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盤外編2 桃花の弟子の憂鬱

【駒塔歩美 視点】


 私の名前はこまとうあゆ

 高校1年生で、将棋の奨励会で三段リーグに属している、プロ棋士の卵です。


 そんな私の師匠は、歴代最強との呼び声高い最強の棋士。


「負けました」

「フフフッ。私の勝ちだよ歩美。じゃあ、誠君が作ってくれた手作りプリンの残り1個は私がいっただき~」


 盤を挟んで頭を垂れた私の前で、飛龍桃花師匠が勝ち鬨をあげる。


 時刻はもうすぐ日にちが変わろうかという深夜。

 パジャマ姿の師匠と私の、いつもの練習対局は、いつものように私の投了によって幕を閉じた。


「あの、師匠。」

「ん? どうしたの歩美? プリン、一口あげようか?」


 待ちきれなかったとばかりに、勝者の褒賞にスプーンを突っ込んでいる師匠に問いかける。


「私は師匠のお宅に居候させていただいている身です。別にパパ師匠のプリンを師匠が多めに食べても、私から文句を言う筋合いは無いです」


 パパ師匠とは、飛龍師匠のお師匠さんであり夫である飛龍誠九段のことだ。


飛龍師匠の前の代の名人である大棋士であり、本来はパパ師匠なんて恐れ多くて呼べないのですが、かと言って、おじいちゃん師匠と言うには若すぎる方なので、この呼び名に落ち着いたのです。


 なおパパ師匠は、今日は泊りの対局なので家は留守にしています。


「相変わらず、歩美は固いな~」

「いつものように、プリンはただ、私に練習対局をつける口実だったんですよね?」


そもそも師匠から、『プリンを賭けて勝負だ!』と言って、私を盤の前に引っ張ってきたのです。


「う~ん……バレてた?」


 イタズラが見つかった子供のように、師匠がペロッと舌を出す。


 その様は少女のようで、とても二児のお母さんには見えない。


「奨励会員の私にとっては、師匠に稽古をつけてもらうのは、とても勉強になります。でも、いくら弟子だからって、これはあまりに私は恵まれすぎてます」


 飛龍師匠はタイトルを全て持つ八冠。


 長らくタイトル戦の予選などにも出ていないので、プロ棋士でもタイトル戦の挑戦者にでもならない限り、ほとんど飛龍師匠と対局の機会はない。


 それなのに、私はこうして毎晩のように盤を挟んで向かい合わせてもらっている。


「私も弟子時代に、師匠の誠君とよく指してもらってたからね。今、それを弟子に返しているだけだよ」


「それは、師匠が才気あふれる棋士だったから、パパ師匠も目をかけてくださったんですよ。それに引き換え、私は三段リーグで停滞して……」


 私は物心ついた頃から、飛龍師匠の活躍を見てきた。

 可愛らしく天真爛漫なキャラで、棋界以外にもテレビCMなどに出演して大人気。


 その印象は、弟子入りしても変わらない。


 飛龍師匠は、裏表のない性格で、将棋が強く、気さくで、娘さんたち家族を愛し、そしてパパ師匠のことが大好きで。


 だからこそ、解らない……。


 なんで、私なんかを飛龍師匠は弟子にしてくれたのか。


「ほら、歩美。また、そうやって自分を卑下する。背中丸まってるよ」

「す、すみません師匠」


 師匠の一転しての鋭い注意に、私は慌てて背筋を伸ばす。


「せっかく私より背も高いんだから、もっと胸を張りなさい」

「は、はい……」


 これは、いつも師匠に注意されている事だ。


 私には、とにかく自分に自信が無い。

 なのに、長身で目立つから、できるだけ自分を小さく見せようと背中が丸まってしまう。


「…………」

「あの……師匠?」


 黙りこくってしまった師匠の視線に、私は射すくめられたウサギのように身体を硬直させる。


 これが、八冠の放つプレッシャー。

 飛龍師匠とタイトル戦で対峙する棋士は、このプレッシャーを長時間浴び続けるんだ……。


 私じゃあ、とても耐えられない。




「歩美……あんた、またオッパイ大きくなってない?」

「は……はい?」


 お……おっぱ?

 いきなり、何の話ですか?


