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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
序章『フライハイトオンライン―全ての始まり―』
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(9)『ギリー・モンスター』

 見えない殺意の渦の中、船上に降り立つは旧き戦友スリーカーズ。

 飄々と忍ばざる女狐は、姿なき姿の正体を告げる。

 船縁に両手をついて、轟々(ごうごう)と不気味な水音を立てる大河の水面下に目を凝らしつつ、森の中にも時折意識を遣る。しかし荒々しく流れて刻々と形を変える河の水面に怪しい動きを見分けることは出来ず、森の中も見えるのは不自然に動く草の動きだけ。可能性としては、草の下に小動物系モンスターがいるか、あるいはあの植物自体がモンスターであるかのどちらかだろう。河の中には、あるいは高速で泳ぐ魚系モンスターが水面に一瞬だけ顔を覗かせて再び身を隠せば、似たような状況になるはずだ。

 パシャ、と水音のした方に咄嗟(とっさ)に視線を向ける。そのタイムラグはコンマ三秒ほど、それでも敵影を捉えられなかった。


「くっそ、何かいるのは確実なのに……」


 水中に目を凝らし、音の原因を探す。

 こう見えて、動体視力と反応速度にはある程度の自信があるのだ。

 今までに敵を一体も見なかったのも気になるし、あるいはこのフィールドは今までにない特殊なフィールドなのかもしれない。


「シイナ、後ろッ!」


 背後から聞こえてきた刹那の声に咄嗟に身を屈めると、風切り音と共に何かが頭上を通り抜け、ポチャンと水飛沫を跳ねさせ、水面下に消えた――。


 ――直後。


 ドボン、ドボドボドボ、ドドドドドドドドドッ!

 小さな水飛沫が重なるような音から一転して、水面が激しく波打ち始めた。それと同時に危険を察知したのか、リュウ・シン・刹那の三人が屋根から甲板に飛び下りてきて、俺と同じように船縁に身を屈めた。

 そして抜刀術を基本的な戦闘スタイルにするシン以外の二人は、それぞれの武器を鞘から抜き放つ。

 ちなみに俺の王剣(エタキン)は、こんな体勢じゃ持つだけ無駄だ。


「ちょっとシイナ! これ、どういうことなのよ!? 説明しなさいよッ!」


 轟く水音の向こうから、刹那の怒鳴り声が聞こえてくる。


「んな無茶言うなッ! 俺だってまだ何も――」

「わからんことないやろ。もうヒントはとうに出揃ってるで~♪」


 シャキシャキシャリイィン!

 何処かから聞こえてきた暢気(のんき)な声とほぼ同時に、空気を切り裂く音が連続して響き――――スタンッ!

 突然船の甲板に、人影が飛び降りてきた。頭上には少し高いところまで伸びている太い木の枝。あそこから降りてきたのだろう。

 そして、その降りてきた人物――金髪のポニーテールに関西弁、二振りの細身の双剣には見覚えがあった。


「どもー、諜報部の者でーっす♪」


 生足を晒すような丈の短いラフな着物に身を包み、そのお尻にくっついているすらりとした白毛の尻尾をくるくると踊らせながら振り返った人物は、犬歯がよく目立つ笑みを浮かべた。

 彼女の名前は[スリーカーズ]。

 俺と同じベータテストからの古参で搭攻略を主眼に置いた単独プレイングでそこそこ有名な前線プレイヤーだ。


「トドロキさん!?」


 意外と言えば意外な人物の登場に、俺が思わず彼女の呼び名を叫ぶと、次の一瞬でチャキンッと首筋に宛がわれた冷たい感触に戦慄した。


「せやからトドロキちゃうて。ウチの名前はスリーカーズや」

「つ、つい馴染みの深い方で呼んでしまいましたっ……」


 トドロキ、と言うのは不可抗力で知ってしまったスリーカーズの現実での名字である。漢字は“トドロキ”。

 もうわかるだろうが、彼女の名前は三つの車(スリーカーズ)

 (トドロキ)という漢字に直接繋がるような名前にした彼女もどうかと思うのだが、初見でそれをつい口走ってしまい、直後この人に半殺しにされたという壮絶なエピソードがある。


