎用的な防御手段を持っていない分、相応に立ち回りを意識しておかないとうっかり至近距離で爆発を受ければただでは済まないだろう。
爆発系の攻撃を扱うモンスターの基本的な特性として、散敷の金色自体が自身の爆発攻撃の余波でダメージを受けることはない。それを踏まえると、作戦としてはおおよそ二つに限られる。
一つ目は、搭載されている爆発装置を使い尽くさせること。倒すのに時間はかかるが回避に集中できる分、死ぬ可能性はかなり軽減できるはずだ。
二つ目は、魔法か何かで発生させた火を遠距離から撃ち込んで全ての爆発装置を誘爆させること。ただし、確実性はない、寧ろ可能性としては低い方だろう。誘爆するかどうかはそれこそ仕様次第だが、そんなことで処理できるような手緩いモンスターがこの巨塔空間に配置されているとも思えないからだ。ただ戦うことになるのなら、初動で試しておくのはノーリスク・ハイリターンのいい一手だろう。
「いちごちゃんって魔法熟練度は――――何故お前がここにいる」
「声を発していない間なら不思議はありませんが、貴方がTNTについての質問を口にした際に私は答えを返しています。せめてその時点で知覚して下さい」
『オペラグラス』から目を離して後ろを振り返ると、そこには今や見慣れた黒いローブと黒い包帯に身を包んだ黒ずくめの人影――よそ行きの装いで身体的特徴を徹底的に隠したアンダーヒルが立っていた。
「そもそも最初にTNTについて発言したのも私ですよ」
何なら若干呆れたような雰囲気を醸しながら涼やかな瞳で俺を見下ろしていた。
元々神出鬼没なヤツだから、急に現れたアンダーヒルの声に対して驚かないように無意識の内に俺の脳が補正しているのだろう。きっとそうに違いない。
そんなことを考えて自分を納得させようとしていると、傍らで何故か涙目で固まっていたいちごタルトが動いたかと思うと俺の右腕に飛び付いてきた。
「シイナお姉様ぁ! どうしてコイツがここにいるですッ!?」
人を指差すんじゃありません。というか何で半泣きなの。
「お久しぶりですね、いちごタルト」
一方でアンダーヒルは冷ややかと言えるレベルで落ち着いていた。
「アンダーヒル、いちごちゃんと知り合いなの?」
「はい。もっとも、スリーカーズが≪竜乙女達≫に出入りしていた頃、何度か遭遇したことがあるという程度ですが」
「ノーですノーノー! 知り合いなんてありえないのですっ! それに『遭遇』なんてどの口が言うのですか、このストーカー女!」
「あっ……」
なるほど。そういう認識ね。多分だけど、大体合ってる。
「人聞きの悪いことを言わないでください、いちごタルト。私はただ調べ物をしていただけです」
「テメェはそんな理由で私を尾けてやがったのです!? 今度はシイナお姉様まで尾け回す気なのですか、この変態!」
「少々傷付きますね。今の私は≪アルカナクラウン≫の正式なギルドメンバーです。そして今は最前線の攻略中になります。私がシイナに同行しているのは自然なことかと。そうですね、貴女に比べれば」
若干ムキになっているのか、アンダーヒルの言葉選びはいつになく頑なだった。
アンダーヒルが≪アルカナクラウン≫所属だとは知らなかったようで、いちごタルトは俺とアンダーヒルの顔を交互に見比べて困惑の表情を浮かべている。その上でアンダーヒルの言葉を否定することができなかったのか、俺の後ろに隠れるようにしてそのまま黙り込んでしまった。
それにしても、あの刹那と言葉で殴り合ってたいちごタルトをただ尾行するだけでここまで萎縮させるなんて、いったいアンダーヒルは何をしたんだ。
「というか仕事を頼まれてたんじゃ……?」
「そちらは終わらせてきました。例の五名が視認できるデータを収集し、移動経路を類推、位置情報と共に確認できた装備品の情報を添付してドナドナ宛てに送信したところ、スリーカーズから貴方方だけで攻略に向かったという旨の返信があったものですから、こうして追ってきたわけです」
いくら何でも仕事早すぎだろ。
俺の方も若干呆れの感情を持て余していると、そんな視線から何かを感じ取ったのか俺から目を逸らすように散敷の金色にじっと視線を送る。そして、たっぷり五秒程その爆弾だらけの姿を観察した後、再び俺に視線を戻した。
「なるほど」
何かを納得したらしい。怖い。
「爆弾の弱点に関する情報って何かないの? こうすれば遠距離から安全に無力化できますみたいな」
「私が何でも知っているとは思わないでください。こと現代兵器に関する知識は一般人並みですので、貴方の質問に答えることはできません」
お前の狙撃銃の元ネタって現代兵器ではないのか、とも思ったが、一般常識認識されていた時にうまく反応できる自信がないから口に出すのは止めておいた。
