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美術狂いで勇者パーティーを追放された商人が田舎に隠居したら、竜に求婚され最強国家を建国することになった件。 〜優れた芸術品は最高のマジックアイテムでした〜

作者: 真黒三太

「カツマタ。

 悪いが、あんたとはここまでだ」


 どのように辺鄙な土地であっても、酒とそれを提供する場が存在するのは、人の業というもの……。

 辺境都市ルーアンの酒場でそう切り出され、私は丁寧に整えている口ひげを無意識で撫でた。


「ロッソ殿……それは、一体?」


 私から問いかけられ、パーティーリーダーである勇者ロッソ殿は、目を逸らしながらくしゃくしゃの長髪をかく。

 視線を彷徨わせれば、戦士ライアス殿と魔術師ライブ老も、ばつが悪そうな顔で酒杯をあおっている。

 この様子を見れば、三人の間ですでに話はまとまっているのだ。

 ならば、これはもう、私の意思が介在する余地なき最後通告であるに違いない。


「正直、あんたにはここまで世話になってきたと思う。

 こうして、酒と料理にありつけているのは、旅の道すがら、次の目的地で売れる品を仕入れて売り続けてきたあんたの手腕があるからだ」


「商売でパーティーに貢献するのは、商人として当然のことですからな」


 後ろに固めた黒髪をさらりと撫で、背広の襟をぴしりと正しながら答える。

 過酷な旅の最中でも、見た目を紳士的に整えておくのは私の流儀だ。


「ああ、まったくもって、あんたには頭が上がらないぜ。

 ただ、ただなあ……」


「一体、私になんの不満があるというのです?」


 ロッソ殿の瞳を真っ直ぐに見据え、問いかける。

 私に不満があり、パーティーから抜けてもらおうとしているのは、すでに承知だ。

 その上で、その不満点が改善可能なものであるとするならば、全力でそれに取り組む覚悟があった。

 人と人とが旅をし、命がけの戦いで背中を預け合うのだから、このようなことは百度乗り越えねばならぬと覚悟している。


「……あんたの美術狂いには、もうついていけないんだよ!

 例の画家娘が絵を完成させるまで逗留するって言って、もう一週間が経ってるんだぞ!

 いつまで、こんな辺鄙な土地で足止めさせるつもりだ!」


 だが、その覚悟はあっさり砕け散った。

 世の中、無理なものは無理だ。

 無駄に努力というコストを払うものではない。


「これは異なことを。

 確かに、辺鄙な土地であることは否定しません。

 だからこそ、私はこの土地でくすぶっていた才能のつぼみが花ひらくのを見届け、その証を収集する義務があるのです」


 口ひげを指でなぞりながら、力強く断じる。

 これは、私にとってごくごく当たり前のこと。

 高いところから水を垂らせば、下に落ちるのと同じ。

 自然現象と呼ぶべき行動であった。


「財布を握ってるのあんただから、これまで我慢してたけどさあ!

 そうやって、行く土地行く土地でいちいち長逗留させてさあ!

 一体、これまでどんだけの美術品を集めてきたよ!」


「――知りたいですか?」


 ぴしり、と口ひげの先を弾きながら、私は鋭い視線を向ける。

 視界の片隅では、「あー」と漏らしながら眉間を揉む戦士と魔術師。

 だが、これを聞かれた以上、私はもう止まらない!


