第76局 師匠を挟んだ三角関係
「全国の将棋ファンの皆様こんにちは。待ちに待った、ミジンコTV主催 ミジンコチームトーナメント復活です!」
ネットテレビスタジオに、ずらりと名立たる棋士が並ぶ中、MCの元アイドのルミポリンが開会を宣言する。
4月。
新しい年度の始まりに合わせて、将棋界でも大きなプロジェクトが始動した。
その名も、ミジンコチームトーナメント。
完全なる個人競技である将棋で、チームで戦い、仲間の一手に一喜一憂するという団体戦の棋戦だ。
数年ほど休止していたのだが、昨今の将棋ブームの再来により復活したのだ。
「まずは、それぞれのチームの大将たちの入場です」
壇上にはそうそうたる棋士たちが、MCのミポリンの短い紹介を受けて上がる。
チームの大将は往年のベテラン棋士や、現役のタイトルホルダーたちが務める。
となると、当然……。
「最後はご存知、棋界のお姫様。飛龍桃花六冠です!」
学校の制服姿の桃花が、壇上に上がる。
現役の棋界序列2位の桃花は、当然ながらチームの大将の1人だ。
なお、棋界の序列は名人と覇王が別格上位なので、タイトル数では凌駕していても、現在も棋界の序列1位は羽瀬覇王・名人だ。
「それでは、早速ミジンコトーナメントのチーム決めに入ります。チーム員は、それぞれの大将が指名をするドラフト方式です」
ミジンコトーナメントは、1チーム3名で計12チームが組織される。
棋士全員が指名される訳ではないので、指名を受けるのは名誉なことだ。
という訳で、指名される側であるその他大勢の俺は、ステージではなく控室に待機しているのである。
「何か緊張するな師匠」
「事前に知らされてないし、これって台本なしでガチで選んでるんですね」
例によって、俺は折原先生と談笑しながら、控室のモニターでドラフト会議の様を眺める。
壇上では、それぞれの大将が指名1巡目の選択希望棋士を札に書き込んで、運営側に渡している所だ。
「とは言っても、師匠は行き先決まってるだろ」
ニヤニヤしながら、折原先生がからかってくる。
「……一応、俺は選択するなって言っておいたんですが、指名権はこちらにあるって桃花に言われました」
「アハハッ! たしかにな」
最早、俺も諦めの境地だ。
壇上でニコニコしている桃花は、迷う素振りすらせずに、いの一番に札に書き込んで提出していた。
最早、桃花が誰の名前を書いたかなんて、誰にでも解るような状況だ。
「というか、下手に大好きな師匠を横取り指名なんてしたら、飛龍六冠にマジで恨まれるだろ。そんな命知らずな人はいねぇよ」
いや、横取りって……。
別に、俺は桃花の物って訳じゃないんだけどなんて思っていると、全大将が指名を決めたのか、1巡目の指名内容が読み上げられる。
『チーム飛龍六冠 ドラフト1巡目選択指名棋士 稲田誠八段』
最初に書き上げたという事で、トップバッターで読み上げられた桃花の、予想通り過ぎる師匠の俺のご指名に、会場内と控室内でドッと笑いが起こる。
指名された棋士は控室から壇上にということで、俺は控え室から移動して壇上に上がる。
会場の暖かい拍手が、今は恥ずかしい。
このような流れで、次々と大将から棋士が指名されていく。
今回は、上手く指名がバラけている。
どっかのバカ弟子と違い、皆、戦略的に競合するのを避けて指名相手を選んでいるのだ。
だが、最後に波乱があった。
『チーム羽瀬覇王・名人 ドラフト1巡目選択指名棋士 稲田誠八段』
え?
「おおっと! ここで指名競合が発生しました! 奇しくも、タイトル戦で激突する二大巨頭チーム同士の競合だ!」
MCのミポリンが興奮した口調で対立を煽り、会場は一気に盛り上がる。
まぁ、これこそがドラフト会議の華ではあるのだが、まさか俺が!? という心境である。
「まずは、指名が競合した稲田八段に話を窺いましょう。今の心境はいかがですか?」
「えっと……選んでいただいて光栄です」
無難な答えしか返せないが、それもまたリアルの野球のドラフトっぽいかもしれない。
問題は……
「さて……飛龍六冠。お話を窺っても大丈夫……でしょうか?」
MC慣れしているミポリンが思わず怖気づいてたどたどしい問いかけになってしまう程に、桃花は険しい顔で殺気を放ちまくっていた。
っていうか目がヤバい。瞳孔がひらいてる。
「私と師匠の間に挟まろうとする奴は、粉みじんにして潰す」
桃花の本気の殺気が乗った言葉に、先ほどまで大盛り上がりだった会場が急速に冷える。
これ、ネットテレビで配信されてるんだよね? 放送して大丈夫かこれ?
「えっと……それでは、指名が競合してしまった羽瀬覇王・名人にもお話を窺います。なぜ稲田八段を指名したのでしょうか?」
「何か、その方が面白そうだからです。別にチーム員が稲田先生でなくても、私は特に問題はないですけど」
「何ですかそのフワッとした指名理由⁉ そんな理由で、私の師匠を!」
羽瀬覇王・名人の人を食ったような指名理由に、桃花が怒りの声を上げる。
「桃花先生も、高校三年生になって成人となる歳ですから、そろそろ師匠離れした方が良いかと思いますが」
「言い残すことはそれだけですか? 私は師匠と一緒に団体戦を戦って、手と手を取り合って喜び合ったり、チーム員と親睦を深めるために水族館デートをしたりといった計画があるんです。私と師匠の仲に茶々を入れた報いは、馬に蹴られるだけじゃ済みませんよ」
「チームは3人です。桃花先生は、完全に師匠と2人の世界に浸るつもりなんですね。もう1人のチームメンバーが可哀相です」
「日々、忙しく将棋の仕事をこなしてるんですから、それくらいの役得があってもいいでしょ!」
「トップがそういう目先の見返りを求めてはいけませんよ」
堂々たるチームの私物化を宣言する桃花と羽瀬覇王・名人が舌戦を繰り広げる
正直、俺も羽瀬覇王・名人の言う事が正しいと思う。
「話し合いで私の師匠を譲る気は無いと?」
「クジ引きはルールですからね」
そう言って、羽瀬先生はスタスタと、用意が出来たクジ箱の前へ進みクジを引く。
まぁ、この人は大して俺自体に思い入れがある訳ではなく、桃花への嫌がらせと、興行としての盛り上がりで指名してるから、気楽なものである。
対して桃花はというと、
「将棋の神様……今後、振り駒でことごとく後手番になっても構いません。なので、今こそ我に、師匠のクジを引き当てる力を……」
デカすぎる代償を払って神頼みしながら、桃花がクジを引く。
『それではお二人とも一斉にクジを開けてください。どうぞ』
MCのミポリンが促し、桃花と羽瀬先生が折りたたまれたクジを開く。
瞬間。
桃花が壇上で膝から崩れ落ち、天井を見上げて小刻みに身体を震わせる。
「あ、私が当たりですね」
至極あっさりとした様子で、俺への指名の当たりクジを引き当てたのは、羽瀬先生だった。
画面上には、投資で有り金を全部溶かしてもここまでではないだろという、絶望に打ちひしがれる桃花の虚無顔と、寂しく手元からこぼれ落ちた白紙のクジが映し出されていた。




