(10)『多脚機動戦車‐ル・ブラ・シャール‐』
爆発と共に現れた、赤と青の双対の戦車に戦いを挑め。
ヒュンヒュンヒュン……。
突然の爆発音と共に二つの灰白色の巨大な板が激しく縦回転しながら宙を舞い、まるで何かの意図が働いているかのように重なった風切り音が近付いてくる。
「動くな、リコッ!」
ガンッ、ガガガガガガァンッ!!!
咄嗟にリコの手を引いてその身体を引き寄せた瞬間、巨大な質量が目の前に落下し、死に切らなかった運動エネルギーは暴力的な風圧や鈍い破壊音と共に地表面を削りながら俺たちの両隣を通り抜け、背後で破砕音を轟かせる。
振り返ると、そこには原形を留めない程に抉り取られたフィールドコンソールの残骸と激しくひしゃげたゲート、そして錆びた金属の匂いが混じった粉塵に紛れて、見るからに重厚な二枚の金属板が横たわっていた。
その間、およそ二、三秒。あまりに急激な環境の変化で凍結しかける意識の中で、やけに遠くから刹那の声が聞こえてくる。
「……ナっ、シイナッ! しっかりしろ!」
徐々に明瞭になるリコの声と怒ったようなその表情、肩を強く揺すられる感覚で我に返ると、その直後、再び空気を震わせた爆発音に麻痺していた戦闘意識が目覚め、全てが元の仮想現実に引き戻される。
「リコ、何が起きた?」
リコのこめかみからアンテナのような棒状光線――高精度複方式探知機が展開されているのを視認してそう訊ねると、
「連中、起動した直後に高速昇降機の開閉扉を砲撃で吹き飛ばして出てきたのだ。まったくどんな制御構造をしているのか、これだから痛みを知らない機械共は」
「皆は?」
「然したる被害はないが、まだ戦闘中だ。私達も早く行かねば」
「ああ……そうだな」
俺自身とリコの身体だけ目視でささっと確認しつつ、俺とリコは一部が轍のように砕けてめくれ上がった舗装路を飛び越えて駆け出す。
地面を割り砕く程のあの威力だ。もし直接当たっていたなら結構な確率で確定死判定を受けていただろうと思うとぞっとするが、今は運が良かったで片付けておくより他にない。結局あのフィールドコンソールは何だったのか、敵モンスターの起動タイミングの違和感やゲートのパスワード、不可解なことも幾つかあるが、それもこれも今は全て後回しだ。
戦闘場に近付くに連れてすり鉢状の地形の縁に隠れていた底の方が見えてくると、強引に破壊されて黒煙を上げ続ける二つの高速昇降機の開閉扉や皆の姿と同時に滑るように移動する一対の敵モンスターの姿が見えてくる。
〔多脚機動戦車・双対の青色〕
〔多脚機動戦車・双対の赤色〕
その頭上に表示された名前の通り、それぞれが赤と青を基調とする迷彩色の装甲と本体より大きい三対六本の機動脚を持つ歩行戦車だった。
一見して本体前面に細身の主砲が据えられた機械の蜘蛛のような見た目だが、六本の長い脚の先端は何かの力が働いているのか地面からわずかに浮いていて、本体下部のブースターと脚の動きの反動を利用して地表面を滑るように高速で移動している。それぞれの脚の二つの関節は着地や高速移動の衝撃を和らげる役割が大きいようで、すり鉢状の地形を利用して斜面を回るように移動したり、大きく跳躍して対面の斜面に素早く飛び付いたりとその機動性は見た目以上に高い。
その上で交戦距離によって本体前面の単装主砲一門、本体左側面と増設装甲板の間に設置された八連装ランチャー二門、本体上部の機銃座一門と三種類の武装を使い分けながら、更に赤と青二輌の連携を交えた遊撃を繰り返すのが基本の戦闘パターンのようだ。
観察はまだ足りないようなものの脅威となりうるのはあの機動性と主砲の一撃くらいだろう。その他の攻撃も火力は高いが一撃で戦闘能力を奪われる程ではないし、そもそも攻撃の精度がかなり甘いせいか、機銃の弾幕も無誘導ミサイルも素早く大きく動き続ける刹那といちごタルトの動きを一拍遅れて追い続けていた。だからこそ数秒とは言え状況を把握するための観察をしていられる余裕があるのだが。
「――雨注せし鋼の殺意に天意の恩情を与え給え、我が身に掛かる不義の矢衾を白玻璃の加護にて鎮め給え! 『弾剥ぎの玻璃結界』!」
俺とリコ、更に眼下で戦っている刹那・いちごタルトの周囲にふわりと光の膜が球状に広がり、同時に背中の翼を広げたネアちゃんが目の前に降りてくる。