「まずは、マーロで手に入れた青銅像『悩み』!」


 商人としてのスキル――“アイテムボックス”を発動し、影の中からたくましいブロンズ像を取り出す。

 原寸大の人間サイズであるこれは、くねりくねりと苦悶した姿勢を取っており、筋線維一本一本に至るまで克明に彫り抜かれている。

 人体というものに対する深い理解と、何より、その美しさを理解していなければ、決して生み出せない作品であった。


 この像を生み出したのは、マーロの神殿前で小さな石膏像を売っていた土産屋だ。

 精霊を象ったあれらの商品もなかなかの品であったが、しょせんは手癖の量産品であるし、何より、製作者が最も表現したいと思っているのは、肉を持った生物の美しさである。

 制作させたブロンズ像の代金として、冒険で得た私の分け前から一年分ほどの生活費は渡しておいたので、次に会う時はより素晴らしいものを作ってくれているに違いない。


「リパで手に入れたこちら『散歩道』もまた、素晴らしい!」


 続いて取り出したのは、額縁に収められた大人の胴体ほどもある油絵。

 描かれているのは、どこかの森から海岸へ至るまでの林道。

 素晴らしき絵画に共通した条件として、この絵は平面に描かれていながら強い立体感を生み出しており……。

 何より、時間が閉じ込められている。

 画家がこの林道を歩く際に抱いた心のときめきというものが、筆使い一つ一つに至るまで宿っており、静止した絵画でありながら、今にも歩行の振動が生じそうなのだ。


 この絵を描いたのは、生活に困窮し、今日のパンにも事欠いていた貧乏青年。

 そのような状況でありながら、労働時間を極限まで削り、可能な限り絵画の制作へ時間を費やしていたことについて、愚かと笑う者は多いだろう。

 だが、私からすれば、彼は――憑かれている。


 何に憑かれているのかといえば、それは、自らが生み出し得る作品たち。

 彼が作品を描いているのではなく、これはむしろ、作品が彼に描かせているのだ。

 私が与えた資金によって、束の間、飢える心配なく創作に打ち込めるだろうことを、心から誇りに思う。


 金というのは、ただ金であるだけでは意味がない。

 何かに変えてこそ価値を持つものであり、私はあの金に、最大限の価値を与えたと言える。


「まだまだありますよ。

 続いては――」


「――いや、もういい。

 止まれ! 止まるんだカツマタ」


 ぐぐっと右手を突き出し、制止してくるロッソ殿だ。

 そんな……まだまだ、コレクションの開帳はここからだというのに!


「……続いては、同じくリパで手に入れた」


「未練がましく続けようとするんじゃない。

 いいか、あんたは恍惚とした表情で眺めている像だの絵画だけどな。

 オレたちには、その良さがさっぱり分からねえ」


「な……あ……!」


 馬……鹿……な!

 あまりと言えばあまりの言葉に、あんぐりと口を開けてライアス殿とライブ老に顔を向ける。

 すると、二人ともが重々しくうなずいてみせたのであった。


「拙者には、ただの綺麗な絵としか思えん。

 分け前が平等である以上、お主はその気になれば荒鷲の剣や水面盾など、拙者同様に強力な装備を揃えることが可能だったはずだ。

 なのに、ほとんど装備更新もせず、貧乏な絵描きや彫刻家に恵んでばかりというのは、理解に苦しむ」


 十戒の鉄球や鏡面の鎧など、強力な装備に身を固めたライアス殿が、力強い眼光と共に告げてくる。


「今は、混迷の時代……。

 闇の勢力が各地で暗躍を繰り返しており、わしら勇者パーティーとして認定された者たちに何より期待されているのは、そういった邪悪を叩き潰すことじゃ。

 心ないことを言ってしまうが、お主は優先順位を履き違えていると、わしはそう思う」


 長年に渡って伸ばし、手入れし続けてきた自慢の白髭に手をやりながら、ライブ老が静かな声でそう言った。


「嘘……ですよね……?