「――ってジブン誰? 初顔合わせやないの?」


 思わず普通に受け答えしてしまい、トドロキさんにそう言われて現状を思い出すこととなる。最初に突っ込まれるとしたらそこだろうから。

 俺が目を逸らしつつ、無言で頭上に表示されているだろう名前を指すと、


 一秒。

 二秒。

 三秒。


「シイナ!?」


 三秒でそんな反応が返ってきた。


「まぁ、驚きでしょうね」

「このアバターどないしたん? 随分変わっとるようやけど。んー、そやね。やたら可愛くなっとるけど」


 何故言い直した。


「詳しいことは後で説明しますよ。それより、これってどういうことなんですか? ヒントはもうどうとか……」


 轟く水音で思い出したもうひとつの現状をトドロキさんに尋ねると、


「ギリーモンスターや。少なくともウチはそう呼んどる」

「ギリー?」

「迷彩色ってことやね。実際の色覚迷彩ってわけやない。言うなれば“透明色(インビジブル)”。この森のモンスターは姿が全く見えへんの。今この船を囲んでるのはこの河の主要モンスター『ギリーフィッシュ』。さっき魚拓をとってみたんやけど――」


 そう言ったトドロキさんが突然着物の胸元に手を突っ込み、俺とシン・リュウがぎょっとする。そして刹那は不機嫌そうに舌打ちした。


「奥行きよった」


 トドロキさんが手を動かす度に揺れる(刹那と違って)豊かな胸から心なしか目を逸らして、殺気の込められた刹那の視線に耐えていると、ガサッと音がして、トドロキさんがくしゃっと丸められた紙を引っ張り出した。


「見てみ?」


 前屈みになって甲板に紙を広げるトドロキさんの胸がまた揺れ、紙探しの影響で崩れていた着物がさらにズレ、胸の谷間が大きく覗く。

 思わず息を呑んだ瞬間、刹那の手が横から伸びてきてトドロキさんの胸元をかなり強引に整えた。

 一瞬、驚いたように刹那を見たトドロキさんは即座に「おおきに」と軽い調子で返し、再び紙を綺麗に伸ばして広げた。

 そしてその紙を五人で覗き込む。

 取り出した紙に写し取られていたのは、パッと見特徴に乏しい魚。

 大きさは25cmちょっととそこそこ大きく見えるが、FOの魚系モンスターとしては小さい方だ。

 下顎が厚く、上手く魚拓を取れていたためか、その上顎と下顎の間には、うっすらと細かい歯が写っていた。

 それにしても、よく見えない敵を捕まえられたな、この人。


「セルサラムス……」


 魚拓を見た刹那がぼそりと呟く。


「ご名答♪」

「セルサラムス?」


 シンがそう訊くと、

 

「あー、えっと……ピラニアよ」


 案外博識な刹那が俺も聞いたことのある魚の名前を挙げる。アマゾン川でもよく話題にされる肉食魚だ。

 最初からそっちの名前で言ってください。


「今、立つと肉と体力(ライフ)をごっそり持ってかれるで。一緒に来た仲間(ツレ)とはぐれてもうて、どないしよって思っててんけど、ちょうどシイナたちが通りかかってくれて、ほんま助かったわ。森ん中にもなんややばい殺気出すヤツがおったみたいやったし、降りるに降りられんかったんよ」

「どんな弱小モンスターでも見えないってのはそれだけで厄介だな……」


 シンの呟きが、五人の中で響く。

 攻撃を確実に当てるということができないモンスターが、さらに群れを成しているというのだから尚更恐ろしい。


「今までモンスターを見なかったのも頷けるわね」

「見えない連中だったとはな。確かにこれは新しい」


 刹那、リュウと一言ずつそんな感想を漏らす。


()()()()()()さん、まさかここってボスまでギリーモンスターなんですか?」


 不安になってそう訊くと、トドロキさんは肩を(すく)めて見せた。


「ウチもそこまでは掴めてないねんなぁー。さっき言うた通り、森に入るんもままならんかったからやねんけど」


 ボス級モンスターまでギリーモンスターだったら現状対処する方法がない。一度外に出て、それなりの準備が必要だ。具体的には森を丸ごと焼き払えるだけの大量の魔砲人員を連れてくる、等になってしまうのだが。