今ネアちゃんがパーティメンバー全員に使った魔法は、周囲に接近する射撃属性の物理弾体の速度を抑え、その威力とノックバックを弱める補助魔法だ。
その減衰倍率は高いものの魔力の消費が激しいため、今回のような重火器を搭載した機械系モンスターの連続射撃に対応する際によく使われている。実際のところ、寧ろそういう魔法でもなければ無数に飛来する弾幕に対して生身では為す術もないのだろうが。ちなみに、アサルトライフルやマシンガン・サブマシンガンのような武器カテゴリが存在しないことからもわかる通り、基本的にプレイヤーが装備できる銃器には自動射撃式の重火器類が存在しないため、コスパという観点から対プレイヤー戦で使われることはまずない。
「シイナさん、リコさん、今他のバフもかけますね」
「ありがとう、ネアちゃん。リコ、先に行って青い方を引き付けておいてくれ」
「それは容易いが、別に片付けてしまっても構わんのだろう?」
リコは自信満々に右手の拳を示すようにそう言うと軽やかに跳躍し、彼女の周りだけ景色を早送りしているような恐ろしい加速度で斜面を駆け下りていく。それを見送りつつ、目の前で補助魔法の詠唱を諳んじるネアちゃんに向き直る。
「――に抗いし者達よ。其の魂の輝きに我が名を捧げよ、其の命の輝きに汝が名を捧げよ、我は天獄の王、汝らが主――」
「俺も刹那たちと合流して赤を叩くから、リコの方のカバー任せるよ。それと雷が落ちるかもしれないから飛ぶ時は上がり過ぎないように気を付けて」
詠唱中のネアちゃんに最低限の指示だけ残し、こくこくと頷いて首だけで返事する彼女を後目に俺もすり鉢状の戦闘場に飛び込んだ。着地した直後は思いの外滑るような足元の地面の感覚に冷やっとしたが、そのまま危なげなく斜面を駆け下りる。そして、左大腿部の帯銃帯から〈*大罪魔銃レヴィアタン〉を引き抜き、同時に〈*群影刀バスカーヴィル〉を実体化しつつ、青色の多脚戦車――双対の青色と相対する刹那といちごタルトの二人に合流する。
双対の青色の機銃掃射を警戒していたが、ちょうど再装填中のようだ。
「遅いわよ、シイナ!」
「一分くらいで二人が負けるなんてありえないでしょ」
信頼を示すつもりで冗談めかしてそう言うと、刹那は一瞬射殺さんばかりに目をつり上げて俺を睨み、一方のいちごタルトは感激したような表情でよろめいて二丁拳銃を持ったままの両手で胸を押さえた。
戦闘中ですよ、いちごちゃん。
「私の武器じゃアイツの装甲に通り悪いから前衛は任せたわ……よッ!」
ばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりぃぃィッ!
再装填を終えた双対の青色の機銃座が火を噴き、予備動作なしのバック転で宙を跳ねた刹那が元いた場所を無数の銃弾が通過する。
同時に追撃の対象検索を避けるため横っ飛びに跳んだいちごタルトも即座に両手の拳銃を構え直し――――ガンッガンッガンッガンッ!
空中で続けて四発発砲し、その全てが機銃座に命中し火花を散らす。
「【魔犬召喚術式】、モード〔“銀盾の霊狼”ベオウルフ〕!」
魔力消失の感覚と共に俺の影が俄に色濃くなり、その中からずるりと抜け出るように半透明の狼が姿を現す。その右肩にあるのはその身体と然程変わらない大きさの古びた実体盾――狼を象った紋章が刻まれたその盾に宿り、主に降りかかる災いを払う狼の姿の精霊だ。
「ケルベロス、刹那の盾になってあげて」
「アイワカッタ」
召喚されたケルベロスは瞬時に状況を把握すると、双対の青色に右肩の盾を向けたまま素早く跳躍し、攻撃魔法の詠唱に入った刹那の前に着地する。
銀盾の霊狼のとにかく頑強な盾なら機銃の弾程度容易に弾いてくれるだろう。
「いちごちゃんはそのままあの機銃座の破壊をお願いッ」
「はいっ、シイナお姉様!」
機銃座を攻撃したことで優先敵がいちごタルトに移り、ガシャッとわずかに向きを変えた本体側面の八連装ランチャー二門から掠れた破裂音と共に彼女を狙う十六発の無誘導ミサイルが発射される。そして、同時にガチャガチャと機動脚を唸らせた双対の青色は滑るように斜面を高速で上り始める。
パァンパァンパァンッ!
ガンガンガンガンガンガンッ!