 そのような時代であるからこそ、芸術というものが必要であり、私の役割はそれを保護することなのです。

 その崇高さが、理解できないなど」


「崇高だとは思う。

 ただ、オレたち勇者パーティーがするべきことじゃないと、そう言ってるんだ」


 パーティーリーダーであるロッソ殿が、あらためてそう告げる。

 彼は明後日の方を向きながら髪をかきむしっており、このようなことは言いたくて言っているわけでないことが、ありありと見て取れた。

 それでも彼がこう言っているというのは、これもパーティーにとって必要な判断であると考えたから。

 私の居場所はもう、ここにないのだ。


「……承知しました。

 ここまでお世話になったこと、厚くお礼申し上げます」


 席を立ち、深々とお辞儀する。

 同時に、出していたブロンズ像と絵画は影の中へ収納した。


「……オレが聞くのもどうかと思うが、これからどうするんだ?」


 明らかにほっとした雰囲気を漂わせながら、ロッソ殿が私を見上げる。

 それに対し、私は遠く故郷の方角に顔を向けながら、思いつきを口にしたのだ。


「生まれ育った地……極東の田舎村へ帰ろうかと。

 そこで、収集した美術品に囲まれて暮らします」


「そうか……達者でな」


「そちらも」


 それで会話を終え、一人で店を出る。

 どのような性質のものであれ、別れというものはさっぱりとさせるに越したことがなかった。


「せっかくならば……美術館のようにしてみるか」


 それに、私の思考は、早くも隠居後の生活へ向けられていたのである。

 一流の商人というものは、一つの物事へ未練がましく囚われず、常に新たな行動を考えるものなのだ。

 まずは、故郷ウエノまで、最速かつ最高効率で稼ぐ帰路を考えねば……。

 そうして、さらに芸術品を収集するのだ。




--




 鬱蒼とした木々がざわめく密林地帯は、その気候だけでも人間を疲弊させるに十分なものであるが、やはり、真に恐怖となるのはそこへ巣食う魔物たちである。

 とりわけ、驚異的なのが首狩族と呼ばれるものたち……。


 こやつらは、片手斧で武装した未開地の仮面部族と呼ぶべき姿をしているのだが、仮面の下にある顔は猿めいていて魔性そのもの。

 闇の勢力から尖兵として送り込まれてきた手練れの戦士たちであり、この地の攻略をより難しくしているのだ。


 間違いなく――強敵。

 で、あるから苦戦するのは当然と言えば当然なのだが……。


「――クソッ!

 どういうことだ!

 オレたちは、もっとやれたはずだ!」


 数体の首狩族たちが倒れる中、聖銀の剣を荒っぽく地面に突き立てた勇者ロッソは、そう吐き捨てていた。


「そんな……。

 僕たちは、十分にやれていると思いますよ?」


 やや気弱そうな声でなだめたのは、神官トリクフ。

 クビにしたカツマタの代わりとして加えた新戦力である。


「いや、これでは不足だ。

 確かにここの魔物は手強いが、拙者らの実力ならば一蹴可能なはず。

 しかし、実際はこの体たらくだ」


 答える戦士ライアスの盾と鎧は、受け止めた攻撃によりおびただしい数の傷が入っていた。

 彼が盾役として敵を引きつけ、攻撃を集中させなければ、たちまちパーティーは半壊してしまうはずだ。


「勇者殿やライアスの斬撃が、明らかに威力を落としておる。

 わしの魔術も……。

 我が氷雪の魔術ならば、集団で襲いくるこの魔物たちを、一掃可能なはずなのじゃが……」


 いぶかしげな顔で己の手を見つめるのは、老魔術師ライブ。

 彼の操る魔術は、確かに首狩族たちの体を凍えさせ、その身体能力を大いに奪っていたが、しかし、絶命させるには至っていなかった。


「いやいや、世に勇者パーティーは数あれど、この超危険地帯でここまで戦い抜けるのは僕たちだけですよ!

 それに、僭越(せんえつ)ですが、僕の祈りによる加護(バフ)で、皆さんの戦闘力は普段よりむしろ上昇しています」


 必死な顔で説明する神官トリクフである。

 だが、それに対し、勇者は疑いの眼差しで返した。


「けどよ……。

 実際、お前の加入前より戦闘力が低下してるんだ。

 商人が抜けて、神官が加わったんだぞ?

 普通に考えれば、むしろ戦力が増さなきゃいけないだろ?」


「それじゃあ、その商人とやらが、僕以上の加護(バフ)をパーティーに与えていたんじゃないですか?」


 やや投げやりな神官の言葉は、疑われているのだと思えば当然のこと。

 それに対し、問題の商人を知る三人は、互いに顔を見合わせて考え込む。


「あの美術狂いが……」


「拙者らに加護(バフ)を与えていた……?」


「いやいや、そんなはずはあるまいよ」


 しかし、出される結論はそれだけ。


「……あいつが転移魔法の使い手に頼っていれば、行商や美術品収集しながらでも、とっくに故郷へ帰ってるか」


 勇者ロッソは、遥か東に視線をやりながら、そうこぼすのだった。




--




「壮観……実に、壮観です」


 大急ぎで建てられた木造の小屋……。

 ただ板材で覆っただけのあまりに簡易な構造のそれは、今、宝物庫として生まれ変わっていた。


 壁にかけられた数枚の絵画が!

 その鑑賞を妨げぬよう、絶妙な感覚で配置されたブロンズ像たちが!