 今は、それ以前に、この状況を切り抜けるのが先決だろう。

 姿勢を低くしたまま船で逃げてもいいが、いつ新手のギリーモンスターが来るかわからない。船を沈めることが出来るようなモンスターが来てしまったら、今以上に最悪の事態だ。

 当然のごとく見えない敵(ギリーモンスター)を相手にしたことなんてないから、対抗策は今考えるしかない。


「どうにかしてギリーモンスターを見えるようにすればいい……けど……。スリーカーズさん、魚拓ってどうやって取ったんですか?」

「普通に空中で捕まえて、インクつけて紙に押し付けただけやけど……。ほんまの魚拓のとり方は知らん」

「使ったインクの残りってどのぐらいありますか?」

「そらあるにはあるけど……。一度インクをつけてもまた水中に潜られたら流れておしまいやと思うで?」

「多分いけるんじゃないかと……? まぁ、とりあえずはインクですね」


 トドロキさんがアイテムボックスを操作するのを横目に見流しながら、船縁から顔を覗かせようとするシンの襟を掴んで引き止める。


「何をするんだ、シイナ」

「馬鹿を止めたんだが」

「どれくらい喰らうかわからないだろ」

「わからないからこそやるなよ」


 シンは普段面倒くさくなるほど合理的に物事を進めたがるくせに、時々恐ろしいほど馬鹿だったりする。


「コイツら、透明になってるモンスターなんだろ? もしかしたら透明になれるアイテムとか出るかもしれないじゃないかっ!」

「だからって別に大した使い道もないだろ……」

「透明人間は男のロマ――ぎゃあああああああっ!!!」


 何やら叫ぼうとしたシンを船縁の上に蹴り出してやっただけである。

 ごりごりと体力(LP)の減ったシンが甲板の上を転がったが、どうやらモンスターがくっついてるわけではないらしく、リュウがため息混じりにバシャバシャとポーションを振りかけ始めた。


「何やってんのよ、アンタたち……」

「おい、馬鹿やってるのはシンだけだぞ」

「似たようなもんでしょ」


 刹那の無論拠はいつものことだ。


「お、あったで~♪」

「量ありますか?」


 市販のインクはそれほどたくさん持つ必要がないため、トドロキさんの持っている数が少ないと作戦自体が瓦解する可能性がある。

 刹那やシンがインクなんてモノを持ってるとは思えないしな。


「それは心配あらへんよ」


 トドロキさんはにやりと犬歯を見せると、くるりと再び尻尾を踊らせて、二リットルは入っていそうなビンを取り出した。


「最高級のイカスミやからな」


 俺は思わずツッコミそうになる心を全身全霊で制すると、ビンの側面に貼られていたラベルに目を通す。


『デモンズ・カトルのイカスミ』


「……これ、三層当たりのボスのレアドロップじゃなかったっけ?」


 巨塔第三層『暗黒海の神殿デモンズ・サンクチュアリ』のボス、〔デモンズ・カトル〕はメタリックな装甲に覆われた巨大なイカだった。

 黒と赤の色彩やその鋭い印象に反して意外に弱く、比較的楽に倒せるが腐ってもボスモンスター。中堅までのプレイヤーでは手も足も出ない程度の強さは持っているため、掲示板等の曖昧で無責任な情報や風聞を聞いて勘違いしたビギナーが返り討ちにされることも少なくない。

 そういう意味では有名なモンスターである。

 俺が顔を上げると、トドロキさんは揺れる船の中で同じ瓶をさらに何本も積み上げていた。相変わらず器用なことをする人だ。


「ていうかトドロキさん、デモンズ・カトルと何回戦ったんですか……」


 数えてみると十一本。概算二十二リットル。

 正直なところ、こんなにたくさんあるとは思っていなかった。俺以外の四人の持ってる分を合わせても足りないかも、とすら考えていたのだから。


「いや~、さすがにレアなだけはあるわ~。苦労して倒しても出えへんかった時はほんまショックやで。今は確か119匹やけど……今度手伝うてくれんかな。ジブンらの手を(わずら)わすんも(わずら)わしいねんけど」

