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第74局 バレンタインでモテモテの弟子

【桃花視点】


「桃花先輩! これ、受け取ってください!」


 寒いけれど、どこか浮ついた空気が漂う学校内。


 昼休みに購買に行こうとブラついていた私は、後輩の女の子から綺麗な包み紙に包まれた物を渡される。


「ありがと。大事に食べるね」


「きゃ~! 桃花先輩にチョコ渡しちゃった~!」


 チョコをくれた後輩の女の子は、挨拶もそこそこに駆け出して、ちょっと離れた所で待っていた友達にキャイキャイ報告して喜び合っている。


 そう、今はバレンタイン。

 年に一度のチョコを貰い放題な日だ!


 と言っても、今日は2月12日でちょっとフライングなんだけどね。


2月14日がちょうど日曜日なので、直近の平日の12日にチョコが飛び交っているのだ。


「購買に行く間のわずかな距離で、いったい何人にチョコ貰うのよあなた」


「お弁当の後のおやつに菓子パンでも買おうかと思ってたけど、必要なさそうだから教室に戻ろうか」


 呆れた顔をする美兎ちゃんに言って、私は貰ったチョコレートたちを小脇に抱えて、購買へ行くのを止めて教室へ引き返す。


 教室へ戻る道中と、教室に戻ってからも、待ち構えていた後輩の女の子たちから次々とチョコレートを渡され、机の上はあっと言う間にチョコレートの山が出来ていた。


「モテモテね桃花」

「まぁ、中学生の頃にも後輩の女の子から貰ってたけど、今年は多いね」


 1年生の頃は然程ではなかったのだけれど、今年は2年生で後輩がいるからか、凄い量になった。


「芸能科クラスでも、桃花以上にチョコ貰ってる男子なんていないんじゃない?」

「まぁ、女の私には冗談半分で渡しやすいんでしょ」


 これは、美兎ちゃんへ対してというより、私との圧倒的なチョコの数量差に、心がへし折れている芸能科男子たちへのフォローの言葉だ。


「中には、ガチの子もいそうだけどね……」


「ん? 何か言った? 美兎ちゃん」


 早速、もらったチョコの包みを破いていたので聞こえなかった。


「何でもない。ほら、私からもチョコどうぞ」

「ありがと美兎ちゃん。私からも愛を込めて」


「そういうセリフは、特定のへきの人の心拍数を跳ね上げさせるからやめなさい」


 友チョコの渡し合いくらいで大げさだな美兎ちゃんは。


「わ! これ、有名なチョコ専門店のやつ! まだ日本では東京にしか出店してないお店のだよね?」


「前に桃花がテレビ観ながら食べてみたいってつぶやいてたでしょ」


「私の何気ない一言を覚えててくれたんだ! 好き! 美兎ちゃん!」

「だから、抱き着くな。私はそっちのキャラ付けは望んでないんだから」


 嫌がる美兎ちゃんにウリウリと頬ずりすると、廊下から後輩女子たちの黄色い悲鳴が上がる。


 何か、鼻血出して介抱されてる子もいる。

 チョコの食べ過ぎだろうか?


「そう言えば、愛しのお師匠さんへのチョコはどうしてるの?」

「うん。毎年渡してるよ」


「どんなの渡してるの?」

「ん? ブロックチョコを大量に渡してるんだ」


「それって、ただの手作りチョコの素材なんじゃ……意外にもあっさりしてるわね。てっきり、何日もかけて手作りチョコでも用意してるのかと思った」

「もう私たちも、一緒に住んで長いからね。一々、バレンタインごときで浮かれてられないのよ」


 2月はタイトル戦で棋皇の防衛と智将の挑戦もあるし、順位戦も佳境で忙しいしね。


「なにを熟年夫婦みたいな空気を醸し出してるのよ」

「まぁ、冗談はさておき、これがうちの毎年のバレンタインの恒例なんだ。師匠が、朝に私から受け取ったチョコで何かしら作ってくれるの」


 早速開けたチョコを口に放り込みながら、美兎ちゃんに実態を語る。


 師匠はいつも、『また今年もこのパターンかよ』とボヤキつつも、私のためにチョコケーキ等を作ってくれるのだ。


 私のためにね。


 大事なことだから2回言うね。


「でも、2月14日のバレンタイン当日は、桃花はちょうどタイトル戦じゃないの?」

「うん……智将戦」


 せっかくチョコに囲まれて幸せだったのに、週末の憂鬱な用事を思い出してゲンナリする。


「やけに元気なさげじゃない桃花。またコスプレ写真期待してるわよ、ププッ」


「あ、でも、ちょうど撮影するのが2月14日だから、絶対バレンタインにちなんだ仮装だと思う」


 きっと、ハートの風船に囲まれて可愛くチョコを渡すとか、そんな感じのコンセプトの仮装じゃないかな?


 うん、きっとそうだよ。


 そういうカワイイ系の撮影なら私はウェルカムだよ。

 師匠も惚れ直してくれるだろうし。


 え? 羽瀬智将が勝った場合の撮影はどうするのかって?

 そんな事は私の知った事じゃない。


「なんだ、私はまたゆるキャラの着ぐるみとかが見たかったのに」

「いや、そんなの需要無いでしょ」


「いや、あれはキラーコンテンツよ。SNSでファンからも待望されてるわよ」

「そんな期待されても困るんだけど」


 親友相手にボヤいていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


 午後は、明日から開催される智将戦第三局の前日検分が入っているので、学校は早退して現地へと向かった。





 そして、私は智将戦第3局も制した。

 これで三連勝でタイトル奪取に王手をかけたことになる。


 そして、例によって勝者の罰ゲームであるが、今回の仮装内容は、バレンタインにちなんだものだろうと予想されたので、幾分か気楽に撮影スタジオに入った。





 でっかいピンクの桃の着ぐるみが用意されていた。



「あの……今日ってバレンタイン……」


「はい。バレンタインなのでハートにちなんで、桃の着ぐるみを用意させていただきました。この地は桃の名産地なんです」


 新聞社の人が、ハキハキと答えてくれた。


「あ~、なるほど……」


 なんでそこを捻ったの⁉ 確かに桃をひっくり返せばハート形に見えなくもないけど、素直にそこはハート形のチョコレートでいいじゃない!


 それか、恋のキューピッドで天使の仮装とかさ。


「飛龍五冠のお名前の『桃花』さんにちなんだ仮装になって、本当に感無量です」


 う……地元の農協から来たと思われるおじいちゃんたちが、私に期待のまなざしを向けてくる。


「もしかして、飛龍五冠の気に障る仮装だったでしょうか……」


 途端に、スタジオ内にはりつめた空気が漂う。


 止めておばあちゃん。そんな不安そうな顔で私のことを見ないで。



「いえいえ! 存分に、勝者としての使命を果たさせていただきます!」



私はやけくそ気味に桃の着ぐるみを着込んだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] チョコ渡すって、素材ですか… 師匠も大変だなあ。 今年のお菓子は日持ちのするものでないとだめなのですね。 しかし、調子いいんですねえ。そのうち7冠までいっちゃうかも… 水蜜桃って言うと、な…
[良い点]  タイトル戦開催地の有力者が勝者の罰ゲームを デザインしてばかりだと現代的、カッコいい系の コスプレは桃花でもなかなか実現しなさそうと 考えさせられました。  いかにも現実のタイトル戦で…
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