 これだけはこだわり抜いた角度で設置した魔法のランタンに照らし出され、悠久の美を生み出し、この質素な空間をこの世の何よりも素晴らしき場所へ生まれ変わらせているのである。


「ふうむ……この美しさ、できることならば、誰かと分かち合いたいものですが、さて、この田舎村では……」


 冒険の旅を終えても、決して手入れは怠らない口髭を指で撫でながら、思案する。

 一歩、外へ足を踏み出して眺めてみれば、目に入るのはあまりにも牧歌的な農村の風景……。

 散発的にわらぶき小屋が立ち並び、住居よりも水田の方が圧倒的に広い面積を誇るここウエノは、極東における典型的な田舎の農村であった。

 当然、専門職の大工など存在するはずもなく、この小屋は、村の者らと協力して建てた代物である。

 若くして魔物に家と田を焼かれ、やむなく村を出ることになったのが20年ほど前。

 それだけの年月を経てもなお良くしてくれるのだから、やはり、故郷というのは特別であり、多くの芸術家が題材として選ぶのもうなずけた。


 かように素晴らしき生誕の地であるが、いかんせん、田舎は田舎。芸術というものを解する人間はいない。

 そもそも、カツマタ自身も旅に生きる人生で美術品に触れる機会がなければ、たかが絵や彫刻と侮り、その奥深さに触れることがないまま生きていただろう人間なのである。


「とはいえ、この素晴らしき作品の数々を、誰かと語り合いたい。

 この美しさは、私一人で独占すべきものではない。

 もっと広く世に知らしめ、この地に海外美術の素晴らしさを普及せねば。

 となると、都市部の納屋衆へ取り入るのが近道か」


 頭の中で組み立てるのは、今後の戦略。

 心情的にも、実際の必要性としても、まずはこのウエノに拠点を構えるのが必須だった。

 それを果たしたのだから、次なる計画を立案し、実行していくべきだろう。


「極東にへばりつく老商たち……。

 さて、どのようにして懐へ入り込むか」


 思いついた手段は、10を下らない。

 さて、そのうちどれを採用するか、あるいは複数同時進行すべきか悩んでいるところで、恐るべき咆哮が天から轟いたのである。


 その音圧と迫力は、間近の落雷を上回るほどであり……。

 何より、たかが吠え声におびただしい魔力が込められていて、聞いた者の魂そのものを萎縮させる。

 このような咆哮を放てる生物など、この世にただ一種しかいない。


「――竜!?」


 美術品の収集家から歴戦の冒険商人に顔つきを戻したカツマタは、ただちに小屋の外へと飛び出した。




--




(なんという……きらびやかで芳醇な魔力の集まりよ)


 遥か高空からそれを見つけた竜は、目にした魔力の眩さに目を細める。

 例えるなら、頭上の太陽を極限まで小さくし、地上に落としたかのような……。

 目を焼かれかねないほどの魔力が、そこから発せられていた。

 そして、魔力の性質はどうやら、才能ある芸術家が魂そのものを燃やして付与したそれであるようなのだ。


(これほどの品々を収集するとは、さぞや力のあるオスに違いない)


 竜が宝物を集めるというのは、人間世界にも様々な形で伝わっている生態。

 では、最強種族である竜が、どうしてそのような行動を取るのかといえば、収集した宝物……正確には、それに宿っている魔力の総量で自分の力を同種に誇示するためであった。


 身も蓋もない言い方をするならば、求愛だ。

 そう、定住し宝物を集めるのはオスだけであり、メスは放浪するのが竜の生き方なのである。


 メスは放浪しながら、自らにふさわしきオスを……その求愛の輝きを探し求める。

 このメスもそんな竜の本能に従って生きており、今、放浪の旅が終わったことを直感したのだ。


(同種のオスよ! その求愛……。

 竜帝サンバルガとその妻リインミドガの娘であるワタシ――ベチカが受けてやろう!)


 ベチカが心中で発したのは、いわば、己の魂そのものを縛る魔術的誓い(ゲッシュ)

 これを破ることは、もはや、ベチカ自身にもあたわぬ。




--




(ふむ……。

 これは、死にましたな)


