第73局 勝者の罰ゲーム
「智将戦第一局、勝ちました師匠」
羽瀬王将との激闘を終えた桃花が帰宅した。
しかし桃花の様子は、勝者にそぐわぬ落ち着いたクールなものだった。
「お帰り桃花。ブフッ……白星スタートだな」
「こらマコ。笑っちゃ……フヒッ、ダメだってば。はい、お土産」
桃花に帯同していた姉弟子が、お土産を渡してくる。
渡されたお菓子の箱には、デカデカと対局場の名産品である瓢箪を模した、ゆるキャラのイラストが載っていた。
もう限界だった。
「アヒャヒャ! ちょっと姉弟子。笑うなとか言って、初手ゆるキャラのお菓子はズルいでしょ! こんなん絶対笑いますって!」
さっきまではギリギリこらえていたが、諦めて俺は腹を抱えて笑ってしまった。
「ヒョコタンって名前らしいよ。桃花ちゃんの今回の罰ゲームの元ネタだから、思わず買っちゃった。これキーホルダーね」
「お~! 新聞に載ってたのと一緒だ! お土産でキーホルダーを貰うなんて子供の時以来ですが、これは純粋に貰って嬉しいですね」
「マコ喜んでくれてるよ。良かったね桃花ちゃん」
「あっそ」
姉弟子と俺がはしゃぐ中、当の桃花だけはプクーッと頬を膨らませて不満を露わにしつつ、素っ気ない返事をする。
「お、反抗期か? 桃花。まぁ思春期に、この着ぐるみはな~」
「ワーーッ!? ちょっと師匠! 見せないでくださいよ!」
俺が広げて見せた新聞の一面記事を、桃花が慌てて奪い取ろうとしてくる。
「なんでだよ。カワイイじゃん」
「え、師匠が私のことカワイイって……」
「この、瓢箪を模したずんぐりむっくりとしたフォルムが最高にカワイイ」
「って、それ私じゃなくてヒョコタンへ向けたカワイイじゃないですか!」
プリプリ怒りながら俺の手から新聞を奪い取ると、桃花は該当部分の紙面を抜き取った。
新聞には、『智将戦第一局に勝利した飛龍五冠 早速、智将戦の洗礼を受ける‼』と題されて、デカい瓢箪の全身着ぐるみから、顔だけ覗かせた桃花の写真が一面で掲載されていた。
「お、流石にスポンサー様の新聞だからビリビリに破ったりはしないんだな。成長したな弟子よ」
「どこで弟子の成長を実感してるんですか師匠」
俺から褒められたのに、桃花はちっとも嬉しくなさそうに、ぶすくれた顔をしている。
「けど、新聞の写真では着ぐるみ姿でちゃんとニッコリ笑顔で楽しそうじゃないか」
「心の中では、不本意でいっぱいでしたよ! どうせコスプレさせられるなら、ネコ耳とか可愛いのが良かったのに。っていうか、そもそも対局に勝ったらコスプレ撮影するって何なんです?」
帰宅するまでため込んでいたのか、桃花から不平不満が噴出する。
「智将戦は歴史が長いタイトルだからね~。主催する新聞社も、いつ頃から勝者が仮装をして撮影するようになったのか、よく解らないんだって」
姉弟子がスマホで調べながら、桃花の疑問に答える。
「そんな誰ともなく始まった因習なんて、失くせば良いじゃないですか」
「ダメダメ。この勝者の罰ゲームは、ファンも楽しみにしてるんだから。ほら、SNSでも『勝者の罰ゲーム』や『ヒョコタン』がトレンド入りしてるよ」
「いや~~!! 全世界に私のイケてない着ぐるみ姿が!」
桃花の悲鳴をよそに、ヒョコタンは一躍スターダムだ。
最早、どんな自治体や団体にもいる、ゆるキャラ群雄割拠の時代において、ここまでメディアに露出できるチャンスを得られたのは僥倖だろう。
対局の場に選ばれたヒョコタンの自治体は、心から対局の場として誘致して良かったと思っていくれている事だろう。
「……なんか、智将戦のモチベーションが駄々下がりです。そもそも、勝ったら罰ゲームって何なんですか。罰ゲームなら敗者にやらせればいいでしょ」
「対局に敗れた方にやらせたら、痛々しい感じになっちゃうだろ」
敗者がネコ耳とかつけて新聞に晒し上げられるとか、いじめでしかない。
「将棋の記事はどうしても絵的にワンパターンになっちゃうしね」
「将棋振興に一役買ってるわけだ。桃花は棋界の第一人者なんだから、励むべきだよな」
「当然ながら、羽瀬先生も過去にコスプレしてますね。手ぬぐい被って、ちょびひげ付けて、どじょうすくい踊りとか……」
スマホで過去の画像を検索したのか、桃花が戦慄している。
やはり、この勝者の罰ゲームはファンにも人気があるから、歴代の画像がまとめられていたりする。
そして、対局会場として名乗りを上げた自治体にとっては、地元の名産や文化を紹介できるまたとない機会なわけで、WINWINなのだ。
なお、罰ゲームを受ける棋士の心の傷は考慮しないものとする。
「はぁ……勝って恥ずかしい写真撮られるのも嫌だし、対局に負けるのはもっと嫌だし。どうすりゃいいんです?」
桃花が頭を抱えつつうめいている。
「智将のタイトルを奪取するなら、あと3回は勝者の罰ゲームを受けるのは変わらないんだから」
「せめて次は可愛い奴を……」
「あまり可愛いコスプレにすると、羽瀬智将が勝った時に、目も当てられなくなるからな」
新聞社はどうやってコスプレのコンセプトを考えているのだろう?
棋士にどんなコスプレを着せるか決める会議って、仕事なのに楽しそうだ。
「なんで将棋以外の事でこんなに悩まなきゃいけないんだろ……」
そう言ってふてくされる桃花だが、その悩みも、タイトル戦に当たり前のように出ているからこそなんだよなという事に気付くと、俺は弟子の事が少し羨ましかった。