「ところで刹那とネアはどうしたのですか?」
「あれ、ここに来る途中で見なかった? 多分まだ第二試験場の方で戦闘中。私たちは運悪く閉め出されちゃったから」
「私はあちらから来ましたので、何処かで行き違ったのかもしれませんね」
アンダーヒルはそう言うと、おもむろに中央管制タワーの方を指差した。
「え、入り口じゃなくて?」
「おそらく戦闘ではなく情報収集を優先していると思っていましたので、最初にあちらを確認していました。結果的に読み違えたことにはなりますが」
「その前は第三で結構派手にやってたけど、それも気付かなかった?」
「いいえ、管制タワーの中にいても爆発音は聞こえましたし、管制室の窓から黒煙も見えましたので場所はわかっていました。ある程度内部を漁ってから来ましたので、少し時間はかかりましたが」
しっかり調査も済ませてきている辺りが彼女らしいと言えばそうなのだが、その言葉通りなら俺たちが第三試験場で二体の多脚機動戦車に遭遇する前に中央管制タワーに着いていて、第二試験場経由で第一試験場に来るまでタワー内を調査していたことになる。時間配分どうなってるんだ。
「とにかく、一先ずあちらを片付けてしまいましょう。二人と合流した際にこちらの戦果無しでは居たたまれないでしょうから」
居たたまれないというか、多分俺が痛い目に遭うだけだと思う。
「それじゃ、今回は私とリコから先に入るよ。先着二人かもしれないしね」
二の轍を踏まないようにと思ってそう提案すると――
「いえ、待ってください」
――アンダーヒルから予想外の制止が割り込んできた。
「散敷の金色は私とシイナ、いちごタルトの三人で討伐しましょう」
「それは聞き捨てならんな、アンダーヒル。ギルメンでもないこの女が参加するのに、何故私が外されなければならない。よもや私がコイツより弱いと言いたいわけでもないだろうが、楽しみを奪うだけの納得できる説明がなければ暴れるぞ」
コイツ今楽しみって言ったな、正直に。
「確かに貴女に比べればいちごタルトの戦力価値は下の……いえ、中の下です」
「ケンカ売ってるですぅ?」
全員正直過ぎると戦争が起きる。
わずかに眉をつり上げて語気を強めていたリコだったが、アンダーヒルからの評価を聞いて杞憂は薄れたようで、その表情は不満よりも疑問の色が強くなる。
「あのモンスターは形はどうあれほぼ間違いなく爆撃系でしょうから、人数が増えれば増える程被爆率は上がります。その際、即応可能な防御手段を持たない貴女は激しく消耗することになります」
「そんなもの当たらなければ――」
「このフィールドは一定高度まで上がると落雷の環境攻撃が発生しますし、試験場の形でわざわざ十二ヶ所の戦闘エリアが存在しますので、敵の自律兵器は陸戦型ばかりで空戦型が存在しない可能性も高いでしょう。であるなら、地上の敵に対して極めて有効なスキルを持つ貴女をここで消耗させるのは得策ではありません。貴女には相性の悪い敵で無理をせず、然るべき場所で力を振るって欲しい――」
確かに地形潜航スキルの【潜在一遇】とリコの機動性があれば大抵の敵は一方的に削ることができる。だが、爆発系の攻撃は文字通り範囲攻撃、うっかり事故で欠損でも受ければその後処理は少々面倒だ。
「――というのが表の理由です」
「表の理由だと?」
アンダーヒルはまた怪訝な表情を浮かべるリコの反応を無視して、更に口早に言葉を続ける。
「ここは特に入場制限のない独立フィールドエリアで、私たちは刹那・ネアとは分断されている状況です。敵対する第三勢力の存在が確認された以上、私たちはそれを想定して動く必要がある。今は対人戦に強く、索敵能力に長けた貴女を自由に動けるようにしておくのが最善かと考えました。これが裏の理由です」
「いざって時は私の方もリコに二人の方に向かう指示を出せるように構えておかないといけないってことね」
「はい。これでリコに納得していただけなければ、諦めて私がこちらに残ります」
「いや、十分だ。まったく……我が儘を通す余地もない」
拗ねたようにそっぽを向いてそう言ったリコの頬は仄かに赤らみ、それを見て「ありがとうございます」と返したアンダーヒルの声色も何処か優しい響きを帯びていた。
Tips:『入場制限』
入場制限を表すAdmission Limitの略で、[FreiheitOnline]において独立フィールドエリアそれぞれに設定された特定の条件付けによる入場ルールを表す俗称。多くのフィールドはプレイヤーレベルによる制限がかけられている他、フィールドによっては同時に入ることができる人数や最大PT数が制限されていることもある。また、PTメンバーに特定種族存在を要求する特殊な制限も存在する。




