第83局 さよならJKの私
【桃花視点】
「美兎ちゃ~~ん! 寂しいよぉぉぉ!」
「ベソかきながら抱き着かないで桃花。制服が汚れる」
ウザッたそうにしつつ、美兎ちゃんは私の身体を受け止めてくれた。
七分咲きくらいの中途半端な桜の中、私たちは卒業式を終えて、校庭で別れを惜しんでいた。
「だって、もう卒業で離れ離れになっちゃうんだよ私達」
「お互い、テレビで近況は解るでしょ」
「ま、まぁそうだけど……」
この点が、芸能科の高校ゆえだろうか。
クラスメイトは、色々な媒体で見かける人たちだから、ひょんなところで活躍している姿が見れるかもしれない。
「とは言え、先にテレビで見かけなくなるのは私になるだろうけどね。アイドルの旬は短いけど、桃花は当分はタイトル戦のニュースで見かけることになるんだろうな」
「そんなのやだ! 美兎ちゃんはずっとアイドルでいて! 30代くらいまで!」
「痛々しいお局メンバーになるのは御免よ」
私は親友に抱き着きながら懇願しつつ、心の中で親友に謝った。
私は来年度、名人に挑戦して名人位を獲得したら、棋士を引退する。
それは、私の中で決まっていることだ。
だから、多分、世の中から消えるのは私の方が早いと思う。
引退直後には大騒ぎになるだろうな。
けど、これは譲れないんだ。
「それにしても、桃花が保育園の先生になるとはね」
「うん。師匠のお母さんが残してくれた保育園を、師匠と一緒に運営するんだ」
「ああ、もうお師匠さんと結婚するのは当たり前の前提なのね。けど、意外ね。てっきり、高校卒業後即、結婚発表かと思ったのに」
「そこは、ちょっとケジメをつけなきゃいけなくてね」
「……? まぁ、高校卒業後に即結婚じゃあ、お師匠さんはとんだ光源氏だって誹りは免れられないわね」
「別にそこに配慮したわけじゃないんだけどね」
名人位だけは、順位戦を毎年1ランクずつ上がらなきゃいけない特性上、最速で獲得したとしても私は19歳になっている。
奨励会の時にもっと頑張って、最年少四段昇段を果たせば良かったと後悔しきりだ。
「私は卒業したら、東京で本格的に芸能活動する。そして、アイドルから女優へ本格ステップアップしてみせる」
「美兎ちゃんなら、きっと叶うよ」
野望に燃える美兎ちゃんは、本当体育会系だな。
芸能界と将棋界という、異なる世界に属する2人ながらも不思議と馬が合ったのは、こういう気質が私と合ってたからなんだよね。
「それでね。地上波のドラマに出るいっぱしの女優になったら、対談番組に一緒に出ようよ桃花」
「対談? そんな、お仕事じゃなくても美兎ちゃん相手なら、いつでもお話するよ?」
「そういう意味じゃないの。いつか、私が名人様をお呼び立てしても見劣りしない女優になったら、『あの頃は若かったね』って高校時代の楽しかった思い出を暴露し合うの」
「何それ、面白そう! 美兎ちゃんが、キャリアパスばりばりの腹黒だったとか、テレビで言っちゃってもいいの?」
「ええ。私も、桃花は学校でお師匠さんの話ばっかりしてたとか、バレンタインの時は女の子にモテモテだったとか話してやる。だからさ、それまで桃花も待ってて」
そう言って、美兎ちゃんは少し物憂げな表情で、私の方を見やる。
3年間高校で一緒だったのに、今日初めて見る表情だ。
「……うん」
返事をするのに少し間が空いてしまったのは、親友への罪悪感故なんだろうか。
ひょっとしたら、美兎ちゃんは今の私から、何か違和感を感じているのかもしれない。
高校卒業のセンチメンタルのせいだといいんだけど。
「あ! 鈴ちゃん先生だ! 写真撮ろ!」
「結局、最後までその呼び方でしたね」
苦笑いしながら鈴ちゃん先生が、こちらに寄って来る。
ちょうど、間を埋めてくれて助かった。
「私にとっては、中学から引き続いて4年間以上お世話になった恩師だもん」
「あら、それは光栄だわ。生徒たちに自慢できるわ」
「私の事をさすまたで護ってくれた恩師だからね」
「あれは、私にとっても結構な黒歴史なんですが……」
私は、岐阜の田舎から名古屋に転校してきて間もない学校で、さすまたを持った鈴ちゃん先生と、警察に挟まれた絶対絶命の師匠の姿を一生忘れることはないだろう。
「あの時、不審者に間違われた師匠も、今や名人への挑戦者ですから」
「なんで、桃花がドヤ顔なのよ」
横から美兎ちゃんがツッコミを入れる。
「そうなると、もし稲田先生が名人になったら、私は名人を不審者扱いして通報した教師という事になるのか……」
「授業中の雑談の鉄板ネタになるね」
ブルー入ってる鈴ちゃん先生の肩をポンポンと叩く。
その後、色んな人と記念写真を撮ったり、卒アルに寄せ書きを書いたりして、目いっぱい別れを惜しんだ。
「鈴ちゃん先生。またOG風吹かせに遊びに来るね~!」
師との別れ。
そして友との別れ。
これは成長する上で仕方のない事だ。
だからこそ、人は変わらない家族というものを求めるのかもしれない。
「もう少しだよ師匠」
そう言って、私は青空に向かって、最期の高校生の制服で目いっぱいジャンプをした。
少女時代へ別れを告げるように。




