第95局 結婚式
「誠君。結婚式って楽しいね」
「そうだな。格好、これで変じゃないか?」
「うん、ちゃんとカッコいい。さすがは私の師匠」
「ほら、また師匠呼びになってるぞ桃花」
「あ、そうだった。でも、誠君って呼ぶの、未だに慣れなくて」
てへへっと桃花が恥ずかしがる。
「そう言えば、俺の方はずっと桃花って呼んでたから、何も変わってないんだよな」
「『モモちゃん』とか『俺の最愛の人』とか呼んでくれてもいいんですよ?」
「うーん、桃花で。その方が楽だし」
「え~~」
不満そうに頬を膨らませた桃花のほっぺを指でツンとする。
「おっと。そろそろ出番だ。じゃあ行くぞ」
「はい」
着飾った桃花と一緒に、俺はまばゆいスポットライトが照らす壇上に上がった。
「え~、本日は羽瀬王毅さんと宇内さゆりさんご夫妻の結婚式にご招待いただき、ありがとうございます。仲人の稲田誠と」
「飛龍桃花です。本日は、まことにおめでとうございます」
高砂横の壇上のマイクスタンドの前で、俺と桃花が一礼をして挨拶をする。
「新郎の羽瀬会長とは将棋の研究会で、新婦のさゆり先生とは私が副業で勤める保育園での同僚ということで、私が顔合わせの機会を設けました。2人がお付き合いを始めたと聞いた時はとても嬉しく~」
そう。
今日は、めでたい結婚式。
そして主役である新郎新婦は、羽瀬先生とさゆり先生なのだ。
2人が婚約を決めたところで打ち明けられ、大層驚いていると、そのまま結婚式の仲人挨拶をと頼まれたのだ。
どうりで羽瀬会長ってば、度々研究会もないのに、妙に名古屋に来てたわけだ。
「私も、研究会で一緒の羽瀬会長と、保育園でボランティアをしている時にお世話になったさゆり先生がご結婚すると聞いて嬉しかったです。合コンを企画した甲斐が……あっ、合コンって言っちゃった!」
「せっかく俺が上手い事ボカしたのに、その単語は結婚式の挨拶ではNGだって言っただろが!」
2人の出会いの経緯を俺の方から説明した後に桃花にマイクをパスすると、さっそく失言が飛び出し、披露宴の列席者からドッ! と笑いが起こる。
恐る恐る高砂の新郎新婦の方を見ると、純白のウェディングドレス姿のさゆり先生は大笑いしていて、タキシード姿の羽瀬会長はアルカイックスマイルを浮かべているが、目が笑っていなかった。
これは、後で謝らないとだな……。
「え~と、どこまで話しましたっけ? あ、さゆり先生のお腹の中には、すでに新しい命が宿っているそうで、おめでとうございます」
「まさか、連盟の定款改正による棋士の育児休業の適用第一号が、羽瀬会長自らとは思いませんでしたね」
「私が休んでいる間は、当代の名人が会長の代役を務めてくれるので大丈夫です」
高砂の羽瀬会長が、意地の悪い笑顔を浮かべながら返す。
「羽瀬会長、それホント、考え直しません?」
「名人経験者なら、いずれは会長職をやる機会が回って来るので覚悟しておいてください」
うぐ……。
羽瀬会長の忙殺されっぷりを見ると、俺にはとても自信が無いのだが……。
「師匠が会長か……ベッドの上で会長プレイも悪くな」
「本日は本当におめでとうございました! お二人ともお幸せに!」
桃花から更なる失言が飛び出す前に、やや強引に挨拶を締めくくった。
「よっ、2人とも仲人挨拶ご苦労さん」
「北野会長、どうも。いや~緊張しました」
「前会長な。大役も終わったし、まま、一杯飲め飲め」
拍手に背を押されながら、披露宴会場の自分の席に着席して一息つくと、さっそく北野前会長から、ビールをコップに注がれる。
挨拶で喉がカラカラだったので一気に飲み干す。
