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第71局 失敗した合コンほど思い出になる

「師匠、もう帰るんですか?」

「予定より早いのは、お前が合コンの場を荒らしたからだからな!」


 街中の雑踏を歩きながら、桃花の手を引いて歩きながら、師匠として弟子に説教する。


 自己紹介タイムの時はカオスな場だったが、その後なんとか空気を持ち直したため、俺たち幹事はお役御免という事で、合コン会場のイタリアンレストランを後にしていた。


「場を荒らしたのは、合コンの場から早く師匠を遠ざけたかったからです。確信犯です」

「なお悪いわ」


「いいんですよ。今頃、あの場は私と師匠への愚痴で大盛り上がりです。これこそ、幹事としてのナイスアシスト」


「それにしても、なんで羽瀬先生まで呼んだんだよ」


 何を言っても響かない桃花に、俺は攻撃の矛先を変えた。


 男性側の幹事は俺なのに、当日の待ち合わせに羽瀬先生がいてビックリしたんだからな。


「明美さんとメッセで雑談してた時に、今度合コンを開催するんだって何気なく話したら、うちの息子も是非誘ってやって! って割と強めに頼まれたんですよ」


「お前、そのこと羽瀬先生には絶対に言うなよ……お母さんに頼まれて合コンに誘われてるって羽瀬先生が知ったら、恥ずかしくて死にたくなるから」


 お母さんの明美さんも、色々と息子のことが心配なのは解るが、さすがに30代にもなった息子の事はどうか、いい意味で放っておいていただきたいものだ。


「これで、羽瀬先生にいい人でも見つかって、覇王戦で多少は刃の切れ味が落ちてるといいんですけど」


「盤外戦術なんて、俺お前に教えたっけ?」


 悪い顔をしている桃花に、俺は尋ねるが、門前の小僧習わぬ経を読むは、この弟子には今更すぎるか。


「師匠は良かったんですか? ああいう合コンみたいな場は久しぶりだったから、もっと堪能したかったんじゃないですか?」


「いや、男性陣も女性陣も全員知り合いで、新たな出会い何て無いからな。日頃お世話になってる人たちのアテンドで手いっぱいだったよ」


「ふーん……合コンが久しぶりって言うのは否定しないんだ……」


 あ……ヤベ……。


「そういう誘導尋問みたいなの良くない」


 ここで、


『何言ってんだ、バカだな。そんなの行った事ないわ』


 と真顔で大ウソをつけるのが悪いおとこなんだろうが、こういう所で馬鹿正直に反応しちゃうのが、男としても勝負師としても、俺の甘い所なのかもしれない。


「いつ?」

「四段に上がってすぐ位の頃だったかな……」


「何で?」

「無事にプロ棋士になれた開放感で」


「どうして?」

「お祝いだって、先輩棋士たちに連れられて、つい……」


 桃花の追及の圧につい、俺の方がどんどん縮こまってしまう。


「で?」

「で? とは?」


 何これ、対局の時でもここまでのプレッシャー出さないでしょ。


「収穫はあったのですか?」

「無いです無いです! 何も無いです! 本当に! 」


 俺は、必死に手をブンブン振って否定する。

 っていうか、なんで俺、弟子に対して敬語使ってるんだ?


「本当に?」

「当時、折原先生も参加してたから後で聞いてみてくれ」


「…………」

「あの時は、プロ入りほやほやの若手棋士たちで合コン行って、なんの手ごたえも無く一次会でお開きになってさ。男衆だけで寂しくラーメン食べながら反省会したのが懐かしいわ」


 弟子の発するプレッシャーから、つい当時の情けない思い出話を自ら吐き出す俺。



「ふーん……」



 沙汰が下るまで、俺は固唾を飲んで桃花の長考顔を見守る。

 季節はまだ秋だが、気の早い街のイルミネーションの光が俺と桃花を照らす。



「まぁ、いいでしょう」



 はぁ……

 ようやく緊張が緩み、大きな息を吐く。


 無意識に息を止めていたようだ。


「私というものがありながら、合コンに行きたがったのはギルティですが、ちゃんと私にお伺いを立ててきたのは、やはり師匠も私のことを想ってくれているんだなと解るので、ギリギリ合格ということにしましょう」


 まだ少しむくれているが、ひと先ず弟子のお許しが出たのでホッとする。


「だから何度も言ってるけど、周りがやりたがったから断り切れなかっただけだからな。桃花が弟子になってからは、ずっとこの手のお誘いは断って来たんだし」


「え、そうなんですか?」

「ああ」


「キャバクラやガールズバーでお姉さんたちとお喋りする夜のお店とかも?」

「ああ、行ってない」


「何でです?」


 本当に解らないといった様子で、桃花が俺の目をキョトン顔で見つめる。


「それは……付き合いだろうが何だろうが、そういう類のお店に行ったのが年頃の女の子のお前にバレたら、嫌われると思って」


 当時、桃花を弟子に取ったのは、桃花が10歳で俺が20歳の頃だ。

 男女の師弟関係において、そういった匂いは出来るだけ立てたくなかったのだ。


「師匠ったら、私が小学生の頃から大好きじゃないですか~! もう~、私もしゅきぃぃぃ!」


「だから、危ない発言止めろ! ここ地元なんだからな!」


 俺に抱き着きながら、警察署の生活安全課に一発でしょっぴかれそうな事をいう桃花を、俺は慌てて引きはがす。


 とは言え、俺と桃花のこういった掛け合いは、最早地元では珍しくも何ともない日常の風景となってしまったので、地元の人たちも最近は生暖かく、この場景を見守ってくれている。


 いや、これって地元公認って訳じゃないよな?


 何だか外堀が埋められ切ってしまっているような気がするが、まだ大丈夫だよな⁉


 と、俺は地元と言う無機物へ心の中で叫んだが、無論、答えなんて返ってくるわけも無かった。


社会人1年目に、同期達で勇んで合コンに行ったら冷たくあしらわれて、金も男側の全奢りで、寂しく男たちだけでラーメン屋で反省会したのは、10年以上経った今でも飲んだ時に話題になる。

失敗合コンほど記憶に残りやすいのって、本当何でだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 社会人一年目じゃあ、個人の将来性は計れないから、会社名とかぐらいしか見られないんでしょうかね。地方だと公務員だ、というと凄くモテたりするのかもw 20から合コンとか女の子の店行ってないのだ…
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