(11)『機動装甲車-ラ・ヴォアトゥール-』
第二実機試験場のゲートは二人を捕らえ、残された三人は先に進む。
非情ではない。その踏み出した足は彼女らを信じた故の一歩なのだから。
第三実機試験場に配置されていたモンスター――赤と青の多脚機動戦車を討伐した後、俺たちは次に近場にあった第二実機試験場を訪れていた。
その理由は至極単純で、当面の目的として中央管制タワー――つまり各試験場のゲートを開くための暗証番号やその在処に関する情報が残されている可能性が高い未調査区画を目指す方針は変わらないものの、ちょうどその道中に位置している第一・第二の試験場を素通りする理由がなかったからだ。
区画内にあるのは直径20m程の平面の円形広場とその隣に併設されたシャッター扉のついた車庫のような建造物、そしてゲート付近に設置されたフィールドコンソールと第三実機試験場に比べるとそこはシンプルかつ小規模な空間だった。障害物がない分、機械系のモンスターの射撃線を回避し辛くなるものの、逆に言えばプレイヤー側も同様のメリットも得ることができる、比較的やり易い環境だ。
しかし、いい意味でも悪い意味でも想定外のことが三つあった。
一つ目は、俺たちが到着した時には既にゲートが開かれていたことだ。正確には錆びついたゲートが上がっていて、横の開閉パネルは壊れて反応しない状態になっていたから元々そういう仕様だったのだろう。
二つ目は、そのゲート自体が壊れているわけではなかったことだった。開いているゲートを好機と見てそこのモンスターも討伐することに決めたまでは良かったのだが、いざ中へと足を踏み入れようとした時に偶然か仕様か、俺の目の前に断頭台の如く落ちてきたゲートに阻まれて閉め出されてしまったのだ。その時中に入っていたのはたまたま前にいただけの刹那とネアちゃんの二人だけ、俺とリコ、いちごタルトの三人は外側に残されてしまっている。俺に至っては、直前に背中にじゃれついてきたいちごタルトを嗜める遣り取りをしていなかったら、ゲートの下敷きになっていた可能性まであった。
そして三つ目は、その試験場に配置されたモンスターが侵入反応で出現するタイプだったことだ。ゲートが閉まった直後、光膜状の隔壁がドームのように試験場を覆い、区画内の車庫のシャッターが開いて中から吼え猛るような重いエンジン音が響かせるモンスターが飛び出してきたのだ。
〔機動装甲車・角突の白色〕
その頭上に表示された名前の通り、白を基調とする迷彩色の追加装甲と車体前部に角のように設置された大型牽引弩二門を持つ装甲車だった。更に車体側面に接続された無関節アームには左右で二丁の重機関銃が吊り下げるように搭載され、全方位に対してその火力を展開できるようになっている。
一見してただ強化改修された戦闘車両のような見た目だが、搭載された動力機関の出力が常軌を逸して高く、単純な通常走行――中でもとりわけ前進時の最高速度・馬力を考えるとあの突進を生身で受けたら深刻なダメージは免れない。その上、四輪駆動で小回りも利き、急速発進時の加速度もずば抜けているため、一瞬でも気を抜けば死角から突進してくるあの質量の暴力に轢かれてしまうだろう。それも車体全体に地面に向けて下向きの何かの力が働いているのか、無茶苦茶な軌道を高速で走り抜けているのに今まで横転するような素振りもなかった。
刹那もネアちゃんも体術や低空飛行で躱したり逆に背後を取りに行こうと色々試みていたが、無理な避け方を通すと次の回避動作が間に合わなくなり、轢かれないように角突の白色の車高を超える高さまで飛べば今度はその車体という障害物がなくなった二丁の重機関銃が一斉に火を噴く。単純なモンスターではあるものの、高いステータスと機械の膂力が相乗してかなり厄介な性能を実現していた。
状況整理までが長くなったが、その結果――
「だあぁぁぁもう何よあの連射性能! どうして プレイヤーには機関銃がないのよ、ROLの馬鹿ァッ! いいじゃない、たまにはぶっ壊れ武器の一つや二つ! 【伝播障害】【伝播障害】【伝播障害】ぅぅぅーッ!!!」
刹那は強力な事象結界スキルで角突の白色の突進を真っ向から受け止め、至近距離から放たれる射出銛と重機関銃二丁分の集中砲火を睨みながら延々悪態を吐き出しているという何とも熱い光景が展開されていた。
元々刹那が得意とする短刃剣術は常に動き回っている角突の白色には強く出ることができず、二人とも魔法で火力を出すには何かしらの手段で詠唱の時間を稼がなければならない。そこで刹那が結界を担当し、ネアちゃんがその中で魔法を詠唱する完全分業で地道に攻めるというわけだ。考えに考えた作戦でも役に立たないなら、結局最後は完全無欠の脳筋戦術である。