 今までの冒険でも、似たような経験はしてきている。

 人間というものは、真に危機的状況へ陥った時、かえって冷静さを発揮して状況の分析に努めるものだ。

 だが、その危機的状況というものにも、ピンからキリまで存在するものであり……。

 今回のこれは、文句なし最上級のピンであった。

 その証拠に、冷静となりすぎたカツマタの思考回路は、もはや凪のようで一切の感情的な揺れを生み出さなくなっているのである。


 眼前の存在は、それほどに――圧倒的。


 巨体のほどは、小規模な砦が受肉したかのようであり……。

 背から生えている蝙蝠じみた翼は、羽ばたくすらことなくこれほどの巨体を空中に浮かせていて、この存在が常識の埒外にいる存在であることを、まざまざと知らしめていた。

 巨体にふさわしい爪の鋭さと巨大さは、地上のいかなる肉食獣も及ばぬもの。

 顔面の恐ろしさと獰猛さは、爬虫類の特質を備えながらも、あのように下等な生物では及びもつかない領域に達している。


(これが、竜ですか)


 これまでの冒険では、出会うことがなかった伝説の存在。

 実際にそれの直下に立ったカツマタは、ありとあらゆる己の死に様を幻視した。


 口から吐かれた炎に焼かれるか。

 爪で裂かれるか。

 口に加えられ、苦しみと共に飲まれるかもしれない。

 あるいは、たくましいなどという言葉では生温い質量の尾で叩き潰されるか。


 いずれにせよ、勝つどころか、抗する見込みすらない。

 手にしている愛刀正宗が、まるで爪楊枝のように頼りない存在と思えた。


(せめて、皆が逃げきってくれればいいんですがね……)


 ウエノの民たちは、家財を持ち出すことすらなく三三五五に散り、逃げ出している。

 何しろ、頭上の存在は強大極まりないから、蟻に等しい田舎の民など、見逃してもらえる公算が高いと思えた。


(あとは……)


 ちらりと、背後の粗末な小屋に視線を送る。

 あの中に収めている品々や、あるいは、“アイテムボックス”で影に収納している収集品のことだけが、気がかり。

 特に、後者はカツマタが死した場合、ただちにその場へ四散してしまう。

 そうなった場合、竜に踏み潰されるか、あるいは火炎の息で焼かれるか……。

 どちらにせよ、あってはならない未来であった。


(こうするしかないですか……)


 ゆえに、カツマタは唯一残された最後の道――“アイテムボックス”内全開放を行なったのである。


 宝石――『星海の羅針盤』が。

 絵画――『嘆きの女王の胎動』が

 彫刻――『竜の胎動』が。

 耳飾り――『永遠の囁き』が。

 タペストリー――『光の紡ぎ手』が。


 その他、これまでの旅で収集した数限りない美術品の数々が、可能な限り最新の注意を払って地面に広げられた。

 それらは、食料などの必須品より明らかに数が多かったのだから、自身の情念というものをうかがい知れる。


「竜よ!

 私はどうなっても構わない!

 しかし、どうか、これらの素晴らしき芸術だけは、見逃し――」


 その上で、竜に向かって放たれたカツマタの叫びは、しかし、途中で中断することとなったのだ。

 何故ならば、上空にいる竜の口腔に、恐るべき熱量を誇ると思われる炎が宿ったから。


(――無念!)


 そして、地獄の業火はカツマタの願いむなしく、周囲の美術品ごと飲み込む形でこちらに放たれたのである。

 そう、確かに放たれた。

 だが、放たれただけだ。


「これは……」


 明らかにあれは、いかなる魔も聖をも焼き尽くす灼熱の息吹だった。

 だが、それはカツマタに至る遥か前方で急速にしぼんで勢いを失い……霧散したのである。


「一体……?」


『――――――ッ』


 困惑するカツマタをよそに、上空の竜が声を漏らす。

 それは、通常の生物が発するそれと異なって魔術的な響きを伴っており……。

 この状況を心底から面白おかしく……それでいて、嬉しく思っている感情が込められているように思えた。


「――うおっ!」


 と、カツマタが両腕を交差して防御したのは、竜の全身が、突如として淡い光に包まれたから……。

 そして、その光は竜という存在が備えていた質量を全てを収縮させつつ、地上に降り立ったのである。


 いや、それだけではない。

 光の形が、明らかに人間のそれへと変わっていた。

 それも、女の……極上の女を模したそれだ。


 様々な芸術を通じ美女に触れてきたカツマタであったが、これは、光の輪郭を見ただけでも、奇跡的な肉体の美しさを誇ると分かる。

 胸の張り、腰のくびれ、尻の突き出し……全てが、あまりに魅惑的であるのだ。


 そして、光が霧散して現れたのは、やはり――絶世の美女。

 くるぶしまで伸ばした黄金の髪は、いかなる金細工にも生み出せない生命の輝きが宿っており……。

 顔立ちの整いぶりときたら、およそあらゆる彫刻家が手本として記憶に刻みつけるだろうものである。

 そして、肉付きの素晴らしさは前述の通り。

 これほどの美女が、一糸すらまとうことなく眼前に降り立っているのであった。


 何か特別な術により、竜がその姿を変えたことは明らかだ。

 だが、そんな理性的な分析よりも、何よりもカツマタの脳に浮かんできた思考……それは。


(美しい……)