「桃花ちゃんもお疲れ。見事な夫婦漫才だったな。よし、稲田夫妻の結婚式の仲人挨拶は俺に任せろ」
「やだ、夫婦だなんて、気が早いですよ北野会長。今はまだ、私と師匠はただの婚約者なんですから~」
同じテーブルの北野前会長の茶化しに、桃花が全力で惚気る。
「挨拶お疲れ師匠……じゃなかった、今は名人か」
「別にどっちで呼んでもいいですよ折原先生」
ピール瓶を片手にこちらを労いに別の卓から来てくれたのは、折原先生だった。
「じゃあ、師匠のままで。しかし、まさか幹事が弟子同伴で参加したハチャメチャな合コンで、会長が結婚されるとはな」
「そうですね。人の縁ってのはわからんもんです」
さっき、羽瀬会長のお母さんの明美さんにも、泣きながら感謝されたな。
やっと、息子に春が来て、おまけにもうすぐ孫も誕生するという事で喜びもひとしおなようだ。
当時、合コンに羽瀬会長を誘ったのは、お母さんの明美さんからの強い要望があったからな訳なので、人生どう転がるかなんて本当に解らない。
「俺、あの合コンで結構頑張ってたと思うんだけどな……」
折原先生も当時を思い出して、ションボリする。
「あの時の折原先生は幹事としては本当に助かりましたね。しかし、本当、いい人なのになんで、折原先生にはとんと浮いた話がないんですか?」
「あ? てめぇ、名人になって可愛い年下の弟子と婚約したからってマウントか? あ?」
「別にそんなんじゃないです」
めでたい席でお酒が入っているから、絡み方がうざったい。
「そうなんだよ~折原先生~。私も辛いんだよ~」
「わっ、ビックリした! って、姉弟子、飲み過ぎでは?」
いきなり俺と折原先生の間に割り込んできたのは、すでに酒に呑まれてヘベレケな姉弟子だった。
「聞いてよ折原せんせ~。マコと桃花ちゃんったら、最近は家ではイチャイチャ、イチャイチャばっかりしてるんだよ。我慢の枷が外れたからってさ~」
「うわぁ……師匠、スケベだな。そりゃ、成人するまで我慢させられたんだから反動エグイだろうな」
もう、いちいちツッコむのも面倒くせぇ。
どうせ酔っぱらいどもだから、何を言おうがこっちの話なんて聞かないだろうし。
俺は色々と諦めながら、意気投合して肩を組みながら酒を注ぎ合う姉弟子と折原先生を眺めながら、グラスをあおった。
「師匠、このフォアグラおいしい!」
「おう、たんと食え。ちなみに、新婦はドレスの着付けの関係上、自分の結婚式の時にはほぼほぼ、料理は食べられないらしいから、今のうちに味わっとけ」
「いや、私は絶対、自分の結婚式の時にも食べるし! こんな美味しい物、お残しなんてできないよ!」
相変わらず食い意地のはった桃花は桃花で、何も変わらないな。
しかし、俺、ちゃんと名人になったんだよね?
驚くほど、周りの扱いが変わらないのだが……。
「お~い飛龍夫妻、新郎新婦たちと写真撮ろ~!」
「さゆり先生、幸せそうな顔して~ ちくしょう! おめでとう!」
「綾瀬さん、ありがとうございます」
酔っぱらった折原先生と姉弟子がいつのまにか高砂の方に酒瓶を抱えて突撃していた。
「ほら、稲田名人。後がつかえてるので、早くそこの食べてばかりいる覇王を連れてきてください」
羽瀬会長がこちらへ向かって手招きしてくる。
「はい。ほら、行くぞ桃花」
「うん」
手早く口元をナプキンで拭った桃花が、俺の手を取る。
その左手の薬指には、高砂の照明が反射してキラキラ輝く物があった。
変らない皆と、変わった俺と桃花の関係。
この瞬間を、また懐かしいと思う時が来るのだろうか?
そんな事を思いながら、俺たちは仲間の門出を祝える喜びに、自然と笑顔になった。
次、最終話です。