俺といちごタルトの射撃音が連続して響き、十発程の無誘導ミサイルがその射撃とミサイル同士の誘爆で弾け飛ぶ。更にいちごタルトは後ろに横に連続で大きく跳ね回り、撃ち漏らしたミサイルの直撃を巧妙に回避して身構える。その間にもすり鉢状の縁付近まで一気に上り詰めた双対の青色は円周に沿うような並行移動を始め、その主砲がいちごタルトを狙うように動作して――――ドォンッ!
「――『万力重力場』ッ!」
頭上からネアちゃんの力のこもった声が響き、双対の青色の主砲から放たれた物理砲弾が10mと進まない内に地面に着弾する。ちらっと上に目を遣ると、ネアちゃんは既にリコと交戦中の双対の赤色の方に意識を割いていて、たった今重力魔法で砲撃を無力化した双対の青色の方には目を向けてすらいなかった。
それどころか、その直後には青い光膜のような表現効果が周囲でキラッと瞬き、追加の物理防御強化と移動速度強化のバフが付与されている。
うちの戦線補助が優秀過ぎる。
「――疾風に連なる大気の嘶きよ! 『稲妻の雨』ッ!」
刹那の怒声と共に、砲撃のために動きが鈍っていた双対の青色の頭上に紫色の光を放つ魔法陣が出現し、乾いたスパークノイズから一瞬遅れて撃ち下ろされた無数の雷の槍が青い装甲を焼き焦がしながらその本体を押し潰した。その間にも本体の真上に表示された体力表示バーがガリガリと削れて短くなっていく。
「ネア、追撃準備! 【投閃】、【貫通】、【包爆】!」
刹那が号令と共に銀盾の霊狼の盾から飛び出し、右手に〈*フェンリルファング・ダガー〉を構えてお馴染みの投擲スキルを発動する。その直後、一歩前に踏み込んだ刹那の手から打ち出されたダガーはがくがくと揺らぐ双対の青色に向かってまっすぐ飛び、付与されたスキルの効果で本体下部と機動脚を繋ぐように接続されている支持部品を貫通し――――ボンッ!
その機体と斜面の間で小さい爆発を引き起こした。
「下がって!」
刹那の意図に気付いた瞬間、俺は咄嗟に声を上げる。
高威力の雷撃魔法『稲妻の雨』で痛めつけられ、短時間で身動きが取れなくなる程の損傷を受けていた双対の青色は斜面側からの爆圧を殺しきれず、力なくぐらついて前のめりに倒れ込んだ。当然、不安定な斜面でバランスを失った機体は激しく全体を打ち付けながら斜面を転がり落ち、刹那の狙い通りか、俺たちの目の前まで落ちてきて地面を揺らす。
自損ダメージも相俟って、その体力は七割程も削れていた。
そして、そのタイミングを待って地に伏す双対の青色の正面の地上付近まで降りてきたネアちゃんが一息に残りの詠唱文を諳んじる。
「――謳え鳴神の矛、戦神の剣。射貫け、『雷神の三叉戟』!」
その手に生成されていた雷球が解れるように細長い三叉の雷槍に形を変える。
「“射出”っ!」
ネアちゃんの符丁と共に投擲された三叉雷は金色の残像を描くように空を裂き、雷槍は双対の青色の本体を無防備な上側から刺し貫いた。その瞬間、全体を隈なく破壊の電流が駆け抜け、部位蓄積されたダメージが限界に達した本体右側面のランチャーと機動脚二本が剥がれ落ちて、本体側面の追加装甲にも亀裂が入る。
そして、ネアちゃんの攻撃魔法の表現効果がふっと消えた瞬間――
「鬼刃抜刀……!」「【天幻雪花】ッ!」
俺と刹那は同時に距離を詰め、それぞれの手にある近接武器で双対の青色本体の大きく開いた損傷部に追撃をかける。俺の魔力を帯びた群影刀と刹那のスキル技が乗った短刃〈*悲涙の嘆剣モーニング・ルサールカ〉の刺突攻撃で双対の青色の残った体力表示は瞬く間に危険域に赤く割り込み、その本体や機動脚からは痛みに嘆くような金属の軋む音が鳴り響く。
しかし、次の瞬間、刹那の【包爆】の効果で付与されていた“転倒”デバフが切れたのか、双対の青色は俺と刹那に向かって機動脚を横薙ぎに振るい、無数の装甲片をぼろぼろと取り零しながら残った四本の機動脚で強引に立ち上がった。
「【怖気の杭】!」
機動脚の一撃を後ろ跳びで無理くり躱した俺と刹那は姿勢を立て直すと、即座に追撃の姿勢に入る。刹那が発動したのは僅かながら溜めの時間が必要になるが、死にかけの敵のあらゆる防御を貫通してトドメを刺せる短刃系武器の補助スキルだ。
その数秒間を稼ぐため、俺は群影刀を後ろに振り被りながら再度双対の青色に肉薄する――――ガシャンッ。
「……ッ!」
その時、乾いた金属音が耳に入り、双対の青色の本体上部の機銃座がその鎌首を持ち上げた姿が目に映る。その照準は目の前にいる俺じゃなく、攻撃効果の溜めでたった今両手で捧げ持つように悲涙の嘆剣を構えたばかりの刹那に向いている。
刹那も気付いてはいるが、その効果をキャンセルはできない。反応が遅れていたのか、ケルベロスの銀盾も間に合わない。ネアちゃんの様子を確認する余裕もなければ、彼女の割り込みが入る保証もない。機銃座の破壊も恐らく――
「弾受けッ!」
俄に集中力を増した俺の聴覚が、同じ発想に至ったらしい刹那の声を捉える。
「……【一騎討千】ッ!!!」
「シイナお姉様!」
――ばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりぃぃィッ……!
