(9)『たった今だ』
第三実機試験場に挑まんとする彼らの動向に暗雲が立ち込める。
不意に差す光明、不意に轟く爆音。それは偶然か、あるいは罠か。
「はい、一瞬注目!」
第三実機試験場のゲート前に屯してからおよそ三分。
各々が戦闘準備を進める中、俺の隣でゲートを背にして立つ刹那がパンパンと両手を打ち鳴らして号令をかける。
「各々準備続けながらでいいから聞いてなさい。今回は敵の情報もあんまりないし、助っ人も一人入ってるから簡単な役割分担だけでいくわ。まずはネア」
「は、はいっ」
「アンタは今回後方支援型の戦線補助、私かシイナが指示した時以外攻撃魔法の方は気にしなくていいわ。それ以外は自己判断で回復と補助飛ばして支援してあげて」
「わかりました」
ネアちゃんの適度に緊張感を帯びた返事に、刹那は肯定を示すように大きく頷く。
「次にリコね。アンタは勿論前衛火力、二輌の片方を任せるわ。機械系モンスターの装甲に強く出れるのアンタの右手くらいしかないから頑張ってね」
「任された」
対照的にリコの自信に満ちた返事に対しては、フォローの必要がないせいか可哀想なくらい無反応だ。
「いちごタルト、アンタは私ともう一輌の方よ。前は私が引き受けるから、アンタは相手の武器を潰して手数を削いで」
「わ、わかったのです」
「ちょっと、何で返事が怪しいのよ。アンタ助っ人でしょ」
「何でもないです、問題ないのですっ」
急に名前をストレートに呼ばれたり、ちゃんと助っ人扱いされて照れたのだろう。さっきまでことあるごとに喧嘩の前振りのようになっていたから、効果は抜群だ。
「シイナは適当にやって」
「……はい」
俺だけ丸投げだった。もっとも、刹那が作戦立案を担当した時の事前会議ではよくあることだから予想はしていたが。
曰く『シイナは戦闘視野も広いし、反射的な状況判断力は高いから変に縛らない方が便利なのよ』なんて嘘か真かわからないフォローは貰っていたが、実際四人しかいなかった旧体制の≪アルカナクラウン≫では俺の一刀一銃が交戦距離や手数の点で一番対応力に優れた戦闘スタイルだったのは事実であり、その結果遊撃気味に動いた方が便利だった説は否めない。
それから間もなくして全員の戦闘準備が落ち着いたのを確認すると、俺はゲート横の外壁に設置された開閉用らしきパネルの隣に立って他の面々に視線を遣る。
「それじゃ開けるよ」
再度号令をかけ、一息置いてからパネルの空間投影ウィンドウに指で触れる――――その直後、すっとそのウィンドウが閉じ、同時に九個のボタンが表示された同じようなウィンドウが表示される。そのボタンのすぐ上には四個分のアンダーバーが表示され、その内の頭の一個は点滅している。
「これ……」
「PINコードね」
文字通り、ありきたりな四桁の暗証番号の入力ウィンドウだった。
俺の手元を覗き込んで俺の台詞を掻っ攫っていった刹那が不思議そうに首を傾げ、空中に指を滑らせてデータウィンドウを開く。
おそらく竜乙女の偵察隊から渡された調査情報を見直しているのだろうが、パスワードのことなんて一言も書かれていなかったのは間違いない。おそらく調査段階では危険を踏まないように触れることも避けていたのだろう。実際この手のフィールドコンソールをトリガーにして強制的にモンスターとの戦闘を発生させるような罠が仕掛けられている可能性もあるからだ。
準備中にこのパネルに触れて確認していなかったのもそのリスクを回避した結果なのだが、今回はそれも裏目に出たようだ。
「そうなると先にこっちの中央管制タワーに行かないとダメそうね。未調査でこの手の極秘機密情報が置いてありそうなのそこくらいだし。はー、もうこういう鍵探しみたいのが正直一番萎えるのよね」
さっきまで戦う気満々でいたからだろう、俄かに不機嫌オーラを発し始めた刹那が忌々しそうに振り返り、やや遠くに見えている中央管制タワーを睨み付ける。
「これしきのゲート、飛び越えるかいっそ破壊してしまえばいいのではないか?」
コンコンと錆びた金属ゲートをノックしながら、リコが乱暴な正論をぶつけてくる。
「それはそれで厄介なリスクもあってね。一見してそういう手段も取れるように見える……て言うか実際取れる場合も多いんだけど、こういう軍事系の人工施設や機械系フィールドって見た目に分からないセキュリティが機能してることがあるの」
「ふむ?」
本来的に入るための正当な手段が存在する空間にそれ以外の方法で入った場合、それは入室ではなく不正な侵入という扱いになる。それで中にいたモンスターがキレる程度なら話は簡単なのだが、実際にはステータスが二倍三倍に跳ね上がったり、数が増えたり、取り巻きのモンスターが無限湧きになったり、こっちに凶悪なデバフが発生したりと結構致命的な影響があったりするのだ。
今回の場合、パスワードの入力が正当な入室手段、ゲートの無視や破壊が不正な侵入手段に当たるというわけだ。厄介なことに、これでフィールド全域を探してパスワードの情報が見つからなければフィールドの仕様として無視や破壊が正解だったなんてことがたまにあったりする。
「ふむ?」
そんな説明を終えると、リコは納得したのかしていないのかよくわからない呟きを発したきり静かになった。
確かに如何にもゲーム的な要素が強い仕組みであるのは確かだが、説明しがいのないやつめ。
「何にしてもとりあえず地道に調査してこいってことみたいだし、今日は色々見て回って次に繋げるしかないわね。ほら、さっさと行きましょ」
刹那は手の中で器用にくるくると回した〈*フェンリルファング・ダガー〉を大腿部の鞘帯に落とすように収めると、また一つ溜め息を漏らして踵を返した。
不機嫌だろうが苛立っていようが、ずっと前向きなのは数少ない彼女のいいところだ。正確には悪いところが多すぎていいところが霞んでいるだけなのだが。
「あれ?」
中央管制タワーに向かって歩く刹那を追いかけようと足を数歩踏み出したところで、ふと視界に違和感を覚えて振り返ると、刹那を先頭に歩く一団に足りていなかった一人――開閉パネルの前に立っているいちごタルトの背中が目に入る。
「いちごちゃ――」
ビィィィィィィ!