「それは別に……いいですけど、ボスクラスって絶滅しないんですかね……?」

「ゼロとイチの海からなんぼでも釣ってこれるってわけやな」

「ロマンチックに見えて現実的な例えは結構ですが、そういう仮想空間の雰囲気ぶち壊しにするようなことを言わないで下さい」


 トドロキさんのキャラにつられてどうしても話が逸れる。


高いもの(レアアイテム)、こんなに使っちゃっていいんですか?」

「ええ、ええ。数は憶えとるし、手持ちにまだ三本残してあるから気にせんでええよ。むしろパーッと使ってくれてええねんで? こんなん、料る以外ではなかなか使う機会もあらへんしな」


 デモンズ・カトルのイカスミは巨塔の最下層クラスのアイテムとはいえ、これでもレアドロップアイテム。これだけ売れば結構な値になると思うのだが、さすがは古参。それほど金に困ってなさそうだ。

 俺もこの前まで同じだったのだが。


「それじゃ、ありがたく使わせてもらいます」

「前から気になっとったけど、なんでジブン、ウチに対して敬語やねん」


 理由は勿論年上だから、なんてわけもなく。単純に初対面でフルボッコにされた恐怖が深層心理に刻み込まれたからです。


「後は流れをどうやって()き止めるかなんですけどね」

「さりげなく人の質問スルーすな。まあそれはウチに任せとき。まだ白狐(ハク)やけど、こう見えて魔法は得意や。後ろでこっそり聞き耳立てとるお嬢ちゃんとは違って、な」


 姿勢を低くしたまま俺が振り返ると、耳に手を添えるように話を聞いていたらしい刹那がビクンッと飛び跳ねた。


「あっ、いやっ、これはっ、そのっ」


 明らかに狼狽(うろた)えている様子だった。


「それこそ刹那ちゃんとは初顔合わせやった気ぃするけど、ウチらはスリーカーズ。これでもシイナとはお嬢ちゃん以上の古い付き合いや、以後よろしくな」

「お嬢ちゃんじゃない、刹那でいいわよ。ともかくヨロシク」


 若干不機嫌そうに見えるのは気のせいですか、刹那さん。


「ほな、流れを止めればええんやね?」

「あ、はい。お願いします」


 トドロキさんは腕を回して肩をコキリと鳴らすと、頭を出さないよう気をつけながら船尾の方へ這っていく。

 船は既にリュウが止めてくれてるし、余計な手間を増やしてくれたシンもインク瓶を抱えて何か考えている様子だ。


「私が船首の方やってもいいわよね?」


 刹那が、さも当然という顔で俺の脇腹を突いてくる。


「いやお前、魔法熟練度32かなんかだろ? できるのか?」

「お生憎。少しも魔法を使おうとしないアンタと違って、ちゃんと成長はしてんのよ。ていうかそれいつの話よ。一週間以上前の話でしょ?」

「じゃあ今は何なんだよ」

「97」


 成長曲線が色々とおかしい気がするんだが。


「できるならできるでいいけどな」

「任せて。ところであの女の熟練度ってどのぐらいなのよ」

「前に聞いた時は……243だったかな」

「キモ」


 初対面の人に対して『あの女』呼ばわりした挙句、一言罵倒を残していった刹那は、トドロキさん同様這って船首の方に向かっていく。


「さてと……リュウ、シン」


 いつのまにかインク瓶を足元に下ろし、空中を飛んでいるギリーフィッシュを抜刀術で三枚に下ろそうと画策しているシンと、〈*宝剣(ほうけん)クライノート〉をアンテナのように甲板に立て、飛んできたギリーフィッシュが少しでも両断できないかと目論むリュウを制しつつ、イカスミのビンを指し示す。


「刹那とトドロキさんが流れを堰き止めたらこれを河に投げ入れるぞ」

「それはそうと、何する気なんだ? シイナ」


 まだわかってなかったのか、シン。


「まあ、見てればわかるよ」


 面倒になった俺は、その言葉で誤魔化しておいた。

Tips:『熟練度』


 FOにおける確立された特定の行動の習熟度を指す。数字が大きいほど恩恵が大きく、実質的にはレベルシステムと同じものと言える。戦闘用ではそれぞれの武器カテゴリに上限1000、魔法に上限500、それぞれのスキルアーツに上限10が存在し、該当する武器や魔法、スキルアーツを使う度に少しずつ熟練度が上がっていく。ダメージ発生の有無や討伐数、取得経験値には一切関係なく、装備して使用する度に上昇するため言ってしまえば素振りのみでカンストまで持っていくこともできる。

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