俺に向かって飛来する無数の機銃弾が視界に映り込み、『弾剥ぎの玻璃結界』の効果範囲に入った影響でその速度がぐぐっと落ちるその一瞬、気が付くと俺の右手は意識下では不可能な反応速度で群影刀を振るっていた。
ギィンッ……!
過敏になった感覚がその瞬間をスローモーションのように捉え、これまでに培ってきた経験則と戦闘勘のみで実行されたその一閃が機銃掃射の初弾を斬り落とし――――条件が満たされた。
ギンギンギンギンギンギンギィン――!
俺の右手が的確に、確実に限界を超えた速度で群影刀を操り、機銃座から発射された全ての銃弾を自動的に弾いていく。
【一騎討千】は、連続射撃の初弾――最初の一発を武器を用いた攻撃で処理することができれば、それ以降の全ての射撃を自動的に弾き落とす戦闘スキルだ。対象は限定的だし、一対一の時はその他の身動きが取れなくなってしまうため一長一短だが、その動作は殆ど演出のようなものであり、連続射撃の威力も武器の耐久値も関係なくただこの超人的な技を体現できるのだ。
ガンガンガンガンガンッ――!
一拍遅れていちごタルトの拳銃の射撃音が連続して響き、火花を散らした機銃座が暴発するように弾けて動かなくなる。
「“発射”!」
刹那の符丁と共にその手の悲涙の嘆剣から禍々しく蠢く黒い魔力の奔流が空中に放たれ、次の瞬間、双対の青色はズンッと重い衝撃音と共に直上から打ち下ろされた巨大な黒々とした魔力の杭に貫かれ、その体力表示は一抹の希望をも踏み躙るように消滅した。
「致命的損傷を確認、機密漏洩防止システムにより――」
双対の青色は今際の際にバグったように発音の抑揚が上下する合成音声を流し始める。
「――この試作品は自動的に自己消滅します」
「え?」
双対の青色の青い機体の損傷部や亀裂、あらゆる装甲の隙間から目眩い閃光が漏れ始め――――ドオォォォォォオンッ!
双対の青色は瞬く間に激しい爆炎と爆風を発し、その爆圧を既のところで飛び込んだケルベロスの銀盾越しに感じながら、俺と刹那、いちごタルトは身を寄せ合ってほっと息を衝く。
流石の自爆だけあって、双対の青色はバラバラに砕け散り、ポリゴン状の破片を周囲に撒き散らしながら消失したようだ。
「ったく、試作品に自爆機能とか付けて何の意味があんのよ!」
「えへへシイナお姉様、えへへ大丈夫ですぅ?」
背中側から珍しくもっともなことを言う刹那の怒りの声が上がり、お腹側からいちごタルトのくぐもった声が聞こえてくる。
いちごちゃん、それはシイナお姉様ではなくシイナお姉様の胸だよ離れて。
「そっちも終わったようだな、シイナ」
そして頭上から聞こえた声に顔を上げると、両手を腰に当てて何処か自慢げな表情で俺たちを見下ろすリコが立っていて、その隣にちょうど翼を畳んだネアちゃんも降りてくる。
リコに頼んだのは双対の青色を倒すまで双対の赤色を引き付けて時間を稼ぐことだったはずだが、その口ぶりから察するにネアちゃんの補助があったとは言え結局一人で倒してしまったのだろう。リコの戦闘能力が高いのは今更言うまでもないし、どちらにしろ結果オーライということで問題はないのだが、若干負けた気がしてしまうのもプレイヤーとしての性だろうか。
Tips:『スキル・チャージ』
[FreiheitOnline]において、一部の任意起動スキルの発動・効果処理時に発生する“溜め”を表し、転じてその時間を指す。基本的にはスキル・チャージの間一定時間挙動が制限される等強力なスキルを使用する場合のタイムラグやリスクを生じる目的で設定されているが、スキルによっては溜めの時間に応じて攻撃の威力や効果範囲が拡大する等、文字通りの蓄積という意味で用いられているものもある。