「いや、絶対に大きくなってる。授乳中で普段より2サイズアップした私より大きくなってるってどういう事?」


 飛龍師匠が私を詰問してくる。

 目がこわい……。


「胸なんて、将棋をする上で無駄なものでしか無いです。肩が凝るだけで」


「あ! 今の、巨乳の自虐風自慢だ! 歩美、あんたサイズアップしても所詮はCよりのD止まりの師匠の私にマウント取ってるわね!」

「し、してないですよ、そんな事!」


 おかしいです。


 さっきまで、割とシリアスな話をしていたはずが、何故か話が明後日の方へ行ってしまっています。


「私の束の間の巨乳タイムで、誠君もベッドで楽しんでくれると思ってたのに、すぐ隣に天然の巨大メロンがあったら意味ないじゃない!」


「飛龍師匠……そういう夫婦の営みの話を弟子の私の前で言うのはどうかと……」


 私は耳まで真っ赤にしながら、暴れる飛龍師匠を必死に止める。


 家の中でのプライベートなパパ師匠の様子も知る私としては、つい夫婦の寝室での生々しいやり取りを想像してしまいますから、本当に止めて欲しいです。


「ママうるさい……」


 飛龍師匠がリビングで騒いでいたせいか、お姉ちゃんの穂乃花ちゃんが起きてきてしまった。


「あああ! 穂乃花ゴメンね、ママ “達” がうるさくて起きちゃったか」


 達? という点には大いに引っかかりますが、とりあえず助かりました。


 先ほどまで修羅の顔だった飛龍師匠が、途端に母親の顔になっていますから。


「ん……気を付けてママ」


 起き抜けで眠い目をこすりつつ、穂乃花ちゃんが当たり前のように私の膝の上にチョコンと座る。


 飛龍師匠やパパ師匠がお仕事で忙しい時に、私はよく保育園のお迎えに行ったり一緒に遊んだりしているので、穂乃花ちゃんは私によく懐いているのです。


「あれ、穂乃花。ママの方に来ないの?」


 飛龍師匠が自分の膝の上をポンポンと叩いて、少し寂しそうにアピールする。


「ん……歩美のとこに座る方が好き。クッションみたいに柔らかいのが頭に当たって落ち着く」


「へぇ……」


 穂乃花ちゃ~~~ん!


 折角、君のおかげで、おかしな感じになっていた師匠が鎮火したと思ったのに、また胸の話に戻っちゃって元の木阿弥ですよ!


「誠君まで、そのオッパイでたぶらかしたら、破門じゃ済まないわよ歩美」


 私を見る飛龍師匠の目が殺人鬼みたいです。

 あの……視線の先には、貴方の愛娘もいるんですよ?


「そんな命知らずなことしませんよ! 第一、パパ師匠は飛龍師匠一筋じゃないですか!」


「……本当に? 例えば?」


 ジトッとした懐疑の目を向ける飛龍師匠に、私はじっとりと首元に汗がにじむのを感じた。


 まるで、例会で昇段が決まるかいなかの対局の終盤戦のような緊張感が場を支配する。


「いつも、飛龍師匠が泊りの仕事で不在の時には、『なんだか家が静かだな……』って寂しそうにボヤいてます」


「え~、そうなんだぁ♪ しょうがないなぁ誠君ったらぁ~♪ 帰ってきたらいっぱい、ヨシヨシしてあげようっと♪」


 ふぅ……パパ師匠、すいません。


 『桃花には言わないでね歩美ちゃん』って口止めされてたのに、話しちゃいました。

 けど、私だって命は惜しいんです……。


「じゃあ、そろそろ穂乃花ちゃんもベッドに戻ろうか」


 これで後は、膝の上でリラックスしたおかげか、またまぶたが降り始めた穂乃花ちゃんを寝室に連れて行きがてら、師匠の前からフェードアウトして……。


「歩美。ちょっとこっち来なさい。さっきの話だけど」


「は、はいぃ!」


 ダメだ逃げられなかった!

