第70局 弟子に監視されてる合コン
「本日はお日柄も良く~」
「桃花。それだと、お見合いみたいだぞ」
「だって、私、合コンなんて初めてですもん」
「適当に乾杯の音頭を上げればいいんだよ」
「わかりました。なんだかタイトル戦の前夜祭挨拶より緊張しますね」
いや、合コンの冒頭挨拶ごときに何を言ってるんだ桃花は。
どう考えても、何百人と人が集まる前夜祭パーティーの方が緊張するだろが。
「それじゃあ、良き出会いとなりますように。乾杯~」
「「「「かんぱ~い」」」」
桃花の乾杯の音頭を合図に、着飾った男女たちが、対面の相手たち同士でシャンパングラスを傾け合う。
無論、未成年の桃花は白ぶどうジュースだ。
今日は、若手の男性棋士たちと、俺がお世話になっている保育園の保育士先生での合同食事会、いわゆる合コンが小洒落たイタリアンレストランの個室で開かれていた。
「しかし、女子高生が女性側の幹事って中々にカオスな合コンだな」
「アンタの提案ですからね」
隣にいる折原先生とコソコソと話す。
半ばやけくそな作戦だったが、何故か開催と相成ったのだ。
って、おっと。今はとにかく今は幹事の役目を全うせねば。
「じゃあ、ベタに最初は自己紹介から始めましょうか」
「師匠、妙に手慣れてますね……合コンとか何回もやったことあるんですか?」
この場の幹事ということで場を回そうとしたら、早速チクチクした物言いが、俺の正面に座る桃花から飛んできた。
何この弟子に監視されてる合コン。
全然楽しくない!
「……いや、別に」
「怒らないから、正直に言っておいた方が良いですよ」
既に怒ってるじゃん……。
桃花の追及の手は緩まず、合コンは冒頭から空中分解しかねない空気になりかける。
「夫婦喧嘩は後にしてくれ幹事~」
ここでタイミング良く、折原先生から茶々が入り、場に笑いが巻き起こる。
「じゃあ、ちょうどいいので折原先生から自己紹介願います」
折原先生から出された助け舟にすかさず乗り込んだ俺は、幹事として全体の進行を始めて、桃花からの追及をかわす。
桃花は不満げだが、さすがに場の流れを無視してまでは追及出来ないのか、何とか矛をおさめてくれた。
「あいよ。名前は折原顕正です。棋士で七段です。本日の女性陣幹事の飛龍五冠が、記念すべき初タイトルの棋叡位を奪われた棋士として、テレビによく映ってたので知ってる人も多いと思います。今日はよろしくお願いしま~す」
折原先生は、自虐を交えて挨拶をして笑いを巻き起こしてくれた。
こういう人がトップバッターで居てくれると本当に助かる。
そして、その後は順当に男性陣の自己紹介が進み和やかに進むが、男性陣のラストバッターの自己紹介により、場の空気は再び張り詰めることになる。
「名前は羽瀬 王毅です。世間ではよく羽瀬覇王・名人と呼ばれていますので下の名前をご存知の方は少ないかと思います。先日、タイトルの王棋位は失冠したばかりですが、下の名前はそのまま『おうき』です。よろしくお願いします」
そう。
まさかの、羽瀬覇王・名人が合コン参戦なのである。
「ハハハ……って、笑ってるの俺だけじゃん!」
笑っていいのか解らない自虐交じりの羽瀬先生の自己紹介に、一同シーンとなった個室内に、折原先生のノリツッコミの言葉がむなしく響く。
折原先生ありがとう。率先して汚れ役を買って出てくれて、ほんとこういう所は頼りになる先輩だよ、あなたは。
「ダメもとで誘ってみましたが、羽瀬先生がまさかこういう場に来てくれるとは正直思わなかったです。あ、この前菜のアラカルト美味しい。師匠の分も食べていいですか?」
羽瀬先生を合コンに呼んだ張本人である桃花は、さっそく目の前の料理に夢中だ。
呼んだんなら、お前が責任持てよ!
「じゃあ、次は女性陣の方々、自己紹介をお願いします」
再度訪れた、地獄みたいな空気を入れ替えるために、俺はもう一人の頼れる先輩へ丸投げした。
「宇内さゆりです。マコ先生……あ、ここでは稲田先生か。と、同じ保育園で働いています。今日は、私たちの都合に合わせて、男性陣の方々にはわざわざ名古屋まで来ていただいてありがとうございます。よろしくお願いします」
最後にニッコリと笑い、一挙に場の空気が和やかなモノになる。
さすが、頼れる先輩。
さゆり先生が見事に場の空気を立て直してくれた。
「何か先生たち、いつも園で見る動きやすいTシャツにパンツスタイルじゃないですね」
「こら桃花! そういうのは思ってても口にするもんじゃないの!」
俺の分の前菜までモグモグしながら桃花がダメだしするのを、俺が慌ててたしなめる。
確かに、さゆり先生たちは普段の通勤や仕事着とは違って、今日は随分と綺麗目お姉さんな服装だけれども。
「でも、普段の気取らないパンツスタイルでエプロン姿の方が、男性陣は喜ぶと思います。師匠も、そっちの方が正直好きでしょ?」
「……いや、折角気合入れてお洒落して来てくれてるんだから」
「師匠、否定しないんだ。やっぱり、エプロン姿の方が好きなんだ」
「2人とも、さっきからやりとり全部聞こえてますからね!」
さゆり先生が、涙目ふくれっ面で顔を赤くしてプルプルしている。
「いや、だって先生たちの良さが死んでるのは本当ですから。ほら、これがいつもの、さゆり先生たちの姿ですよ」
前菜2人前を食べ終えた桃花は席を立つと、スマホを持って棋士の男性陣の方へ何やら写真を見せる。
「「「ほ、ほぉ~」」」
「ちょっと桃花ちゃん、なに見せてるの?」
感嘆の声を上げつつ見入る男性陣に、不安になったさゆり先生が桃花に尋ねる。
「え? いつもの、さゆり先生たちが園児たちとお遊戯してる、割烹着やエプロン姿の写真だけど」
「ちょっと桃花ちゃん!? 普段だと、化粧薄いんだから見せないでよ!」
「私なんてお化粧、普段はまゆげしか書いてないんだよ!?」
桃花の言葉に、立ちどころに女性陣から悲鳴が上がる。
「いやいや。絶対、今日の濃い目の化粧姿より、こっちの方が良いって。ね、師匠?」
「そこで俺に振られても、俺には答えようがない」
普段一緒に働いているのだ。
どう答えようとも角が立つので、俺は幹事としての役割をかなぐり捨てて、桃花がわずかに残した前菜の切れ端を口に運んでやり過ごした。
でも、男性陣の食いつきを見るに、桃花の言う通り現在の合コン用にドレスアップした姿より、薄化粧で普段のエプロン、割烹着姿の方が、やっぱり評価が高いようだ。
あくまで、皆のリアクションから推定した気持ちね。
決して、俺の嗜好の話じゃないからな。