ちなみに、刹那がこのゲームの銃器に関して文句を言うのは今に始まったことではない。同じような連射系の銃火器を搭載した機械系モンスターに苦戦させられる度に似たようなことを言っているが、本人も言っている通り自動射撃系の銃器は既存の武器バランスを完全にぶっ壊してしまう存在だ。実在する銃火器の中にはフルオートハンドガンも存在するが、この世界にはそれすらも存在しないことを考えると、銃器によって安易に高い火力を出せてしまうことに対するROLのスタンスがよくわかる。
遠巻きに二人の激戦を眺めていることしかできないのを歯がゆく感じていると、その時、念のためを思って外周を見に行かせていたリコが走って戻ってきた。
「どうだった?」
「やはり無理だった」
中に入らずに外周を回って帰ってきた時点で分かっていたことではあるが、予想していた答えでも実際に言葉で聞くと落胆は大きい。
「……ちなみにお前の【潜在一遇】では無理なのか?」
一応いちごタルトに聞こえない程度まで声を落としてそう訊くと、リコは何とも微妙な表情を浮かべて、その後横に首を振った。
「目の付け所は悪くないが。あえて言おう……無理であったと」
「なんであえて言うんだよ」
「そこの隔壁は仕様ではなく上位の効果で展開されている事象だからな。私の能力ではどうにもならない」
「あぁ、なるほど」
リコの【潜在一遇】の効果は、あくまでも『地形とフィールドオブジェクトを透過して移動することができる』というもので、フィールドに帰属した効果で展開されている隔壁はそもそも効果の適用範囲外ということだ。
となると後は――。
「あの二人に任せるしかない……か」
どうせ戦いに参戦できないのなら、俺たち三人で中央管制タワーか第一実機試験場に先行するのが効率的なのだろうが、今までの前線攻略と違って、相手が中ボスクラスとは言えたった二人で対峙させてしまう状況はこの九ヶ月でもなかったこと。戦力不足の状態での全力戦闘に慣れていないネアちゃんが心配で目を離すことに抵抗を覚えているのも確かだった。
その時だ。
何枚目だかの【伝播障害】が反響するガラスが割れるような音と共に砕け散り、その中から刹那とネアちゃんがそれぞれ横と上に同時に飛び出す。そして、ネアちゃんが何かを叫んだ瞬間に上空から現れた五本の光の剣が角突の白色の周囲を取り囲み、その機体と全ての兵装がエネルギーを奪われたかのようにガクンと揺らいで動かなくなる。
「倒した……わけではなさそうだな」
「うん、あれはそういう魔法。秒間火力は低いけど、ダメージを与えてる間敵の動きを封殺できるってだけ」
確かに集団での魔法戦では役に立つこともあるが、相性の悪い機械系モンスターにはもって数秒。今の状況で特別有効な魔法じゃないのに、なんてことを思いながらリコの言葉にそう返していると、その瞬間、刹那がこっちを振り返り――
「先行って、シイナ! コイツスクラップにしたらすぐに追いかけるから!」
――まるで俺の思考を読み取ったかのように叫んだ。
付き合いが長いとこうも勝手に心を読まれるものだろうか。思わず笑みが溢れかける口元を手で押さえ、一呼吸置いてすぐ口を開く。
「ホントに大丈夫かー?」
「私を誰だと思ってんのよーッ!」
「それは勿論、棘付き兵器」
「オーケイ、後でブチのめしに行くから」
危ねぇ。視線にマジな殺気が入っていなかったら続けて軽口を叩くところだった。
素早くゲートから後退って距離を取ると、刹那が再び【伝播障害】を展開し、魔法の効果が切れた角突の白色も動き始める姿が見える。さっきと然程変わらない光景だが、不思議と二人に対する心配はほぼほぼ薄れていた。
「というわけで、私たちは先に第一試験場ね」
話を纏めたところでリコといちごタルトに向き直ると、リコは硬い表情で周囲をきょろきょろと見回し、いちごタルトはぽかんとした表情で俺を見つめていた。
「えっと……いちごちゃん、どうかした?」
「あっ、な、何でもないのです、シイナお姉様ぁ」
絶対何かあるじゃん。
若干想定していなかった反応に戸惑いつつもかけた言葉はわかりやすく誤魔化され、隠された以上俺と彼女の関係性ではそれ以上追求することもできなかった。
Tips:『DPS』
秒間火力を表す“Damege Per Second”の略称であり、ゲームにおいて1秒間で発生するダメージの総量を示す用語。転じてそれを指標として強さを比較する際に用いられる。