いちごタルトに声をかけようとした瞬間、急にけたたましいブザーのような音が鳴り響いた。同時にゲートの左右の外壁に付けられていたオレンジ色の回転灯がチカチカと光り、錆びた金属ゲートがやや荒々しく震えながら上がり始める。
『第三実機試験場がアクティベートされました。第三実機試験場がアクティベートされました。周辺区画の人員は適切なマニュアルに従って行動して下さい』
機械音声のアナウンスが何処からか響き渡り、いちごタルトはその音でようやく周囲の異変に気付いたかのようにパッと顔を上げた。そして、きょろきょろと左右を見回すように振り返り、俺に気付いた途端に花が咲いたように笑顔を見せる。
「あ、シイナお姉様ぁ~。何だか開いちゃったみたいですぅ」
コイツ、適当な数字を入力したのか。間違った数字が入力された時に何か起きていた可能性だってあったのに、なんて無茶しやがる。
「ちょっと、どうなってるの!?」
慌てて駆け寄ってきた刹那たちも流石に困惑しているようで、軋むような音を立てながらも上がりきって止まったゲートを見上げて驚いたように一瞬固まる。
「適当な数字で開いたらしい」
だがすぐに頭も回り始めたのか、刹那は気を落ち着けるように溜め息を一つ漏らすと、さっきしまったばかりの〈*フェンリルファング・ダガー〉を再び抜き放った。
「とりあえず何があったかは後で聞くとして、ちょうどいいから予定通り片付けちゃいましょ」
「まあ、そうなるよね」
勢い余って今にも飛び込んでいきそうなリコの後ろ襟を掴んで留めつつ、俺たちはゲートをくぐって第三実機試験場の区画に足を踏み入れる。全員がその敷地内に入っても特に警報が鳴るようなこともなく、急に隔離されたり多数の敵に囲まれるような罠の起動もないようだった。
一旦ネアちゃんといちごタルトの足を止め、俺と同じように周囲を警戒していた刹那も「特に反応ないわね……」とぽつりと呟いて少しだけ気を緩めた。
「刹那、そのままそっちの調査続けてて。私とリコでそこのコンソール見てくるから」
何か言っていたような刹那からの返事を聞き流しつつ、リコの後ろ襟を引っ張ったままゲートの近くに設置されているフィールドコンソールに歩み寄る。
「リコ、さっき言ってた動力反応の初動見ておいて」
「それは了解したが、いい加減この手を――」
人工施設のフィールドコンソールはパズル的なギミックを含むことが多くて割りと複雑化しがちな傾向があるが、そこにあったコンソールは[ACTIVATE WALL]と[ACTIVATE TRIAL]の二つが操作できるだけの至ってシンプルなものだった。おそらく隔壁を起動するとこの第三実機試験場が一時的に閉鎖され、次に実機試験が実行できるようになるはずだ。他にも[ACTIVATE DEMO]や[ACCESS MA][DATA]等の項目もあったが、該当するデータが破損しているのか赤色のエラーアイコンが重なるように表示されている。
「リコ、刹那に召集要請できそうな場所があるって伝えてきてくれ」
「シイナ、その必要はない」
「え?」
リコの意味深な台詞を問い質そうとした瞬間――――ドオォォォォォオン!
突然戦闘場の方で激しい爆発音が轟き、反射的に振り返ると立ち昇る黒煙と空中に吹き飛ばされた灰白色の二つの物体が視界に飛び込んでくる。
「たった今、奴らが起動した。たった今だ、警告する間もなかった」
Tips:『召集要請』
[FreiheitOnline]において、独立フィールド内に存在する一部のフィールドギミックによって特定の存在個体を能動的に出現させること、またはそのために用意されたギミックを使用する行為を指す。あくまでもモンスター等のプレイヤーに帰属しない存在個体として出現するだけであるため基本的には敵対することになるが、一部のフィールドではNPCのように味方として出現させる特殊なパターンも存在する。