 というものであった。

 ただ、それは言葉にするとあまりに陳腐であるし、何より、彼女という存在の眩さを形容するのはあまりに言葉足らずと思えて結局、何も言えず硬直していたのである。


 そんなカツマタに対し、全裸の超絶美女となった竜が、一歩、二歩と歩みを進めてきた。

 それから、にかりと驚くほどに魅力的な笑みを浮かべて、こう言ったのである。


「そなたの求婚、しかと受け入れた。

 今、この瞬間より、ワタシとお前はツガイだ!」


 ツガイ。

 その言葉が持つ意味を、解せぬカツマタではない。


「……えええええっ!?」


 ゆえに、目を剥きながら叫んだのである。


「絶対に離さぬぞ!

 まさか人間のオスとは思わなかったが、これほどの甲斐性を見せるとは!

 しかも、ただ収集しただけではない。

 見込んだ通り、全ての品から、真の主として認められている!

 ゆえに、あれらの美物が備える魔力によって、我が獄炎すらもたやすくかき消されたのだ!」


 そんなカツマタの反応は意に介さず、元竜、現裸の超絶美女が抱きつき、首に腕を回してきた。


「しかしながら、今のように地べたへ直接に置くのは感心せぬ。これでは、心血を注いだ作り手に対し不誠実というもの。

 また、影の中に収納するというのもよくない。

 その状態でも美物らの加護は得られようが、大いに目減りすることとなる。

 やはり、あそこの小屋でそうしているように、しかるべく保管し鑑賞できるようにするのが礼儀であり、一番美しさを引き出せる方策であるが、あれでは粗末に過ぎるな」


 竜といえば、硫黄などの臭いをまとっていてもおかしくはなさそうなものだが、彼女の匂いはひたすらにかぐわしく、甘い。

 それと頬に当たっている胸の感触でカツマタが目を回しそうになっている中、彼女はとんでもないことを言ったのだ。


「となると、これらを収めるにふさわしき美術の館を作らねばならぬ。

 そして、人間世界にそれを作るのならば、さらにそれを収めるにふさわしきハコ……国とやらが必要となるだろう。

 ――決めたぞ!

 お前とワタシの巣は、人間が言うところの国家だ国家だ!

 これより、我らにふさわしき巣作りを開始する!

 なあに、心配はいらぬ!

 我らには、お前が収集した美物の加護があるのだからな!」


 あまりにもあっさりとした……それでいて、絶対的な力の籠もった建国宣言。


「むぐぐぐぐぐ……」


 それに対し、あまりにやわらかく幸せな拘束を受けているカツマタは、ただうめくことしかできなかったのである。




--




 一年後。


「おいおい……マジかよ、こいつは」


 旅の噂で耳に挟んだ()()の実物を見上げた勇者ロッソは、あんぐりと口を開けることになった。

 その巨大建築物の特徴は、なんと言っても、構造にある。

 中心部から、円を描くように……。

 回廊状に建物の増築をすることが可能となっており、土地が許す限りの拡張をすることが可能となっているのだ。


 その上で、単純な線で構成されていながらもどこか気品漂う外観を成立させているのだから、これは担当した建築士が芸術家としても一級であることを感じさせる。

 だが、もっと驚くべきは、国籍も人種も問わぬ人々で賑わうこの建物――美術館が掲げている看板だ。


「カツマタ王国王立……」


「ウエノ美術館……」


「僕が加入する前にパーティーへいたという商人さんの名前ですね。国名……」


 戦士ライアスと魔術師ライブ、神官トリクフの三人が、唖然としながら門扉のそれを読み上げた。


「あ、あいつ……。

 国を作りやがったあああああっ!」


 勇者ロッソの叫び声は、青天を貫くかのようであり……。

 画家ソピカの代表作『勇者の叫び』が、たまたま見かけたその姿を描いたものであるというのは、有名な話である。


 お読み頂きありがとうございます。

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