 逃走経路を塞がれた私は、諦めて師匠の前に立ち項垂れる。


「ほら、アンタもよしよし」

「え?」


 雷でも落ちるのかと思っていた私だったが、飛龍師匠に頭を撫でられて困惑する。


 身長差があるので、飛龍師匠は少し背伸びをして手をいっぱいに伸ばして私の頭をヨシヨシしてくれる。


「歩美。いつもありがとうね。あんたは頑張ってるし、娘たちの世話でとても助かってる」


「そんな……私にはこれくらいしか、飛龍師匠に返せるものが無いですから。肝心の将棋がダメダメだから……」


 飛龍師匠は、将棋も家庭も、保育園の仕事もあって忙しい。

 そんな飛龍八冠の貴重な時間を割いてもらって、私はその指導を受けている。


 それにも関らず、三段リーグで結果が出ない事が本当に申し訳なかった。


「そんな事ない。言っておくけど、私が歩美を弟子に取ったのは、あんたが一番才能がある子だと思ったからなんだから」


「え? 子守りのですか?」

「そんな訳ないでしょ。将棋のよ」


 呆れたように飛龍師匠が、ため息をつく。


「へ?」


 それは思いもかけない言葉だった。


「私の元には、結構、弟子入りの依頼が来てたのよ? けど、どの子もピンと来なくて断り続けてた。でも、歩美を一目見た時にピンと来た。この子は将来、名人になる子だって」


「うぇぇぇぇ!? 私が名人って、そんなの無理ですよ!」


 今、プロ棋士になれるのかどうかさえ不安な私が、名人だなんて荒唐無稽すぎます。


「いや、私には見えたのよ。未来で、私から名人位を奪取する歩美の姿が」

「しかも、師匠からですか⁉ む、む、む、無理です! 絶対無理です!」


「無理じゃない。それに、飛龍一門は、師匠から名人位を剥ぎ取るのが代々の習わしなんだから」


「なんですか、その戦闘民族の族長決めみたいな儀式は!?」


「もちろん、将棋だけじゃなくて私みたいに、この人のためなら何だってできるって心の底から想えるような、素敵な人を見つけなさい」


「さっきから弟子に要求するハードルが高すぎですって師匠!」


 今、わかった。

 私は、完全に入門する師匠を間違えた。


 憧れの棋士だからダメもとでと、珍しく変に強気になって弟子入りをお願いした、当時の自分を呪った。


「私には見えてるの。私の見た未来予知は当たるんだから」

「え、師匠ってそんなエスパー的な能力があるんですか?」


 もしかして、それが将棋が強い秘訣ですか?


「いや、当たったのは、誠君と結婚してたくさんの子供たちに囲まれる未来を見た、一回こっきりだけだけど」


「じゃあ、アテにならないじゃないですかぁ!」


 この人の場合、どうせパパ師匠が好きすぎて、妄想と現実の区別がつかなくなっただけだろう。いや、絶対そうだ。


「ごちゃごちゃウルさい! あんたは、とっとと名人にならないといけないんだから、私と誠君の胸を借りまくって、とっとと強くなれ!」


「うう……師匠の期待が重いよぉ……それに胸なら、むしろ邪魔だから人に貸したいくらいで……」


「あーん? このバカ弟子、またもや自虐風巨乳自慢を師匠相手にかましやがったな。そこに座れぃ! もう一局、盤上で師匠が直々にボコボコにしてやんよ!」


「ひぃぃぃぃいい!!」





「うるちゃい……」



 夢の世界と現実の狭間で揺れる穂乃花ちゃんからの抗議の声がリビングに響いたが、私と飛龍師匠には届かなかった。


【キャラ紹介】


駒塔歩美


高校1年

奨励会3段(3期目)

自分に自信が無い

180cm近い長身

メガネに三つ編みで巨乳

棋士らしからぬ気の弱さだが、その気性にも関らず、中学生で三段リーグに到達していたという事実に、未来の名人としての非凡さが垣間見える。


今、新作が20話まで書き溜め出来ました。

30話くらい書けたら投稿始めます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 盤外編もお疲れさまでした。 本当にみんな若い一門ですね。桃花から名人を奪うのは、本当に弟子になるのかどうか、楽しみですねえ。 新作もお待ちしています。
[一言] 新作楽しみです。本作品も将棋の場面がなければ、(将棋の知識のある協力者があれば)アニメ化も可能であったかなと思うと残念です。自作は何か期待します。
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